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【第五章】君は僕の可愛い獣
【第十九話】招かざる三人の客②(ハデス・談)
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時間は少し前に遡る。
——診療所での診察を終え、商店街を見てみたそうにしていた十六夜を無理に連れ帰り、寝室に引き戻す直前までは順調だった。あとは昼ご飯を食べさせてから薬を飲ませ、複数の薬の中に混ぜ込んでおいた睡眠薬で深い眠りに入った十六夜とより確かな絆として今日もまた既成事実を作るつもりだったのに、突如邪魔が入った。
「ハデス、居るのはわかってんだぞ!」
「わかってるぞ」
「…… 邪魔するわ」
玄関の扉を開ける大きな音と同時に聞こえる、よく知った三人分の声。乱暴な口調が最初に聞こえ、いつも通りひとつ前に同調する言葉と熱のこもっていない声とか続く。そのせいで不覚にも十六夜を雑に扱う羽目に。衣類の詰まったダッフルバッグを寝室内に放り込み、「早く入って!」と告げて背中を押してしまった。突然思いっきり俺に押されたんだ、きっとバランスを崩して床に崩れたに違いない。本心としてはすぐにでも駆け寄り、抱きかかえてベッドに運んで痛む箇所がないかを確認してやりたいのに、気持ちを押し殺して急いで玄関に向かった。
早々に追い返してやる。
そうは思うが簡単にはいかない事はわかっている。彼女達が急に揃って押し掛けてきた理由も。
全面的に自分が悪い状態なので、適当に言いくるめるのも難しいだろう。
「外で聞いた通り、家に居ましたね」
長い黒髪を手で後ろに流しながらそう呟いたのは女性の名はアイギナ。
茶色い瞳がこちらをじっと見ているが、いつも通り感情が全く感じられない。
「どうするんだよ、ハデス。もう本番までは一ヶ月しか無いんだぞ?衣装は用意したのか?」
腰に手を当てて踏ん反り返りながらそう言ったのはニケだ。
緩くウェーブがかった金髪の髪を後ろでまとめている美人系の顔立ちが、長身のゴリマッチョボディに乗っているというアンバランスな外見をしているせいか友人が少ない。ここにいる僕達しか友人はいないと断言してもいい程、同世代からは嫌厭されている。
「無いんだぞ」とニケの言葉の一部を復唱しているのは、ニケの義妹・リリスである。
両親を病気で亡くした孤児をニケの両親が引き取った為、姉であるニケとは血の繋がりが一切無い。だからか余計に、異常なまでに義姉に懐いていて、いつも双子コーデをしている。昔みたいに髪を自由に染める手段があったなら、茶色い髪もニケと同じ金色に染めていただろう。
「ハデスだったら“成人の儀”当日まで私達を放置しそうなんで、こちらから動く事にしたんです。いい加減、私達の引っ越しの用意も始めたいですしね。——で、空いている部屋はどこですか?」と言って、両腕で分厚い古書を抱きながらアイギナが家の中をウロウロと歩き始めた。
「乗り気じゃないのはもちろん知ってるが、お前もいい加減諦めろ。“成人の儀”が楽しみでしょうがない連中なんて、下半身でものを考える奴らくらいだろうしな」
よりにもよってアイギナと正反対の方に歩き始めながらニケが言う。小指で耳をほじりながら歩く後ろ姿は、つなぎタイプの作業着みたいな服を着ているせいもあってか男性にしか見えない。ニケよりも少し背の高いリリスが黙ったまま後ろに続くが、流石に耳をほじる仕草までは真似る気はないみたいだ。
「わかってる。わかってるから、まずは三人とも居間に——」
突如立ちくらみがし、体がふらついた。完全に心理的要因だ。原因は言わずもがな。“成人の儀”という難題が僕に迫ってきている事を、彼女達が押しかけて来たせいで痛感したからだ。
“成人の儀”。
