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本編
【第一話】宣告
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駅から徒歩で数十分程度の場所に、大手製薬会社として、この街では有名な湯川製薬の本社がある。すぐ隣には同社の研究棟もあり、かなりの敷地面積を誇った古参の企業だ。商品として取り扱っている物も多く、調剤薬局で購入する医薬品から、ドラッグストアで売っている様な目薬や胃腸薬といった類、化粧品など以外にも、毒の研究をおこなっている部門まである。
毒を扱う部門とはいっても、新種の毒を開発して秘密裏に“名前のない毒”を扱うという様な隠密的部署では無い。既存の毒を研究し、より効果的な解毒薬を作る事を目的とした、とても真っ当なお仕事だ。
休憩時間を活用して買ってきた作りたてのたこ焼きを腕の中に抱き、お洒落に無頓着なお爺さんが使っていそうなくらいに縁の太い眼鏡をかけ、少しパサついた長い黒髪を揺らしながら廊下をいそいそと歩いている戸隠忍は、そんな部署で働く唯一の研究員である。
(冷めないうちにーっと。お茶も入れましょう。ほうじ茶がいいかなー、緑茶もありかも)
大好物のたこ焼きから漂う香りが鼻を擽り、空いていなかったはずのお腹が『早く寄越せ』と言うみたいにグゥと鳴く。間食として一人で食べるには多めの十個入りを選んでしまったが、今の腹具合ならば全て食べる事が出来そうだ。
「あ、お疲れ様っす、先輩」
廊下の角を曲がり、彼女にとってのゴールである研究室はもう目の前だと思った時、戸隠は一人の青年に声を掛けられた。
「お疲れ、さまです」
おずおずと返事をし、戸隠が声のした方へ顔を向ける。かなり背の高い相手に声を掛けられてしまったせいで、小柄な彼女では見上げる首がちょっと苦しかった。
「休憩中っすか?」
気怠げな雰囲気でそう言ったのは、新入社員の一人である瀬田葵だ。
金髪にシトリン色の瞳を持つ彼は、百八十センチ程の身長があり、百五十センチしか無い戸隠と比べるとまるで大人と子供だ。しかも彼の見た目が完全に外国人そのものな為、人付き合いが得意では無い戸隠は威圧感を勝手に感じ、彼から距離を取ろうと一歩後ろに下がった。
そんな彼女に対して一歩前に踏み出して元の距離感に戻ると、瀬田が「今日の分の研修終わったんで、今から仕事手伝います」と言う。どうやら彼は、ちょっと手の伸ばせば簡単に戸隠の頰へ触れられる距離を維持していたいみたいだ。
「あ、ありがとう…… 」
無表情だが、綺麗な顔が近くにあるせいで無駄に声が震える。随分とパーソナルスペースが近い気がして『これは外国人だからなのかな?』と戸隠は思ったが、彼は生粋の日本育ちだ。
「でも、あの…… 実はもう仕事をする気が、今日はあまり無くてですね、お手伝いは不要なのでもう君は帰っても平気だよ」
「知ってます」
「あ、知ってるんだ。じゃあ、もう——」
何で知ってるんだろう?と思いながら言った言葉を途中で遮られ、「たこ焼きの匂いがするんで。って事は一段落したって事っすよね、仕事。先輩いっつも一旦仕事が落ち着いたら、ご褒美みたいにたこ焼き食ってるんで。なので、オレはお茶でも入れますね。ほうじ茶でいいっすか?緑茶でもいいですけど」と言いながら、瀬田は解毒薬部門の研究室へと一足先に歩き始めた。
何故その二択で迷っていると分かったのかな?
