恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第三十話】真相

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 まだ薬の影響で本調子ではない体をハデスは無理やり起こし、荷台に座ったまま、声のした方を見上げた。ニケ達三人が持っているランタンの灯りだけでは薄暗く、ギラリと光るものだけが木々の中に浮かんでいる様に見えて妙に不気味だ。しかもそれは二つだけではなかった。よく見ると、周囲に二つ並びで何個も何個も浮かんでいる。空から星が降ってきて森の中を散策でもしていたみたいに。

「まさか、追って…… 来たの?」

 アイギナが枝上に向かい問い掛ける。
「あぁ、そうなるな。『村外では生きていけない』と散々脅してきたからか、実際に村から脱出までする奴はかなり久しぶりだったから、追い始めるまで少しのタイムロスはあったけどな。だが、我々が“人間”に追いつくのなんか楽なもんさ」
 気配も音もなく存在し、アイデースの声だけが返ってきた。
「アイデースさん、その表現はちょっと…… 」
 戸惑う十六夜がニケ達を一瞥する。その様子を見てハデスは、彼女の正体が大鷲である様に、もしかしたらアイデースも人とは違う『何か』なのかもしれないと初めて疑念を抱いた。

「ワタシ達を連れ戻しに来たのか⁉︎」
「——っか⁉︎」

 叫ぶニケの後ろにリリスが隠れ、ぎゅっと彼女の腕を掴む。『もしかしたら義姉から引き離されるのでは?』と相当警戒しているみたいだ。
「いやいや。んな事したって隙を見て、また逃げるだけだろ?」
「まぁ、そうね。何度村に戻されようが、間違いなく同じ事をするわ」
 じわじわと後ろに下がりながらアイギナが断言し、強く頷く。珍しく熱の篭った声だ。

「だよなぁ、だよなぁ。こっちも忙しい身だ、そんなイタチごっこを繰り返す気は毛頭ない」

 語気強くそう言うと、アイデースは音も無く上から降りて来て、ハデスら五人の目の前に立ち塞がった。彼に続き、他にも数人が同じ様に並び立つ。正確な人数までは分からないが、少なくともアイデース以外に最低でも六人。皆真っ黒な衣装に身を包み、ランタンの明かりを反射して光る瞳以外はすっかり闇夜に溶け込んでいる。
「…… ふ、梟まで…… 」
 十六夜がボソッと呟いた声が、近くに居るハデスの耳にだけ届いた。

(こんなの、逃げられるわけがない。梟っていったら諜報や夜間追尾が十八番なヒト達じゃないか…… )

 大鷲の姿に獣人化してしまえば自分だけが逃げる事は充分可能だが、今は足手まといが多過ぎる。そのせいか、無意識のうちに十六夜の手にぐっと力が入った。その事に気が付いたハデスが心配そうな顔をしながら彼女の方へ腕を伸ばし、小さな手をそっと掴む。
「部屋に閉じ込めて、反省したフリをしたからって出してやっても、数年後には脱出するから、また追いかけて閉じ込める。んな繰り返しは不毛だし、そもそも意味がない」
「じゃあ、どうするつもりなの?」
 そう訊いたアイギナの声が震えている。村に戻す気がそもそも無いと言われると、嫌な予感しかしてこない。アイデースの配下みたいな黒衣の者達に周囲を囲まれているせいで不安がより募る。
「答えを隠して勿体ぶる気はない、安心しろ」と言って、アイデースが埃でも払うみたいに手を軽く振った。

「十六夜さんよぉ、村の人口がなかなか増えていない理由を知ってるか?」

 突如名指しされ、驚いた顔をして彼女は『私?』と十六夜は自身を指差した。『えっと…… 』と少し考え、迷いがちに口を開く。
「…… 保護されている期間を考えればもう、鼠算的にもっと繁殖済みでもおかしくはないのにとは確かに思いましたけど、育つまでに時間のかかる“人間”ならこんなものなのかなとも思っていたので、わかりません」と言い、頭を横に振る。
 保護地域の創設時期を考えると、五十人程度から始まったにしたって、数百年という期間がありながら二百人弱までしか増えていないのはあまりにも少な過ぎる。だが、その理由を考えた事はなかった。普段は人間達がどういった生活を送っているのかなんて知る由もないし、此処に来てからの数日間は寝ていた時間の方が多かったし、ハデスの暮らしぶりや建物への関心、生活レベルなどにばかり気を取られていたからだ。

「まぁその程度で当然か、人間達の事なんか、そのくらいしか習わないもんな」

「ねぇ。…… さっきからなんで、『人間』『人間』って、私達をそんな一括りにして話しているの?」
 アイギナが疑問を抱いた顔をアイデースと十六夜に向ける。だが彼は、その問いに対してまだ答える気はないのか、全く違う話をし始めた。
「——ハデスの母親は、夫を愛し過ぎて嫉妬に狂い、他の妻達とその子供を次々に殺害。最終的には最愛の夫をも手に掛けて一家心中をし、彼女の実子だったハデス以外は全員死んだんだったな」
「そう、らしいな」
 自身に関わる話なのにハデスの表情は一切変わらない。当時はまだ幼かったからか、一家の出来事を全て他人事とし受け止めているといった感じだ。

