オトコの娘が私を好きだと言う

月咲やまな

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本編

【第2話】待ち合わせ

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 専門学校のすぐ目の前にある駅の入り口に向かい、定期券を片手に改札を通る。階段を上がり、私はキヨスクなどに寄り道をする事無く、そのまますぐホームへと向かった。
 近隣の学校も授業が終わったのか、学生達を中心にとても賑わっている。本数を増やしている時間帯なのか、電車はすぐに到着し、私は人混みに飲み込まれながら目の前の電車へと乗り込んだ。人に四方を囲まれるのが嫌なので、出来るだけ窓に近い場所に頑張って移動する。混んだ電車内ではあるが、やっと一息つく事が出来た。
 電車に揺られながら私は、ズボンのポケットの中に手を入れた。そこには、昨日拾った金色の懐中時計が入っている。昨日突然話しかけてきた、例の彼女の物なのかは分からないが、今日会った時にでも確認してみようと思い、持って来たのだ。
 もし違ったら交番にでも持って行けばいい。
 しかし…… 昨日の彼女は本当に一体誰なんだろうか?
 昨日の帰り道。必死に思い当たる人物がいないかと考えたが全く誰の顔も浮かばず、家に着く頃にはすっかり諦めていた。
 気持ちの悪かった体をシャワーで洗い流し終わった後。タオルで濡れる髪を適当に拭きながら懐中時計を右手に取り、振り子の様にそれを揺らしながら、またあの女の子が誰だったのか考えてみたが、やっぱり思い当たる存在は皆無だった。
 待ち合わせの場所に着くまでにはなんとか思い出さないと、相手に失礼だ。
 ここまで思い出せないという事は、そんなには親しい間柄ではなかったはず。だが、話した事も無いほどの関係だったのなら、あそこまで砕けた感じでは話しかけてはこないだろう。
 今更『誰ですか』とは出来れば言いたくない…… でも、誰かがどうしても分からない。
 適当に話を合わせ、会話の中から手探りで該当者を探すか?
 それともボロが出る前に切り上げて帰るか。
 参った…… 本当に参ったぞ、これは——……… 。


       ◇


 電車内の、変なイントネーションで話すアナウンスが、目的地に到着した事を告げる。
 普通に話せばいいのに。
 あの案内を聞くたびにそう思うが、ああいう風に話せと指導でもされるんだろうか?それともあの話し方は意外と楽なのか?デパートでもあの変なイントネーションで話す放送がかかる事があるし、あれが一般的な放送方法なんだろうか?
 思考がどうでもいい方向に脱線しながら、人の流れに合わせる様に、私も一緒に電車を降りる。使い慣れた改札を定期券で通過して外へと出る時、アナウンスの話し方なんぞを考えている場合ではないと自分に渇を入れ、私は考えを昨日の彼女の事へと戻した。
 部活の人間か?いや、委員会だったのかもしれない。

 後輩?先輩…… 駄目だ!
 本当に誰も思い当たる顔がない!!

 ただでさえ、周囲に無頓着で周りなどあまり見ていなかったというのに、誰なのかを思い出せなんてそもそも無理がある。
 高校で覚えてる顔なんか数人で、そのどれもが絶対に該当しない。

 せ、整形か?誰か整形でもしたのか!?もう、そうでもないと納得出来ないぞ!