それはご先祖達がこの村を設立した時から続く忌まわしい習慣である。数えで二十歳になる男性がいる年に、その者達の成人をまとめて祝う日だ。此処“オケアノス”の中心部で盛大に開催され、山岳地域にある村・“エデン”と海側に位置する“スーニオン”からも若者が集まって来る。それぞれの村には多くても五百人、少ないと百人程度しか人がいないから開催は不定期だ。儀式の日はお祭り騒ぎで皆が夜通し踊り狂い、色々な露店なんかも数多く並ぶ。他人事であるなら羽目を外して楽しめるイベントである。
遥か昔に東方であったらしい“成人式”みたいに大人の仲間入りをする事を自覚させ、ただ祝うだけの日なら僕も純粋に心待ちに出来ただろう。既に両親が他界している僕には関係の無い話だが、他の者達は実家から出て、大人として独立する権利を得られる日でもあるからだ。
問題は、“成人の儀”を迎えた者は村長達が決めた相手と結婚しなければならない点だ。
それぞれの家系図を再確認し、年齢が近く、血縁が遠い者達をこの日に娶る。五年に一度は家系図の再確認を行い、許嫁となった者達は幼少の頃から共に過ごすように強要される為、馴染み深い者同士での婚姻となる場合が大半だ。
だが、人の感情なんてもんはそう上手く誘導出来るものでは無いので、残念ながらトラブルも多い。
許嫁以外の相手と恋仲にあった場合、血縁が近いと判断されれば強制的に別れさせられる。もし運良く血縁が遠かったとしても、許嫁の一人として加わるだけで、一夫一婦での婚姻はあり得ない。全般的に男性が産まれ難いせいで、一人の男に対して少なくとも二人。性欲盛んな者には五人も六人も、下手したらそれ以上の女性が当てがわれる場合もあるそうだ。これも全て——
絶滅危惧種と化した人間を増やす為に。
今の時代の“結婚”とは種を残す事のみが目的であり、愛の延長での契約ではなくなってしまったのだ。
遥か昔。世界各地で勃発した大規模な戦争によりこの星は壊滅的被害を受け、土壌汚染や空気の澱み、飲み水・食糧不足などの要因も重なったせいで人間は滅亡寸前にまで陥ったそうだ。辛うじて生き残った先祖達が掲げた『星の再生の為にも、種の持続と繁殖を』という目標を実行する事が今を生きる我々の存在理由であり、生きる意味となってしまった。
これは人としての義務であり、避ける事は出来ない。
どうしても嫌だと言うなら村から逃げるしかないというのが現状だ。
だが、ぬるま湯で育った者が村から逃げても待っているのは“死”のみである。この辺りの土地以外は未だに戦争の爪痕が色濃く残っていて、旅のノウハウを持つ流民達でさえも死亡者が多い死の領域ばかりらしいからだ。
この星を再び人間達が自由に生活出来る世界にするにしても、まずは数を増やさねば再建も出来ない。失われた技術の再発見や継承も重大事項ではあるものの、数が少ないままではそれさえもままならないからだ。
(わかってる)
僕らがどうするべきなのかを頭ではわかっていても、心が受け入れる事が出来るかはまた別問題だ。もう何百年も前に継続不能になってうやむやのまま終わったはずの戦争が、未だに僕を苦しめている。
それでも、十六夜を見付ける前であれば、無心のまま“成人の儀”に出るくらいはするつもりだったのに、今はそれさえも嫌で嫌で堪らない。十六夜以外の相手との婚姻なんぞ、それこそ死んでもお断りだと心が悲鳴をあげている。
——ギリッと奥歯を噛み締めて、軽く頭を横に振る。
(今はそんな事を考えている場合じゃない。とにかくこの三人早く追い出さないと)
「なぁ、こっちの部屋が空いてるみたいだぞ」
「二人で使うには狭い…… 」
「いやいや。前にも言っただろう?結婚後は、もう部屋は別だって」
「でも…… 」
