恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第二十七話】胸の内(ハデス・談)

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 疲れたから眠り、目が覚めたから起きる。

 今までは毎日ただただそんなルーチンを、虚しい気持ちを抱えながら繰り返していた。今だって同じ事を繰り返しているはずなのに、ここ数日は楽しくって堪らない。眠る十六夜を抱いてから泥の様に眠り、すっきりと爽快な気分で朝を迎え、また彼女の面倒をみる。

 ただそれだけの時間なのに、心から喜びを感じる。
 やっと本来自分が送るべき生活に戻れたような気さえする。

 だが、昨夜だけはあまり眠れなかった。明らかに運動不足と欲求不満が原因だ。大空を飛んでいた大鷲姿の十六夜を矢で射抜き、拾って来てからは毎晩の様に彼女を孕ませようと抱き続けていたのに、それが昨夜は初めて出来なかった。

 僕の渡した薬を十六夜が飲んでくれなかったからだ。

 渡した水と一緒に飲むフリだけをして、手の中に隠し持ったままだった。彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、しっかり観察していなければ僕でも気が付けなかったであろう程上手く隠して。
「…… おはよう、十六夜」
 分厚いカーテン越しでも、うっすらと明るくなっている室内で十六夜を背後からぎゅっと抱きしめ、挨拶を口する。彼女の眠りはまだ深いみたいで返事はなかった。

(——それにしても、昨夜はどうして薬を飲んでくれなかったんだろうか)

 そう不思議に思いながら眠る彼女の後頭部に顔を埋める。朝イチから元気なモノをちょっと背後から押し当ててしまったが、起きていないので問題はないだろう。
 もしかしたら流石に不審に思われたのかもしれない。後処理はきちんとしていたが、毎晩コレでもかというくらいにたっぷり中出ししていたから、そのせいで膣内に違和感が残っていたとしたら、彼女が不信感を抱いてしまっても不思議じゃない。疑いを向けるとしたら、十六夜に意識がある時は卑猥な事をほとんどしていないので眠っている間に違いないとすぐに思い当たるはず。そこから『薬はもう飲まない方がいいのでは?』という流れにでも至ったのだろうか。

(でも、それならそれで、何で何も言ってこないんだろうか)

 勝手に抱いたのに僕を避けるような素振りもない。だからって好意的な態度を見せてくれているわけでもないので、本当に気が付いているのか確信が持てない。…… なら僕は、このまま素知らぬフリをして、この流れに任せるべきなんだろうか。

 でも、そうなると子作りはどうするんだ?
 好きな人と毎晩同じベッドでただ眠るだけなんて、僕に可能なのか?
 “成人の儀”も迫ってきている。せめて前日までには、十六夜が身籠っていると確信出来る状態にしておきたいのに。

 ——色々な考えが頭の中を駆け抜けて、少し頭痛がしてきた。
 自分は許嫁がいる身だが、結婚前に別の女性を孕ませてしまったとなれば流石に問題となり、婚約の解消の末に村からも追放——と、なってくれないかと期待している。最悪の場合でも、十六夜が四人目の妻になるという結果くらいは掴み取りたい。婚姻後に他の三人を完全に放置したとしても、彼女達なら文句はないだろうし。『流民である』という彼女の発言が嘘である事と十六夜の正体が人外であるという件は僕しか知らないはずだ。だから十六夜を妻にしたいという要望も、胎に子供さえ孕っていれば通る…… はず。

 僕らが何よりも優先し大事にすべきなのは子孫を残す事、なのだから。

 ただ、流民と夫婦になった者の前例は無い。僕が知らないだけという事もあり得るが、少なくとも現在この村にそういった夫婦が存在しないのは確かだ。村民は村民と。流民は流民同士で婚姻を結ぶ決まりがあるからという理由で。だけど、近親婚を回避したり、出来るだけ遠い血筋同士で婚姻するべきだと許嫁を用意するくらいなら村の血筋とは程遠い流民達との婚姻はむしろ歓迎すべきものなのでは?と思うのに、現状では決して許されていないのは納得がいかない。