 考えても考えても答えがわからず、私は軽くヤケになりながら、炎天下の外を目的地に向かい歩き始めた。


       ◇


 直射日光のせいで頭が上手く動かない中、それでも諦めずに色々考えていたのだが、あっという間に昨日彼女から声をかけられた場所に着いてしまった。
 座る場所もなければ、時計が見える位置にはなく、待ち合わせには不向きな場所だ。周囲には相変わらず風変わりな格好の人達が楽しそうに働く店が並び、本日の特価品を大声で宣伝する声が少し遠くに聞える。
 道の真ん中に彼女が到着するまでの間ずっと突っ立っている訳にもいかないので、私は出来るだけこの位置が見える、街路樹の並んでいる方へと移動する事にした。
 木陰に入る事が出来てた瞬間、直射日光から逃れたことにより安堵の息をこぼす。
「…… アツイ。三十五度位か?いや、もっとありそうだ…… 」
 誰に言うわけでもなく小さく呟いた。
 今日も昨日と同じくらいには暑い。なのに、あのまま陽に曝されながら、本当に来るのか確信のない相手を待つのだけは勘弁だ。まぁ、向こうが再び会う事を勝手に決めたんだから来ないという事はないと思うが…… 思いたいが、万が一彼女にからかわれただけだった場合を想定しておかねば。でないと、私の心が傷付く。
 少なからず傷心中である心に、さらに傷を増やすような事だけはさすがに避けたかった。
「…… そういえば、約束した時間なんか覚えてなかったな」
 今更、大事な事に気が付いた。
 昨日話しかけられた時間帯が夕方だった事は分かるんだが、具体的に何時くらいだったのかまでは確認していなかった。
 今の時間をスマートフォンで見ると、移動などで案外時間がかかったみたいで十六時となっている。

 私的には夕方といっていい時間だが…… いったい私はこの炎天下の中、何十分待たないといけないんだ?
 しまった、水でも買ってから来るべきだった!
 このままここに居たらアスファルトの照り返しもあって確実に熱射病ないし熱中症になるのは確実だぞ。
 ただでさえ暑いのは嫌いだっていうのに、なんたる失態だ。

 自分の情けなさに頭を抱えていると「明ちゃん」と、私を呼ぶ声が聞えた。

 昨日の女性か!?

 そう思いながら聞き覚えのある声に周囲を見たが、昨日の女性の姿は無かった。
 もしかしたら呼ばれた気がしたのは気のせいだったか?と思い視線を下へ落とすと、再び「明ちゃん」と呼ぶ声が、今度はすぐ目の前で聞えた。
 声のする方へすぐ顔を上げて、誰に呼ばれたのか確認する。

 …… 誰だ?

 見覚えはあるんだが、咄嗟には名前が出てこない。
 でも、もしかしたら、あ——
「…… 椿原つばきはら、か?」
 確信などなく、自信の無い声が口を出る。
「うん、久しぶり。今日も暑いねー。あ、これあげるから飲んで。買ったばかりだからきっとまだ冷たいよ」
 椿原はそう言うと、私の方へ水の滴るミネラルウォーターのペットボトルを差し出してきた。
「ありがとう、悪いな。いくらだったんだ?」
「どういたしまして。いらないよ、あげるって言ったろう?」
 ニコッと、まだあどけなさの方が多い顔で椿原が笑った。

 彼の名前は椿原圭つばきはらけい
 高校二年から三年までの間、一緒のクラスだった奴だ。
 あまり目立たない人だと言われる事が多かったが、私的には珍しく頭に残る相手だった。
 男子とは思えぬ低い身長。勉強は出来るみたいなのに何故か上げる気の感じられない中途半端な順位。可愛い顔と人当たりのいい性格は話していて楽な相手ではあったが、私から話しかける事は少なかったのを覚えている。
 何故そうだったかは明確には思い出せないが、なんとなく彼の視線が時々私には心苦しいと感じる事があったからとか、そんな理由だった気がする。…… たぶん。

 ゴクッゴクッゴク——ッ!

 貰った飲み物を、キャップを開けるなり速攻で私は半分くらい飲み干してしまった。
「…… はぁ」
 口の端から少し垂れてしまった水を、手の甲で拭う。
「美味しかった?」
「あぁ、ありがとう。自覚していた以上に水分が不足していたんだと改めて実感したよ」
 喉を通り、体内に入る水がどんどん体に吸収されていくような気がする。脱水にならずに済んだ事に私は、安堵の息をこぼした。
「相変わらず、面白い話し方するね」
「…… そうか?私はこれが普通だから、面白いのかどうかはよくわからないな」
 長いこと祖父母の家で住んでいるからだろうか?たまに同じ事を周囲に指摘されるのだが、自分じゃよくわからない。
「明ちゃんは変わってないね、安心した」
「椿原は変わったな。あの時よりもかなり、背が伸びたんじゃないか?」
「うん!この半年で一気にきたんだ。体中痛くって、もう死ぬかと思ったよ。でも、これでやっと明ちゃんを抜けたと思ってたんだけど、また無理だったみたいでチョット残念だな」
「いいんじゃないか?別に、私を基準にする必要はないだろ。そこいらの女子は私よりもかなり低いんだ」
「でも、明ちゃんよりも低いなんてちょっとイヤかなーって。まぁ、明ちゃんが気にしないでくれるんならいいんだけどね」
「そうか、気にしないならいいんだ。気にしてもどうしょうもないしな」

