恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第二十五話】再び風呂場へ(十六夜・談)

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 アイギナさんと私に話をさせる為、玄関先でハデスさんを引き止めていたニケさんとリリスさんの二人が彼に追い返され、いつも通りこの家の中には私達二人きりに。でも、そんな平穏な時間はたったの数十分で消え去った。

『家からこっちに運びたい荷物が多いから、事前に運ばせろ』
『保護している怪我人は女性なんでしょう?お菓子を持って来たの。食べさせてあげて』
『料理、沢山作り過ぎちゃったから食べて頂戴な』

 そんなふうに何かしら理由をつけては許嫁達とその他の来客者達が行き来し続けた。午前も午後もそんな事の繰り返しだったから結局薬を飲み損ね、そのせいかハデスさんの機嫌は時間を追うごとに、火を見るよりも明らかな程下降していった。

(…… そんなハデスさんの様子を見ているだけで嬉しくなるとか、どうかしてるな)

 近所のおばさんなどは用件が済めばすぐに帰ってくれていたが、やはり難点だったのは三人の許嫁達の来訪だった。三人のうち二人が、何度もハデスさんを引き付けていた間、私は残りの一人と窓越しに会話し、今後の計画を色々と聞かされた。

 彼女達の計画はこうだ。
 ハデスさんとの結婚を機に三人は実家を出て、確保出来た数年の間で流民の誰かと懇意になり、村から出る手助けをしてもらう算段だったらしい。でも、偶然この村に来る事になった私とは違って、人間達の村に真っ当な流れで“流民”として入村している者達を口説き落とすのははっきり言って不可能だっただろう。“流民”達は皆、三つの全てが人間を保護し、再建に向けた繁殖の為の村である事をしっかり理解して来ている者達のみなのだから。

 そう考えると、彼女達にとって私は、幸運の女神にも等しい存在なのかもしれない。

 どうしてこの村の外に出たいのか。
 いつから“流民”になる事を熱望しているのか、その為に今まで自分達が何を積み重ねてきたのか——

 そんな話を真面目に聞きはしたが、私は一言も彼女達に『協力する』とは言っていない。なのにどうやら私はもう協力者認定されてしまったみたいだ。だけどこのまま流され続けるという訳にはいかない。明確な返答をせぬまま夕方になってしまったが、『彼女達の提案には一体どんな返事をするべきだろうか?』と真剣に考えていると、ハデスさんが私の肩をぽんっと叩いた。

「お風呂の用意が出来たから、体を洗おうか」

 彼の声で慌てて顔をあげて窓の外を見ると、もうすっかり夕日が沈んでいる。ならばこの時間から更にまた彼女達の来訪がある可能性は低いだろう。繁殖が主な目的になっている以上、子供は昔よりも更に価値ある宝だ。だからきっとどの家庭でも両親達が夜の外出を黙って見送りはしないはずだから。

 私からの返事を待つ事なく、小さなタオルを片手にハデスさんが私を風呂場へと誘導する。廊下の方に出られる鍵付きの扉を開けずとも寝室の続き部屋に風呂もお手洗いもあるから、困った事に目的地にはすぐに到着してしまった。
 ハデスさんを見上げ、「あの…… 一人でもあら——」とまで言った声を一蹴し、彼は私の着ている服の前ボタンに手を掛けた。
「まだ完治していないんだ、今日も僕が手伝うよ」

「や、あ、いえ!腕は本当にもう、ほとんど痛くないんです。それに、男性に肌を見られるのは…… その、あまり…… 」

 そう喋りながら不意に昨日の交尾を思い出し、そのせいでカッと顔が真っ赤に染まってしまい慌てて顔を横に逸らした。そんな私を可愛いとでも思ってくれたのか、クスッと小さな笑い声が聞こえ、ハデスさんが「わかった。じゃあ服を脱ぐのは任せるけど、髪と背中くらいは洗わせてね」と提案してくる。『昨日まで散々生脚を晒して部屋の中を歩いていたのに、今更?』とは言われず、ちょっとホッとした。

 安堵からの流れで『全部一人でやれます!』と勢いに任せて答えたかったのだが、ふと彼の機嫌が実はあまり良くない事を思い出した。二人きりの時間は朝一くらいしかなかったし、昨日みたいに真っ昼間から薬で眠る私を抱き潰したりも出来なかったから、ストレスが色々と溜まった状態のはず。そんな状態の彼に対し、私がここで頑なに『いいや、絶対に一人でお風呂に入ります』と突き通したら、その反動でまた夜中に大変な事になるのでは?と考えた瞬間、困った事に下っ腹の奥がきゅうっと疼いてしまった。

 これではむしろソレを熱望し、番の子種を欲しがり発情しているみたいな反応だ。

 そのせいか、少しでも触れてもらえるならと思考が悪い方に流され始める。彼は私の番だと認識した今の状態でハデスさんに触れられたら自分はどうなってしまうんだろうか?と考えてしまい、無意識にごくりと唾を飲み込んでしまう。

「…… 髪と背中だけ、なら」

 期待で高鳴る心臓付近をギュッと服ごと上から押さえ、そっと頷く。するとハデスさんは安堵した表情で目を細め、脱衣スペースに体を隠す為の白い布とハンドタオルを置き、一旦風呂場から席を外したのだった。