好き勝手に片っ端から目に付いた扉を開けて部屋の中を覗き、あーだこーだとニケとリリスの二人が話している。リリス的にはニケと同じ部屋を使いたいみたいなのだが、結婚において一番の重要事項が子作りなので、部屋は別々にしておかないと体面的な問題があるんだとニケが説得をし始めた。
少し離れた位置ではアイギナも空き部屋の状態を細かくチェックしている。彼女の持ち物は本がメインらしく、窓から入る日差しを確認したり、「どうせなら本棚を沢山置ける大きな部屋が使いたいのに空いていない」と一人でブツブツ文句を口にしていた。
(まずい)
このまま次々に進んでいくと僕の部屋にまで手出しされてしまう。十六夜に『何があっても大人しくしていて欲しい』と伝え損ねていた事を危惧していたら、悪い予感が見事的中し、ニケが鍵のかかる寝室のドアノブを回してガチャガチャと乱暴に音を鳴らした。
「——どうしました?鍵でもなくしましたか?」
ドアノブを何度も回す音を不審に思ったのか、十六夜がトントンッというノック音と共に、こちらに向かって扉越しに声を掛けてきた。不安そうな声が妙に胸をくすぐるが、この状況自体は喜べない。
木製の扉に耳を当て、「…… 女の声が聞こえる」と呟いたのはアイギナだ。
「え、嘘。そこってハデスの私室じゃなかった?」
「鍵をかけるとか、まさか監禁か?」
リリスに続き、ニケも眉間に皺を寄せながらそう言って、勢いよくこちらに顔を向けてきた。
「違う、そういんじゃない。怪我人の面倒をみているだけだ。いいから今日は帰れって」
不快感を隠せないままそう告げたが、『わかった』とは誰も言ってくれなかった。
「待て待て待て。このタイミングで女を囲うとか、冗談じゃないぞ!」
今にも僕の胸倉を掴みかかりそうな勢いのニケをリリスが止める。
「そうよ、ハデス。約束したじゃない、“成人の儀”を無事に終え、ワタシ達と結婚するって」
ジト目でアイギナの言った一言が寝室の中にまで聞こえたのか、ガタンッと大きな物音が鳴り響く。
あぁ…… 今の一言が、十六夜の耳にも届いたんだ。そう思うと、目の前が真っ暗になった。
——診療所での診察を終え、商店街を見てみたそうにしていた十六夜を無理に連れ帰り、寝室に引き戻す直前までは順調だった。あとは昼ご飯を食べさせてから薬を飲ませ、複数の薬の中に混ぜ込んでおいた睡眠薬で深い眠りに入った十六夜とより確かな絆として今日もまた既成事実を作るつもりだったのに、突如邪魔が入った。
「ハデス、居るのはわかってんだぞ!」
「わかってるぞ」
「…… 邪魔するわ」
玄関の扉を開ける大きな音と同時に聞こえる、よく知った三人分の声。乱暴な口調が最初に聞こえ、いつも通りひとつ前に同調する言葉と熱のこもっていない声とか続く。そのせいで不覚にも十六夜を雑に扱う羽目に。衣類の詰まったダッフルバッグを寝室内に放り込み、「早く入って!」と告げて背中を押してしまった。突然思いっきり俺に押されたんだ、きっとバランスを崩して床に崩れたに違いない。本心としてはすぐにでも駆け寄り、抱きかかえてベッドに運んで痛む箇所がないかを確認してやりたいのに、気持ちを押し殺して急いで玄関に向かった。
早々に追い返してやる。
そうは思うが簡単にはいかない事はわかっている。彼女達が急に揃って押し掛けてきた理由も。
全面的に自分が悪い状態なので、適当に言いくるめるのも難しいだろう。
「外で聞いた通り、家に居ましたね」
長い黒髪を手で後ろに流しながらそう呟いたのは女性の名はアイギナ。
茶色い瞳がこちらをじっと見ているが、いつも通り感情が全く感じられない。
「どうするんだよ、ハデス。もう本番までは一ヶ月しか無いんだぞ?衣装は用意したのか?」
腰に手を当てて踏ん反り返りながらそう言ったのはニケだ。