と、戸隠は不思議に思いながら瀬田の後に続く。
「顔に書いてるっすよ?『どっちがいいかなー』って。『なんで分かったんだー』ってもね」
「…… 前から思っていたんだけど、瀬田君って言葉遣い、ちょっと雑だよね」
「そっすか?」
「自覚、無かったんだ…… 」
「誰にも注意されないっすからね。ってか、まぁ他では普通に敬語で話してるんで」
「え…… じゃ、じゃあ私の前でも普通に話した方が、いいと思うのだけども。仮にも私は先輩で、上司だよ?」
無表情なうえ、この言葉遣いでは日本人離れした見た目のせいもあってかなり怖い。人付き合いが苦手な身としては、せめて普通に話して欲しかった。
「無理っすねー。楽なんで、コレ。別にいいじゃないっすか、先輩威厳無いし」
サラッとディスられ、戸隠が「うっ」とこぼしながら項垂れる。その通り過ぎて、もう何も言えなかった。
◇
「かなり綺麗になったんっすね、研究室」
到着した研究室に入るなり、周囲を見渡しながらあちこちの棚を開けては閉め、瀬田が中身を確認する。見た限り、ほとんどの品は元の位置のまま収められていた。
「う、うん。広くはなったけど…… 配置は全て今までと同じく納めてくれたから、きっと迷わないよ。置き場所が変わるのは嫌だって、神経質な研究員も多いから、その点はすごく気を付けてくれているみたい」
「良かった。でもまぁ、新しい事を覚えるの自体、オレは別に苦じゃないっすけどね」と言いながらも、他の棚も開けて瀬田は中身の配置を確認し続けた。
「しっかし、災難でしたねぇ。急に『新しく研究室を用意したから引っ越せ』とか」
「そうでも無いよ。この通りかなり広くなったし、何より明るくなったし、窓ガラスは完全に紫外線カットの物にもしてくれたから日光で変質するタイプの毒薬の扱いも今まで通りで問題無いしね」
元々彼女の研究室は、扱っている物の性質の問題もあり、この研究棟の中でも最もセキュリティーレベルが厳重な地下にあった。湿度や温度管理などはきちんとされていたが、部屋には窓が無いせいで四六時中薄く暗く、他には人が降りて来ない階層なせいもあって、瀬田が新しく配属される前までは、仕事中は孤独との戦いでもあった。
それが急に引越しをとなったのは、新しく研究員の一人として就任した、専属の調香師でもある青鬼陽という青年が原因だった。薬剤師の資格がある彼の配属希望は医薬品の研究開発なのだが、これまではずっと畑違いな秘書課勤務だった為、『いきなり開発に関わるには技術不足なので、まずはお勉強をしましょう』と仮眠室付きの個室研究室を与えられたのだ。
『だけどさ、彼一人だけ研究室が綺麗で広いとか、ずるいんじゃない?』
社長のそんな鶴の一声から、個室を与えられている研究員の全てが新しい部屋を用意してもらえる事となり、その対象の一人となった戸隠がこの部屋に引っ越して来たのは今朝の事だ。
昨夜のうちに、引っ越しのプロが取り扱いの難しい薬品類も全て今までと変わらない配置のまま移動しておいてくれたので、彼女は私物の入る箱を二、三個運ぶだけで済んだ。
「危険物の取扱も出来る人が来てくれたおかげで、私はほとんど何もしていないからね。災難というよりはラッキーだった、かな。ここだと休憩所も前よりかなり近いから、飲み物の確保も楽になったし。まぁ、部屋周辺の監視体制は相変わらずだけども」
「んなもん、オレに連絡してくれたら一発じゃないっすか。何でも買って来ますよ、その為に居るんだし」
「いや、あの…… 君は私専属のお使い係じゃなからね?解毒薬開発のサポート担当だよ?」
「そうでしたっけ。でもオレ、まだ器材の洗浄とか、使いっ走りくらいしか頼まれてないんで」
「あ、いや…… まぁそうだけど、も」
今までずっと何年も一人で仕事をしてきた弊害なのか、戸隠はまだ瀬田を上手く使いこなせていなかった。どこまで頼んでもいいのか、彼がどんな知識を持っているのか、それすらもわから無いので簡単な事しかお願い出来ない。だが、瀬田はここに配属されてまだ三ヶ月弱程度だ。しかも彼だけまだ新人研修が終わっていないそうで、来るのはいつも夕方からとなると、彼を知る機会はどうしたってあまり無かった。
「そう言えば、研修はまだ続くの?」
「まぁ、そうっすね。オレ、人間的な一般常識あんまし無いんで、そこを追加されてるんすよ」
「…… そ、そうなんだ」
(よくそれで、此処に就職出来たね…… )
コネでもあったのかな?大手だけど、所詮は親族経営だもんなぁと思ったが、戸隠は言わずに黙っておく事にした。
「ところで、給湯室って何処っすか?前みたいにトイレの側にあるんっすかね」
物の配置を覚えた瀬田が、次は戸隠のお茶の用意をしようと彼女の方へ顔を向ける。無表情なままの端正な顔はやっぱり威嚇されている様にしか感じられず、彼と目が合った瞬間、戸隠の肩がビクッと跳ねた。
「あ、いや。この部屋の隣にね、実は休憩室っぽい部屋があるんだよ。向こうに置いてある電気ポットを持って来て、お水はこっちで汲んで、戻ってお茶を入れるって感じになったの」
