恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第二十一話】睡眠薬①(ハデス・談)

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 ニケ達三人を追い返すのは本当に大変だった。『もう本番まで日数もないから各人の私室を決めて、その部屋の掃除や引っ越しの用意も始めたい』という言い分も、『さっさと“成人の儀”の準備をしろ』という文句も。どれも言い返す事なんか出来ないくらい至極真っ当な苦情だからだ。だけど、乗り気じゃない気持ちはどうにもならないじゃないか。
 多少揉めはしたが、『もう少し容体が良くなったら治療院に任せる。今は入院患者のケアをするには人手が足りていないから、彼女を森で見付けた僕が面倒をみているんだ』とそれっぽい事を言って、十六夜の件はひとまず黙認してもらうこととなった。もちろん“成人の儀”の準備はちゃんと進めておくという条件付きで。

 それよりも今は、十六夜に僕達の結婚の件を知られてしまった点が気にかかる。

 アイギナの発言の後に聞こえた大きな音。あれを聞く限り、十六夜が僕らの結婚話に驚いた事は間違いなさそうではあるが、僕に複数の許嫁がいる件を彼女はどう思ったんだろうか?何とも思われていないというオチが一番堪えるのだが、彼女から好意を寄せられているという状況に無い以上、自分からどう思っているのかを訊くのは何かちょっと違う気がする。
 正体は銀色の羽を持つ大鷲なくせして、今は人間の姿をしながら『自分は流民だ』と大嘘をつくくらいだ。きっと僕らの文化について多少の知識は持っているのだろう。だから、“成人の儀”や、それと同時に許嫁達と結婚する事になるという流れも知っている可能性は高いと思う。
 残念ながら現状のままでは彼女らとの結婚は避けられない。もし異議を申し立てて破棄してみたとしても、結局は違う相手と婚約させられるだけだ。それにあの三人は僕との婚姻を熱望しているから、破棄する事自体、彼女らの合意は得られないだろう。


 食事を終えた十六夜が「——ご馳走様でした」と言って頭を軽くさげている。片付けまでしようとし始めた彼女の姿を前にして、やっと僕は思考の海から浮上した。『えっと』と少し考え、「次はお薬を飲まないとだね。これをさげてきたら水と一緒に持って来るから待っていてもらえるかな?」と十六夜に伝えた。
 十六夜は薬の効きがいいのか、僕らよりも傷の回復が早い気がする。下手したら、あと一・二週間くらいで治ってしまうんじゃないだろうか。

(そうなると、薬を飲ませる口実がなくなってしまうな…… )

 薬が無いと今みたいな強硬手段にも出られない。その事実がずんっと背中に重くのしかかる。
「それなら、私も一緒に台所までいきましょうか?その方が手間が省けますよね」
「そこまで気にしなくていいよ、大丈夫」
「…… もしかして、まだお客様が居るから、とか?」
 さっきのやり取りは聞こえていただろうから、まだ彼女達が居るのか気になってしょうがないのか。その事実がちょっと嬉しい。僕らの関係性が、彼女にとってどうでもいい事って訳じゃないんだと思えるからだ。

「彼女達なら帰ったよ。…… そんなにあの子達が気になる?」

 嬉しい気持ちを隠しきれている気がしない。だからか、つい小首を傾げながら訊いてしまう。なのに僕の期待をよそに、「いいえ。ただ、お邪魔しちゃったかなと思って」と一蹴されてしまった。そのせいで一気に心の中へ影が差す。

「あぁ、そうだ。もうすぐ結婚されるんですね、おめでとうございます。ハデスさんは“成人の儀”や結婚式の準備で忙しい身ですよね?こちらの事は気にせずに、そちらに時間を使って下さい。もう一人でも動けそうですし、台所や風呂場をお借り出来れば全て自分でやりますんで」

 そう言った十六夜の言葉を聞き、頭の中が真っ白になった。『…… これって、突き放されたのか?』と思うと強い苛立ちを覚えるのに、体中の血が下がるような感じまでする。今の自分は腹が立っているのか、ショックを受けて凹んでいるのか、己の事なのにわからない。ただ、随分と身勝手な感情を抱えているという事だけは辛うじて認識出来るだけマシだと思いたい。

「…… 聞こえてたんだね。ありがとう、嬉しいよ。——さてと、君は薬を飲まないと。水と一緒にすぐに持って来るから部屋で待っていて」

 無理矢理笑顔を作って十六夜にそう告げる。警戒させないようにいつも通りの表情を作ったつもりだったけど、やれている自信は全くなかった。


       ◇


 水と一緒に十六夜に飲ませる為の薬を持って寝室に戻る。彼女の為にと処方された化膿止めなどといった薬の中に睡眠薬も混ぜてから小鉢に移した。個別梱包の状態ではないから、それぞれがどういった効果のある薬なのか、これでもうわからないだろう。
「持って来たよ。さぁ、どうぞ」
 一緒くたにした薬と水を十六夜に渡そうとすると、「ありがとうございます」と受け取って疑いもなく彼女がそれを飲む。

(今僕が、『君以外と結婚をするくらいなら無理心中でもしてやろうかと考えて、薬の中に毒でも混ぜていたりしているかも…… 』なんて、君はきっと微塵も考えてくれてはいないんだろうな)

 毒なんて流石に盛っていないし、そんな事はこの先もやる気はないけど、つい馬鹿な事を考えては妙な悔しさを感じてしまう。
 あぁでも、睡眠薬は君にっては毒と大差ないのかもしれないな。意識のない状態になって体中を無自覚なまま犯されて、全身を快楽に蝕まれてしまうのだから。
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