緩くウェーブがかった金髪の髪を後ろでまとめている美人系の顔立ちが、長身のゴリマッチョボディに乗っているというアンバランスな外見をしているせいか友人が少ない。ここにいる僕達しか友人はいないと断言してもいい程、同世代からは嫌厭されている。
「無いんだぞ」とニケの言葉の一部を復唱しているのは、ニケの義妹・リリスである。
両親を病気で亡くした孤児をニケの両親が引き取った為、姉であるニケとは血の繋がりが一切無い。だからか余計に、異常なまでに義姉に懐いていて、いつも双子コーデをしている。昔みたいに髪を自由に染める手段があったなら、茶色い髪もニケと同じ金色に染めていただろう。
「ハデスだったら“成人の儀”当日まで私達を放置しそうなんで、こちらから動く事にしたんです。いい加減、私達の引っ越しの用意も始めたいですしね。——で、空いている部屋はどこですか?」と言って、両腕で分厚い古書を抱きながらアイギナが家の中をウロウロと歩き始めた。
「乗り気じゃないのはもちろん知ってるが、お前もいい加減諦めろ。“成人の儀”が楽しみでしょうがない連中なんて、下半身でものを考える奴らくらいだろうしな」
よりにもよってアイギナと正反対の方に歩き始めながらニケが言う。小指で耳をほじりながら歩く後ろ姿は、つなぎタイプの作業着みたいな服を着ているせいもあってか男性にしか見えない。ニケよりも少し背の高いリリスが黙ったまま後ろに続くが、流石に耳をほじる仕草までは真似る気はないみたいだ。
「わかってる。わかってるから、まずは三人とも居間に——」
突如立ちくらみがし、体がふらついた。完全に心理的要因だ。原因は言わずもがな。“成人の儀”という難題が僕に迫ってきている事を、彼女達が押しかけて来たせいで痛感したからだ。
“成人の儀”。
それはご先祖達がこの村を設立した時から続く忌まわしい習慣である。数えで二十歳になる男性がいる年に、その者達の成人をまとめて祝う日だ。此処“オケアノス”の中心部で盛大に開催され、山岳地域にある村・“エデン”と海側に位置する“スーニオン”からも若者が集まって来る。それぞれの村には多くても五百人、少ないと百人程度しか人がいないから開催は不定期だ。儀式の日はお祭り騒ぎで皆が夜通し踊り狂い、色々な露店なんかも数多く並ぶ。他人事であるなら羽目を外して楽しめるイベントである。
遥か昔に東方であったらしい“成人式”みたいに大人の仲間入りをする事を自覚させ、ただ祝うだけの日なら僕も純粋に心待ちに出来ただろう。既に両親が他界している僕には関係の無い話だが、他の者達は実家から出て、大人として独立する権利を得られる日でもあるからだ。
問題は、“成人の儀”を迎えた者は村長達が決めた相手と結婚しなければならない点だ。
それぞれの家系図を再確認し、年齢が近く、血縁が遠い者達をこの日に娶る。五年に一度は家系図の再確認を行い、許嫁となった者達は幼少の頃から共に過ごすように強要される為、馴染み深い者同士での婚姻となる場合が大半だ。
だが、人の感情なんてもんはそう上手く誘導出来るものでは無いので、残念ながらトラブルも多い。
許嫁以外の相手と恋仲にあった場合、血縁が近いと判断されれば強制的に別れさせられる。もし運良く血縁が遠かったとしても、許嫁の一人として加わるだけで、一夫一婦での婚姻はあり得ない。全般的に男性が産まれ難いせいで、一人の男に対して少なくとも二人。性欲盛んな者には五人も六人も、下手したらそれ以上の女性が当てがわれる場合もあるそうだ。これも全て——
絶滅危惧種と化した人間を増やす為に。
今の時代の“結婚”とは種を残す事のみが目的であり、愛の延長での契約ではなくなってしまったのだ。
遥か昔。世界各地で勃発した大規模な戦争によりこの星は壊滅的被害を受け、土壌汚染や空気の澱み、飲み水・食糧不足などの要因も重なったせいで人間は滅亡寸前にまで陥ったそうだ。辛うじて生き残った先祖達が掲げた『星の再生の為にも、種の持続と繁殖を』という目標を実行する事が今を生きる我々の存在理由であり、生きる意味となってしまった。