       ◇


「痒いところは無い?」
「はい、大丈夫です」
 胸と恥部を白い布でぐるりと隠し、私だけが独立型の浴槽の中でゆったりと休む。今回のお湯は乳白色に染まっていて私の気恥ずかしさを緩和してくれる。目の上には温かなタオルを置いてくれ、無駄に長い髪を優しく洗う指の動きはとても心地いい。入浴直前に、ちょっとでも一人勝手にいやらしい事を考えてしまっていた事が恥ずかしくなってくるくらい、ハデスさんの扱いはとても丁寧だ。まだ文明が崩壊する前にはエステサロンというリラクゼーションや美肌・痩身・美容などを目的とした施設があったらしいが、きっとこんな場所だったに違いない。
「今日は人の出入りが多くてしっかりと休めなかっただろう?…… ごめんね、不用意に来るなとは言っているんだけど、言ったからって素直に聞いてくれる様な人達じゃなくて」
「何度も来ていた人達は、もしかしてハデスさんの幼馴染とかなんですか?」
 彼女達から直接そうだと聞いてはいるが、知らぬフリをして敢えて訊く。
「…… どうしてそう思ったの?」
「たまに聞こえた声が、他の人達とは違って随分と気安い雰囲気だったので」
「あぁ、聞こえたのか。それは益々もって煩かったよね、ごめんよ。寝室の全方位を防音効果のある壁とかに出来たらいいんだけど、時間も素材も無くって。もしかしたら、その技術はもう残っていないのかもね」
 そこまでせずとも…… と思うが黙っておく事にした。

 髪をゆるりとすすぎ、体を洗う時に邪魔にならぬよう細長い布で巻いてまとめると、今度は肌の上に泡が触れて体の表面を滑っていく。感触的にコレは素手で洗っているのでは?と思い、「あ、あの…… 」と戸惑い気味に声を掛けると、ハデスさんは「あれ?この前は文句もなく素手で洗わせてくれたのに、今回はダメなのかい?」と意地の悪い声色で訊かれてしまった。
「あ、あの時は、その…… キャパオーバーでそれどころではなかった、ので」
「そっか。だからされるがままだったんだね」と言い、ハデスさんが楽しそうに笑った。
「じゃあ、これ以上は無理って思ったら改めて言ってね。際どい所はちゃんと避けるから」
「あ、あ、ありがとう、ございます」

(現時点で既にもう限界なのに、『止めて』の一言が出てこないっ)

 右腕を優しく撫でられている今の時点でもう限界突破状態なのに、『番が触れてくれている!』と嬉しくも思ってしまって拒絶出来ない。既に私達はもっと深く繋がっているじゃないかと思うと、それが免罪符となって色々許してもしまう。

 鎖骨や胸の上の膨らみあたりも洗ってくれたが、流石にその先はハデスさん自身がセーブしてくれた。我慢しようとしたのに出来ず、時折私が変な吐息をこぼしてしまったせいかもしれない。
 その後は足の指やその間なども綺麗に洗われてしまったが、腰回りや太腿付近などは自分で洗わせてくれた。とは言っても渡された布で軽く擦っただけだけれども。好き勝手にその辺の川に飛び込み、バシャバシャと水浴びをして済ませている普段と比べると随分綺麗になったと思う。いざとなれば神力で清浄化してしまえば済む話なのでわりとテキトウでも大丈夫だとは、今はまだ彼に言えないのが残念だ。


       ◇


 風呂の時間が終わり、夕飯を二人きりで済ませ、今日も薬を飲むタイミングがきた。
 当初は縫うほどに酷かった傷も、今では少し違和感がある程度だ。なのでもう薬を飲む必要性を正直感じていない。その事を素直に告げると、ハデスさんは案の定少し困った顔になった。

「でも、今油断したら悪化するかもしれないよ?昔とは違って医療技術もそれ程今は高くないし、飲んだ方がいいと思うな」

 私に睡眠薬を飲ませたいだけとは思えぬ心配そうな表情を前にしては流石にこれ以上強くは断れない。
「…… そうですよね、わかりました」
「良かった、理解してもらえて」
 ぎこちない笑顔を向けあって薬を受け取る。だけど手のひらで転がる数種類の薬の粒を見て、ちょっと悪い事を思い付いた。
「…… 」
 黙ったまま薬を見るばかりで一向に飲もうとしない私の様子を訝しげな顔をして見下ろし、ハデスさんが無言のまま首を傾げる。
「どうかしたのかい?何か不純物でも混ざっていた?」
「い、いいえ!…… つ、つ、疲れてるのかな?ちょっと、ぼぉっとしちゃっただけです」
 慌てながらそう答え、勢いよく手のひらを口に当てる。と同時に「はい、お水どうぞ」と差し出してくれたコップを受け取り、私は軽く頭を下げて水を飲んだ。
「ありがとうございました」
 コップをハデスさんに返し、ベッドに腰掛ける。彼はそんな私の様子をしばらくの間じっと見ていたが、くるりと背を向けて「僕はコップを下げてくるから、君は先に休んでいて」とだけ告げて寝室を出て行った。
 飲んだフリだけをし、手のひらに握ったままになっている薬に対して罪悪感を抱きながら私は、「…… はい。そうしますね」と彼に返したのだった。
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