「——くそっ」

 頭ん中がぐちゃぐちゃになってきて、十六夜を抱きしめる腕に力が入る。流石に痛くて目が覚めたのか「…… 大丈夫、ですか?」と掠れた声で彼女が僕を気遣ってくれた。
「ご、ごめん!」
 咄嗟に彼女から離れようとしたが、正直者の体はいう事を聞かず、十六夜から腕を離してやれない。それどころか、宝物を守ろうとする怪物みたいに、十六夜の体を背後から包み抱いてしまう。
 何度も、何度も何度も何度も何度も何度も——十六夜の名前を心の中で叫び、離したくないと力を込めた。部屋に閉じ込めて、孕ませる。それくらいしか十六夜を手に入れられる手段が思い浮かばない自分の思考回路はなんと知性の乏しい事かと呆れ返りながら。

「どうしました?どこか痛い、とか?」

 十六夜が優しい声色で問い掛けてくれる。その声が心に染み渡り、僕はそっと全身から力を抜いた。
「大丈夫。ちょっとその…… 寝不足だったもんだから」
「それってきっと、こんな体勢で眠るからですよ?」
 僕の腕をぽんぽんと軽く叩き、十六夜が楽しそうに笑った。目を覚ましたらきっと、恥ずかしがったり、何故こんな状態で寝たんだと真っ赤な顔で喚いたりするかと思っていたんだが、予想外の反応だ。
「十六夜は、眠れた?」
「えぇ、ぐっすりと。野営に慣れているからか、割とどんな体勢でも眠れちゃうんで」

 どんな体勢でも眠れるにしても、背後から抱き締め続けていても眠れるものなのか?
 ま、まさか——

 ぐだぐだと悩んでいる間に、朝立ちしていた股間はすっかり鳴りを潜めているからこんな発言をしたって変な警戒はされないだろうからと、つい「もしかして、僕って異性扱いされていない?」と口にしてしまった。
 もしこれで『はい』なんて言われたら流石にショックだ。僕から何をされていたとしても全然警戒心を抱かない理由にはなるだろうけれども。

「まさか!ハデスさんはどう見たって異性ですよ?」

 さらっと叫ぶみたいに言われたが、これはこれで喜べない。真意が全く伝わっていないからだ。
「この体格差で、『同性かも』なんて勘違いは流石にあり得ませんよ」
「そ、そうだね」
 彼女の無垢っぷりに驚きを隠せない。だけど、鈴みたいに可愛らしい声で笑う姿が眩しくって、毒気も性欲もすっかり抜かれた。
 十六夜から腕を離し、ゴロンッとベッドに寝転がる。真っ白な天井を少しの間見上げていたが、このままずっと横になっている訳にもいかないので今日もルーチンをこなす事に決めた。

「ご飯にしようか。お腹、空いただろう?」
「いいですね。…… お手伝い、しましょうか?」

 即座にいつも通り断ろうとしたが、一考して「いいのかい?じゃあ、一緒に作ろうか」と笑顔で返した。
「でも、料理の経験は?」
「あります!とは言っても、簡単な物ですけど」
 上半身をガバッと起こし、そう言った十六夜の顔はとても晴れやかだ。この部屋から彼女を出す事への不安は拭いきれないが、この表情を見られた事は嬉しく思う。
「じゃあまずは着替えだね」
「そうですね」
 ベッドから二人で出て、「今更だけど、おはよう」と少し遅れた朝の挨拶をし、クローゼットから着替えを出す。流石に手伝わせてくれたり、目の前で着替えたりはしてもらえなかったけれど、『…… 夫婦生活って、こんな感じなのかな』と思うと、それだけで心の中が満たされたような気持ちになった。
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