 …… ところで、なんで椿原がここに居るんだ?
 話しかけられたので普通に対応はしているが、いつまでここに居る気なんだろうか。

「暑いねー。やんなるね、こうも連日暑いと!」
 椿原が同じ木陰に入り、私と並ぶように街路樹へと寄りかかってきた。
「そ、そうだな」
「ねぇ、移動しない?もっと涼しい場所で話そうよ」
「いや、無理だ」
 時間は定かではないが、待ち合わせをしている身だ。私はここを離れる訳にはいかない。
「…… そう?んじゃ、このままここで頑張ろうか」

 頑張るって、まさかお前もここに居るつもりか?
 椿原も誰かと待ち合わせでもしているんだろうか。

「ねえねえ。明ちゃんってさ、いつからアニメとか好きになったの?それとも家電系に興味ありとか?高校までは、全然興味無かったよね?それとも、ボクが教えてもらえていなかっただけ?」
「は?」
 唐突な質問に、声が少し大きくなった。
 何をいきなり?とは思うが、訊かれたからには答えなければ失礼だ。
 それに、待ち合わせ時間が明確ではない以上、一人で炎天下の中を来るかも分からない相手を待つよりも、誰かが一緒に居る方が熱さからも気が紛れるだろうと考え、私は椿原の問いに真面目に答える事にした。
「別に、どちらもたいして興味はないが。アニメで知ってるのは…… そうだな、こう…… 丸くて青い未来のロボットと、可笑しな髪型の主人公が出てくる大家族モノくらいなもんだ」
 ジェスチャーをしながら説明する私に、椿原がきょとんとした顔を向けてくる。

 …… 名前が思い出せずこんな言い方になってしまったせいで、伝わらなかったのか?

「——あぁ!ドラえもんとサザエさんだね!?名前わからないんじゃ、知らないと同じだよ」
 そう言うと、椿原がお腹を抱えるようにして笑い出した。
「そ、そうだな」
 別に私は面白かった訳じゃないんだが、彼の笑い声につられて、私もクスッと笑みをこぼした。
「じゃあ漫画とかの二次元が好きなの?意外とBLに目覚めてたりして。いやいや、意表を突いてコスプレだったりしてー…… なんて、そんな都合のいい話は流石に無いっか」
 椿原はまくしたて、ないないと言いたげに首を横に振った。
「…… 二次元?BL?…… 何の話をしてるんだ?」
 同じ土地に住む人間の話す言葉とは思えず、自然と険しい顔付きになる。
「…… え?」
 楽しそうに話していた椿原の顔から、表情が消えた。
「二次元は点と線の世界を話しているのは分かる。BLとは…… BLTサンドとかいうものの仲間か何かか?こすぷれというのが何なのかが、いまいち分からないんだが——」
「ちょ!ちょっと待ってよ!!明ちゃん、君なんでココに居るの?」
 椿原の声が少し震え、顔色が悪くなってきた。
 熱いんだろうか?無理もない、この炎天下だ。
「待ち合わせをしているからだが」
「そうじゃなくって。なんで、んなに何も知らないでアキバになんか居るのって訊いてるの!」
「住んでいるからだが」
「住んでる!?アキ、秋葉原に!?」
「…… まさかここが、人間の住まない地域だとでも思っていたのか?これだけ人が溢れているというのに。どんな場所でも、少なからず住人は居るもんだろ」
「いやいやいや!誰も住んでないとは流石にバカじゃないんだから思ってはいないけど、ココに居るって事はてっきり明ちゃんもコッチ側の人になったのかなって——」
 椿原が両手で口元を覆い隠してしまい、途中から声が聞えにくくなってしまった。
「…… 勘違いをさせてしまったようだが、何か問題でもあったのか?」
 何をそんなにショックを受けているのかさっぱり分からないが、私の言葉が相当堪えたのか、椿原がその場にしゃがみ込んだ。そして、さっきまであんなに楽しそうに話をしていたの、両手を頭に当てて黙り込んでしまっている。
「…… どうしたんだ?」
 私も傍にしゃがみ椿原の顔を覗きこんでみたが、膝と腕とで顔が隠れてしまい、表情が全く見えない。
「気に障る事を言ったのなら謝る。知っていた方がいい知識だったのなら今からでも覚えるから、私にも教えてくれないか?」
「いや…… ごめん、ボクが悪かったよ」
 椿原が顔を上げ、私の膝に手をそっと置いてきた。
「こんな街で再会したから勘違いしちゃってさ、『仲間だ!』って。嬉し過ぎて昨日はあんな格好のまま話しかけちゃって…… ごめんね?ひ、引いたよね、あんな格好のボクなんて」
「…… あんな格好?昨日?」
 言っている言葉の意味が、頭の中でつながらない。
「気持ち悪かったよね、ごめんね?でも、どうしても話しがしたかったんだ。ずっと明ちゃんが、気になってたからね」