「隣にも部屋があるんですか。いいっすね、休憩所まで行かなくてもプチ休憩出来るなんて最高じゃないっすか」
へぇーと言いながら、それっぽいドアに向かって瀬田が歩き出す。
「結構広いよ、ソファーとか冷蔵庫もあるし」
「めっちゃ待遇改善されたんっすね。あんな辛気臭い部屋じゃ、勃つモンも勃たないんで、丁度良いや。あ、でも地下室監禁とか、牢屋だと思えばまぁ前の研究室でもアリでしたけど。でも即死級の薬品多過ぎて、無理に組み敷くのは危なかったしなー…… 」
「…… ?(何の話しをこの子はしているんだろ)」
不思議に思いながら、戸隠が首を傾げる。
そんな彼女の戸惑いなど完全に無視したまま、瀬田が休憩室へ続く扉をガチャリと開けた。
「…… こ、これは——」
比較的口数の多い瀬田が、急に黙ってしまった。
「いいでしょ。仮眠室も兼ねていてベッドもあるから、ちょっと疲れた時には助かるよ。今までは机に突っ伏して寝るくらいしか出来なかったからね」
大きめのソファーにテーブル。冷蔵庫や食器棚、お洒落で背の高い植木鉢、小物や本をしまっておける天井近くまである棚に、パーテーションで仕切られた先にはシングルサイズのベッドまである。パソコンとその周辺機器や、ちょっとした着替えをしまっておく事の出来るクローゼットも完備されていて、水回りの問題さえ無視して仕舞えば、暮らせそうなくらいの設備がこの部屋には全て揃っていた。
「最高じゃないっすか!」
ちょっと興奮気味に瀬田が声をあげ、拳をぐっと力強く握り、嬉しそうに一瞬だけ微笑む。だがしかし、彼からかなり距離を開けたまま立っている戸隠の方へ彼が振り返った時にはもう、いつもの無表情に戻っていた。
「んじゃ、今から先輩の事強姦するんで、オレの嫁になって下さい。あ、ちなみにこの結婚は強制なんで逃しませんよ」
「…… ん?(…… 何の冗談だろう?最近の流行りなの、かな?んー若い子にはホントついていけない!)」
抱えたままになっていたたこ焼きの温度を心配し始めた戸隠は、瀬田の一言をそんなふうにしか受け止められなかった。
毒を扱う部門とはいっても、新種の毒を開発して秘密裏に“名前のない毒”を扱うという様な隠密的部署では無い。既存の毒を研究し、より効果的な解毒薬を作る事を目的とした、とても真っ当なお仕事だ。
休憩時間を活用して買ってきた作りたてのたこ焼きを腕の中に抱き、お洒落に無頓着なお爺さんが使っていそうなくらいに縁の太い眼鏡をかけ、少しパサついた長い黒髪を揺らしながら廊下をいそいそと歩いている戸隠忍は、そんな部署で働く唯一の研究員である。
(冷めないうちにーっと。お茶も入れましょう。ほうじ茶がいいかなー、緑茶もありかも)
大好物のたこ焼きから漂う香りが鼻を擽り、空いていなかったはずのお腹が『早く寄越せ』と言うみたいにグゥと鳴く。間食として一人で食べるには多めの十個入りを選んでしまったが、今の腹具合ならば全て食べる事が出来そうだ。
「あ、お疲れ様っす、先輩」
廊下の角を曲がり、彼女にとってのゴールである研究室はもう目の前だと思った時、戸隠は一人の青年に声を掛けられた。
「お疲れ、さまです」
おずおずと返事をし、戸隠が声のした方へ顔を向ける。かなり背の高い相手に声を掛けられてしまったせいで、小柄な彼女では見上げる首がちょっと苦しかった。
「休憩中っすか?」
気怠げな雰囲気でそう言ったのは、新入社員の一人である瀬田葵だ。
金髪にシトリン色の瞳を持つ彼は、百八十センチ程の身長があり、百五十センチしか無い戸隠と比べるとまるで大人と子供だ。しかも彼の見た目が完全に外国人そのものな為、人付き合いが得意では無い戸隠は威圧感を勝手に感じ、彼から距離を取ろうと一歩後ろに下がった。
そんな彼女に対して一歩前に踏み出して元の距離感に戻ると、瀬田が「今日の分の研修終わったんで、今から仕事手伝います」と言う。どうやら彼は、ちょっと手の伸ばせば簡単に戸隠の頰へ触れられる距離を維持していたいみたいだ。
「あ、ありがとう…… 」
無表情だが、綺麗な顔が近くにあるせいで無駄に声が震える。随分とパーソナルスペースが近い気がして『これは外国人だからなのかな?』と戸隠は思ったが、彼は生粋の日本育ちだ。
「でも、あの…… 実はもう仕事をする気が、今日はあまり無くてですね、お手伝いは不要なのでもう君は帰っても平気だよ」
「知ってます」
「あ、知ってるんだ。じゃあ、もう——」
何で知ってるんだろう?と思いながら言った言葉を途中で遮られ、「たこ焼きの匂いがするんで。って事は一段落したって事っすよね、仕事。先輩いっつも一旦仕事が落ち着いたら、ご褒美みたいにたこ焼き食ってるんで。なので、オレはお茶でも入れますね。ほうじ茶でいいっすか?緑茶でもいいですけど」と言いながら、瀬田は解毒薬部門の研究室へと一足先に歩き始めた。
何故その二択で迷っていると分かったのかな?
