恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第十八話】招かざる三人の客①(十六夜・談)

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 治療院での診察と服の受け取りを終え、、私達は真っ直ぐハデスさんの家に戻って来た。
 村内で古書店を営んでいるらしいセフィルさんと治療院内で少しだけ話しをしたが、帰りの道中は残念ながらハデスさんの鉄壁の守りにより人間達との交流は図れなかった。アイデースさんが貸してくれた伊達眼鏡に施されている神力の効果で人間の興味を引く心配はなかったから自由に見て回る事も可能だったのだが、『治り始めているとはいえ、君は怪我をしているんだよ?駄目。すぐに帰ろう』と言われては反論なんか無理だった。この眼鏡に付与されている効果の説明なんか人間には出来ないのだし、諦める事しか選べなかったなんて残念過ぎる。
 だけどそれでもめげずに建物や歩く人達の営みだけはしっかり観察しておいた。大鷲の姿で空を飛び、世界中に残っている人間達が築いて壊した、歴史ある廃墟の数々を観て回ってはいたが、この村みたいに生活感のある人間達の施設を見られる機会なんて当然一度も無い。

 この経験は『僥倖』の一言に尽きる。

 古い映像なんかに出てくる大都市みたいに人間でごった返している活気ある光景とは相当かけ離れてはいたが、こじんまりとした舞台サイズの町並みも悪くはなかった。飲食店以外は全て一軒ずつしかなかろうが、道が悪かろうが、すれ違う人々がやったらとハデスさんに話しかけまくってこようが、人間の営みをこの目で観察出来た今日一日を、私は一生忘れないだろう。


       ◇


「まずは手を洗おうか」
 自宅の扉を開けて入り、ハデスさんが私の脱いだローブを受け取ってくれた。足首まであるローブなのに、彼が持つと子供服に見える。『大きい人だなぁ』と改めて思いながら見上げていると、彼は何故が私が渡したローブを顔に近づけてくんっと臭いを嗅いだ。汗はかいていないと思うから臭くはないはずだが、そうやって目の前で臭いを嗅がれると恥ずかしくって堪らない。
「あ、あの…… 」
「んー?」
「く、臭かった、ですか?」
 あわわっと慌てながら訊くと、「いい匂いだよ」と笑顔で返される。どうやらハデスさんは過保護なだけの人ではないみたいだ。


 家の中だからと、ぶかぶかなスリッパに履き替え、洗面所で手を洗い終えると早速寝室の方に連れて行かれた。お昼ご飯がまだなのでこれから作るらしいのだが、『手伝う』という宣言は華麗にスルーされてしまった。

 理由は当然『怪我をしているから』。

 素材のまま美味しく頂く事の多い私だが、料理を作れない訳ではない。無論、常日頃から料理をしているハデスさんと比べると天と地ほどにも腕前には差があるだろうけども。ほぼ異常はないとは言え、怪我の件を持ち出されると強くは出られないので、私は大人しく寝室の中に足を踏み入れた。
 ——と同時に、玄関の方から何やら音が聞こえてくる。扉が開く音、数人の足音、そして「ハデス、居るのはわかってんだぞ!」と言う乱暴な口調と「わかってるんだぞ」と同調する別人の声。あとは「…… 邪魔するわね」と言う大人しそうな声色も。それらは全て女性のものだ。

「早く中に入って!」

 ハデスさんは小声でそう言い持っていたダッフルバッグを床に放り投げ、私の体をドンッと押して寝室の中に閉じ込めた。私が怪我をしている事を一瞬忘れたみたいな力強さだったせいで、そのまま床に手をついてしまう。だけどバタンッと閉まった扉がすぐに開いて、『ごめん、大丈夫だった?』と彼が訊いてくる気配はまるで無い。「勝手に入って来るな!」と怒鳴る声だけが木製の扉の奥から聞こえてきた。

 耳を澄ませて室外の様子を伺う。三人の来客者とハデスさんが何やら苛立ちながら話している音はうっすらと聞こえるが、会話の内容までは聞き取れない。寝室だからなのか、ここはそこそこ防音のしっかりした部屋みたいだ。
 扉がうっかり開いてくれたりはしないだろうかと淡い期待を込めて何度かドアノブをいじってはみたが無駄だった。今まで何度も見てきた通り、鍵が無い事にはどうにも出来ない。一週間後に怪我が治ったとしても、この扉から出る事は無理そうだ。

「…… 壊せば出られるけど、ご時世的に修繕は大変だろうからやめた方がいいよね」

 ぼそっと呟き、私は窓の方を確認しておくことにした。
 縦長の窓が並んでいるが、その全てが少ししか開かない。大鷲の姿に鳥獣化したとしても大型種である私では出られそうにない。これらの窓は全て、あくまでも日光の取り入れと風の入れ替えの為の物みたいだ。簡単には寝室への侵入を許さない徹底っぷりである。

「ハデスさんはホント、プライベートを大事にしている人なんだね」

 そっかそっかと頷きベッドに座る。
 何の気なしに脚をぶらぶらとしていると、ガチャガチャッとドアノブを回す音が聞こえた。普段のハデスさんならしないような行為だ。もしかしたら鍵を無くした?…… もしそうだとしたら、私は此処から出られるのかな。

 ——まさか、今の私って此処に閉じ込められた状態なの?。

 そう思ったらいても立ってもいられず、慌ててベッドから立ち上がり、私は扉の方へ駆けて行った。
「どうしました?鍵でもなくしましたか?」
 トントンッと扉を叩きながら向こう側に声を掛けると、「…… 女の声が聞こえる」と女性の声が扉奥から微かに聞こえる。どうやらドアノブを乱暴に回したのはハデスさんではなかったみたいだ。
「え、嘘。そこってハデスの私室じゃなかった?」
「鍵をかけるとか、まさか監禁か?」
 不審がっている声が聞こえ、私は慌てて手で口を塞いだ。どうやら声を発していい状況ではなかったみたいだと今更気が付いたが、もう遅い。
「違う、そういんじゃない。怪我人の面倒をみているだけだ。いいから今日は帰れって」と苛立った様子のハデスさんの声も聞こえる。

『面倒をみているだけ』

 まったくもってその通りなのだが、不思議と胸の奥がモヤっとする。
 私はどうせあと一週間もしたらいなくなる身なのだし、彼にどう思われていようが気にするべきじゃないのに、『そんなふうに言われるのは寂しいな』と思ってしまう。そんなふうにしか思っていないのなら、そもそも優しくなんかしないで欲しかったなと八つ当たりに近い感情が湧き上がり、私はその場で俯いて服の胸元をぎゅっと乱暴に掴んだ。
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