「リリスの両親はとても賢く、仕事の出来る者達だった。見目も良かったからな、仕事仲間達から嫉妬ややっかみを二人揃って受ける羽目になり、偶発的ではあったものの、手当をすれば助かるはずだった事故が原因で双方とも亡くなった。確か生き残った他の妻達はリリスの養育義務を拒否し、全員別の奴らと再婚したんだったな」
「あぁ。…… 事故当時、助け出しても貰えず、死ぬまで放置されていたのが明らかな状況だったって聞いたよ。事故に居合わせた人達はみんな、村から追放された…… とも」
 アイデースの話を聞いて当時を思い出したのか、リリスの綺麗な顔立ちがくしゃりと歪む。そんな義妹を見舞う為ニケは、そっと後ろからリリスの肩を抱いてやった。

「残念ながら人間は歴史を繰り返す生き物だ。人数が増え、心や生活に余裕が生まれると嫉妬や猜疑心に蝕まれ、無害だった奴らも、他者を多かれ少なかれ傷付け始める。真っ当な神経の持ち主だったりするとそんな者達に愛想を尽かし、村を出たいと願う者達も当然現れた。ニケの曾祖父夫婦の一部がそんな奴らだったな」
「確か、二番目の奥さんと一緒に村外に追放されたんだろう?その話を聞いた時、『血は争えないな』って思ったもんさ」
 そう言って、ニケは自虐的な笑みを浮かべた。

「結局、今回も…… 人間達は自滅していっているんですね」と呟き、十六夜が俯く。
「残念ながら、な。——そうそう、自発的にリリスの両親を見捨てた奴らは獣に食われたり、村外では自活出来ずに飢えたりとが原因で結局全員死んだが、ニケの曽祖父達は天寿を全うしてから亡くなったそうだぞ。二人を看取った俺達の仲間からの報告だから、間違いない」
 アイデースが周囲に立つ黒衣の者達の方へ視線を向けると、その中の数人が頷きを返した。きっと彼らがアイデースに報告をした者達だろう。
「す、すごいな…… ひいじいちゃん達」
 余程嬉しかったのかニケの表情が明るくなる。すると彼女の前に立っていたリリスも、ふにゃっと表情を綻ばせた。

「つーわけで、お前達も村から一生追放な」

「…… それって、見逃して、くれるって、受け止めて良いって事?」
 都合のいい話を鵜呑みに出来ず、アイギナが疑り深い顔をアイデースに向けた。
 十六夜とハデスは、わざわざ『お前達三人』と言った彼の言葉が引っかかり、顔を見合わせている。人間達の手助けをしてしまった十六夜にとって、今の状況は依然として油断出来ないままだ。
「ったく。村の外は生きるか死ぬかって世界だってぇのに、『見逃す』って受け取り方になるくらい、覚悟は決めてんのな」
「じゃないと、他人を巻き込んだりはしないわ」
「あぁ、十六夜さんの事か。——んにしても、もっと早く相談してくれていりゃあ、穏便な方法で逃してやったんだがなぁ」
 そう呆れ顔で言われても、ニケ達三人は「人の顔を見れば『結婚』『結婚』って言い続けて、とてもじゃないがそんな環境じゃなかっただろ!」と口を揃える。
「そりゃ、生半可な心情で村の境界の外には出してやれないからな。一度保護区から出れば親兄弟といった家族達とは一生再会させてやれねぇし、この星の実像を知るだけの覚悟があるのかって問題も抱えているんだから」
「保護…… 区?」
 博識を自称するアイギナですら当然その言葉が出てくるが意味がわからず、ニケとリリスを含めた三人が顔を見合わせた。

「出来んのか?この先一生、家族や友人、知人達からも切り離されて生きるってのは結構キツイと思うぞ?」

「とっくに追放宣言をしておいて、今更訊くのか?」と言い、ニケが深いため息をついた。
「子供の頃からお前らの事見てきてんだぞ?親心的なやつだな。まぁだからこそ、どれだけ外に憧れてんのかも知ってるし、今回の行動も予想の範囲内と言えなくもねぇ。だから、こうなっても良いように今後の為の教育係や案内役、住む所の用意なんかも事前に済ませてやってたんだから、泣いて感謝すんだぞ」
「ワ、ワタシは!…… ワタシは、ニケ姉さんと一緒に、居られるの?」
 大声をあげ、そう訊いたのはリリスだ。家族と離れると聞き、自分とニケも引き離されてしまうのでは?という不安が付き纏っているようだ。
「安心しろ。村に居る家族とは引き離すが、お前ら三人をバラけさせる気はねぇよ」
 アイデースの言葉を聞き、三人がほっと安堵の顔を浮かべる。まだまだわからない事だらけで不安なままではあるが、一緒に居させてもらえるのなら乗り切れる様な気がした。
「ハデスは巻き込まれただけだからな、お前は好きにしろ。元の生活に戻ってもいいし、このままニケ達と一緒に村を出ても構わねぇ。だが——」
 一度言葉を区切り、アイデースが鋭い眼光を十六夜に向けた。

「十六夜さんは、簡単に許してやるこたぁ出来ねぇなぁ。お前さんもわかってんだろ?今はもう、“人間”と俺達とが関わるべき時代じゃないってよ」

「…… はい」と力無く答え、十六夜が俯く。どんな罰が下るのかと考えるだけで体が震え出す。だが、誘惑に負け、勝手に村外に連れ出してしまったハデスにお咎めが無いことはとても嬉しかった。
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