と、戸隠は不思議に思いながら瀬田の後に続く。
「顔に書いてるっすよ?『どっちがいいかなー』って。『なんで分かったんだー』ってもね」
「…… 前から思っていたんだけど、瀬田君って言葉遣い、ちょっと雑だよね」
「そっすか?」
「自覚、無かったんだ…… 」
「誰にも注意されないっすからね。ってか、まぁ他では普通に敬語で話してるんで」
「え…… じゃ、じゃあ私の前でも普通に話した方が、いいと思うのだけども。仮にも私は先輩で、上司だよ?」
無表情なうえ、この言葉遣いでは日本人離れした見た目のせいもあってかなり怖い。人付き合いが苦手な身としては、せめて普通に話して欲しかった。
「無理っすねー。楽なんで、コレ。別にいいじゃないっすか、先輩威厳無いし」
サラッとディスられ、戸隠が「うっ」とこぼしながら項垂れる。その通り過ぎて、もう何も言えなかった。
◇
「かなり綺麗になったんっすね、研究室」
到着した研究室に入るなり、周囲を見渡しながらあちこちの棚を開けては閉め、瀬田が中身を確認する。見た限り、ほとんどの品は元の位置のまま収められていた。
「う、うん。広くはなったけど…… 配置は全て今までと同じく納めてくれたから、きっと迷わないよ。置き場所が変わるのは嫌だって、神経質な研究員も多いから、その点はすごく気を付けてくれているみたい」
「良かった。でもまぁ、新しい事を覚えるの自体、オレは別に苦じゃないっすけどね」と言いながらも、他の棚も開けて瀬田は中身の配置を確認し続けた。
「しっかし、災難でしたねぇ。急に『新しく研究室を用意したから引っ越せ』とか」
「そうでも無いよ。この通りかなり広くなったし、何より明るくなったし、窓ガラスは完全に紫外線カットの物にもしてくれたから日光で変質するタイプの毒薬の扱いも今まで通りで問題無いしね」
元々彼女の研究室は、扱っている物の性質の問題もあり、この研究棟の中でも最もセキュリティーレベルが厳重な地下にあった。湿度や温度管理などはきちんとされていたが、部屋には窓が無いせいで四六時中薄く暗く、他には人が降りて来ない階層なせいもあって、瀬田が新しく配属される前までは、仕事中は孤独との戦いでもあった。
それが急に引越しをとなったのは、新しく研究員の一人として就任した、専属の調香師でもある青鬼陽という青年が原因だった。薬剤師の資格がある彼の配属希望は医薬品の研究開発なのだが、これまではずっと畑違いな秘書課勤務だった為、『いきなり開発に関わるには技術不足なので、まずはお勉強をしましょう』と仮眠室付きの個室研究室を与えられたのだ。
『だけどさ、彼一人だけ研究室が綺麗で広いとか、ずるいんじゃない?』
社長のそんな鶴の一声から、個室を与えられている研究員の全てが新しい部屋を用意してもらえる事となり、その対象の一人となった戸隠がこの部屋に引っ越して来たのは今朝の事だ。
昨夜のうちに、引っ越しのプロが取り扱いの難しい薬品類も全て今までと変わらない配置のまま移動しておいてくれたので、彼女は私物の入る箱を二、三個運ぶだけで済んだ。
「危険物の取扱も出来る人が来てくれたおかげで、私はほとんど何もしていないからね。災難というよりはラッキーだった、かな。ここだと休憩所も前よりかなり近いから、飲み物の確保も楽になったし。まぁ、部屋周辺の監視体制は相変わらずだけども」
「んなもん、オレに連絡してくれたら一発じゃないっすか。何でも買って来ますよ、その為に居るんだし」
「いや、あの…… 君は私専属のお使い係じゃなからね?解毒薬開発のサポート担当だよ?」
「そうでしたっけ。でもオレ、まだ器材の洗浄とか、使いっ走りくらいしか頼まれてないんで」