これは人としての義務であり、避ける事は出来ない。
どうしても嫌だと言うなら村から逃げるしかないというのが現状だ。
だが、ぬるま湯で育った者が村から逃げても待っているのは“死”のみである。この辺りの土地以外は未だに戦争の爪痕が色濃く残っていて、旅のノウハウを持つ流民達でさえも死亡者が多い死の領域ばかりらしいからだ。
この星を再び人間達が自由に生活出来る世界にするにしても、まずは数を増やさねば再建も出来ない。失われた技術の再発見や継承も重大事項ではあるものの、数が少ないままではそれさえもままならないからだ。
(わかってる)
僕らがどうするべきなのかを頭ではわかっていても、心が受け入れる事が出来るかはまた別問題だ。もう何百年も前に継続不能になってうやむやのまま終わったはずの戦争が、未だに僕を苦しめている。
それでも、十六夜を見付ける前であれば、無心のまま“成人の儀”に出るくらいはするつもりだったのに、今はそれさえも嫌で嫌で堪らない。十六夜以外の相手との婚姻なんぞ、それこそ死んでもお断りだと心が悲鳴をあげている。
——ギリッと奥歯を噛み締めて、軽く頭を横に振る。
(今はそんな事を考えている場合じゃない。とにかくこの三人早く追い出さないと)
「なぁ、こっちの部屋が空いてるみたいだぞ」
「二人で使うには狭い…… 」
「いやいや。前にも言っただろう?結婚後は、もう部屋は別だって」
「でも…… 」
好き勝手に片っ端から目に付いた扉を開けて部屋の中を覗き、あーだこーだとニケとリリスの二人が話している。リリス的にはニケと同じ部屋を使いたいみたいなのだが、結婚において一番の重要事項が子作りなので、部屋は別々にしておかないと体面的な問題があるんだとニケが説得をし始めた。
少し離れた位置ではアイギナも空き部屋の状態を細かくチェックしている。彼女の持ち物は本がメインらしく、窓から入る日差しを確認したり、「どうせなら本棚を沢山置ける大きな部屋が使いたいのに空いていない」と一人でブツブツ文句を口にしていた。
(まずい)
このまま次々に進んでいくと僕の部屋にまで手出しされてしまう。十六夜に『何があっても大人しくしていて欲しい』と伝え損ねていた事を危惧していたら、悪い予感が見事的中し、ニケが鍵のかかる寝室のドアノブを回してガチャガチャと乱暴に音を鳴らした。
「——どうしました?鍵でもなくしましたか?」
ドアノブを何度も回す音を不審に思ったのか、十六夜がトントンッというノック音と共に、こちらに向かって扉越しに声を掛けてきた。不安そうな声が妙に胸をくすぐるが、この状況自体は喜べない。
木製の扉に耳を当て、「…… 女の声が聞こえる」と呟いたのはアイギナだ。
「え、嘘。そこってハデスの私室じゃなかった?」
「鍵をかけるとか、まさか監禁か?」
リリスに続き、ニケも眉間に皺を寄せながらそう言って、勢いよくこちらに顔を向けてきた。
「違う、そういんじゃない。怪我人の面倒をみているだけだ。いいから今日は帰れって」
不快感を隠せないままそう告げたが、『わかった』とは誰も言ってくれなかった。
「待て待て待て。このタイミングで女を囲うとか、冗談じゃないぞ!」
今にも僕の胸倉を掴みかかりそうな勢いのニケをリリスが止める。
「そうよ、ハデス。約束したじゃない、“成人の儀”を無事に終え、ワタシ達と結婚するって」
ジト目でアイギナの言った一言が寝室の中にまで聞こえたのか、ガタンッと大きな物音が鳴り響く。
あぁ…… 今の一言が、十六夜の耳にも届いたんだ。そう思うと、目の前が真っ暗になった。
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