 椿原と会ったのは、卒業式以来、今日が初めてなはずだが…… まさか——

「き、昨日の女性はまさか…… お前だったのか!?」
 全然気が付いてなかったが、言われてみれば少し納得出来た。
 可愛い顔が、並みの女の子以上な椿原は、高校の時、たまにではあったが同級生にからかわれる事があったからだ。
「え!?気が付いたのって、まさか今なの!?嘘!嘘嘘嘘っ!うあぁぁぁっ、ごめんね!ごめんね!気持ち悪いよね、知ってる奴が外で堂々と女装なんて!」
 よっぽど恥ずかしいのか、顔が林檎の様に真っ赤になっている。
「そうかそうか、なんだお前だったのか。なら話は別だ」
 慌てている椿原とは対照的に、全ての話が自分の中で繋がったおかげか、私の方がとても冷静な気持ちになる事が出来た。

 スクッとその場で立ち上がり、私はしゃがんだままの椿原に向かい手を差し出した。立ち上がるのを手伝おうと思ってだ。
「場所を変えよう。もうここに居る理由はないからな、どこでもいいから涼しい店に入ろう」
「…… う、うん」
 おずおずと、私の差し出した手を椿原が取る。軽く体を引っ張ると、椿原は照れ臭そうに立ち上がった。
「なんか、明ちゃん…… 王子様みたいだ」
 椿原が嬉しそうに呟く。
「悪いが私は女だ。これでもな」
 真顔で答えると、椿原が苦笑いをする。
「もちろん知ってるよ、ただちょっとそう感じただけだから」
 持ったままになっていたペットボトルをハンカチで軽く包み、買い物用にと持ち歩いていた薄っぺらい作りの袋に入れてから、鞄へと放り込む。これで教科書が濡れてふやける心配はないだろう。
「さて、どこでもいいか?」
「う、うん!」
 周囲を見渡したが、よく考えたらこの付近で知ってる店が一軒も無い事に、三年半もこの街に住んでいて今更気が付いた。
 家の近くまで帰ればそこそこ知ってる店はあるが、その分知ってるおばちゃん連中の出現率も高くなる。

 …… だ、駄目だ!どんな噂が広がるか知れたもんじゃない!!
 学校だけじゃなく、生活圏でまで噂の中心になるのだけは避けなければ!
 でもこの辺のいい店なんか分からないし…… 。
 まぁいい、もう適当に目に付いた店に入るか。

 少し歩いて駅周辺にでも戻れば、何かしら静かな店があるだろう。
「多分…… こっちだ」
 駅に向かい適当に歩き出した私の後ろを、椿原がついて来る。くつろげそうな店を見付けるまでの間、椿原は一言も言葉を発する事は無かった。もしかしたら、今までの元気な椿原の方が少し無理をしていたのかもしれないと、私は思った。
 学生時代の椿原は、こんなにはしゃべった事がなかったからだ。
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