「あ、いや…… まぁそうだけど、も」
今までずっと何年も一人で仕事をしてきた弊害なのか、戸隠はまだ瀬田を上手く使いこなせていなかった。どこまで頼んでもいいのか、彼がどんな知識を持っているのか、それすらもわから無いので簡単な事しかお願い出来ない。だが、瀬田はここに配属されてまだ三ヶ月弱程度だ。しかも彼だけまだ新人研修が終わっていないそうで、来るのはいつも夕方からとなると、彼を知る機会はどうしたってあまり無かった。
「そう言えば、研修はまだ続くの?」
「まぁ、そうっすね。オレ、人間的な一般常識あんまし無いんで、そこを追加されてるんすよ」
「…… そ、そうなんだ」
(よくそれで、此処に就職出来たね…… )
コネでもあったのかな?大手だけど、所詮は親族経営だもんなぁと思ったが、戸隠は言わずに黙っておく事にした。
「ところで、給湯室って何処っすか?前みたいにトイレの側にあるんっすかね」
物の配置を覚えた瀬田が、次は戸隠のお茶の用意をしようと彼女の方へ顔を向ける。無表情なままの端正な顔はやっぱり威嚇されている様にしか感じられず、彼と目が合った瞬間、戸隠の肩がビクッと跳ねた。
「あ、いや。この部屋の隣にね、実は休憩室っぽい部屋があるんだよ。向こうに置いてある電気ポットを持って来て、お水はこっちで汲んで、戻ってお茶を入れるって感じになったの」
「隣にも部屋があるんですか。いいっすね、休憩所まで行かなくてもプチ休憩出来るなんて最高じゃないっすか」
へぇーと言いながら、それっぽいドアに向かって瀬田が歩き出す。
「結構広いよ、ソファーとか冷蔵庫もあるし」
「めっちゃ待遇改善されたんっすね。あんな辛気臭い部屋じゃ、勃つモンも勃たないんで、丁度良いや。あ、でも地下室監禁とか、牢屋だと思えばまぁ前の研究室でもアリでしたけど。でも即死級の薬品多過ぎて、無理に組み敷くのは危なかったしなー…… 」
「…… ?(何の話しをこの子はしているんだろ)」
不思議に思いながら、戸隠が首を傾げる。
そんな彼女の戸惑いなど完全に無視したまま、瀬田が休憩室へ続く扉をガチャリと開けた。
「…… こ、これは——」
比較的口数の多い瀬田が、急に黙ってしまった。
「いいでしょ。仮眠室も兼ねていてベッドもあるから、ちょっと疲れた時には助かるよ。今までは机に突っ伏して寝るくらいしか出来なかったからね」
大きめのソファーにテーブル。冷蔵庫や食器棚、お洒落で背の高い植木鉢、小物や本をしまっておける天井近くまである棚に、パーテーションで仕切られた先にはシングルサイズのベッドまである。パソコンとその周辺機器や、ちょっとした着替えをしまっておく事の出来るクローゼットも完備されていて、水回りの問題さえ無視して仕舞えば、暮らせそうなくらいの設備がこの部屋には全て揃っていた。
「最高じゃないっすか!」
ちょっと興奮気味に瀬田が声をあげ、拳をぐっと力強く握り、嬉しそうに一瞬だけ微笑む。だがしかし、彼からかなり距離を開けたまま立っている戸隠の方へ彼が振り返った時にはもう、いつもの無表情に戻っていた。
「んじゃ、今から先輩の事強姦するんで、オレの嫁になって下さい。あ、ちなみにこの結婚は強制なんで逃しませんよ」
「…… ん?(…… 何の冗談だろう?最近の流行りなの、かな?んー若い子にはホントついていけない!)」
抱えたままになっていたたこ焼きの温度を心配し始めた戸隠は、瀬田の一言をそんなふうにしか受け止められなかった。
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