恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第十五話】診察②(十六夜・談)

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 ガチャッと鍵をかける無機質な音が診察室の中に響いた。室内から出て行くハデスさん達二人を見送り、直様アイデースさんが扉の鍵をかけたからだ。
「…… アイツを引き止めておけるのは、せいぜい十分だな。何となく、君が一人で通院は出来そうにないかもなとは思っていたが、その予想が当たって残念だよ」
 眉間にシワを寄せ、黒髪を無造作に掻きむしりながらアイデースさんが席に戻った。
「んじゃ、まずは腕の状態を診ておくか。包帯とガーゼも交換しておこう」と言い、手早く処置を開始する。

「残り一週間で治るように回復を施しておくから、君には悪いが、治ったらすぐにこの村からは出て行って欲しい」

 突き放す様な声で言われて首肯を返す。保護活動とは無関係な私が人間の保護区に長居できない事は重々承知している。私には『はい』以外の返答は一切許されない事も。
「そうそう、君に飛行許可を出した観光施設から捜索願いが出ていたが、『こっちで保護している』と返しておいたぞ。施設には、預けている荷物を取りに近々戻る事になるよな?多分色々事情を訊かれると思うから、その時はきっちり報告しておけよ」
「はい」
 私が着ているメンズサイズの白シャツの袖を折り、包帯を解いて傷の状態をアイデースさんが確認する。怪我に伴う腫れも随分と引いていて、負傷してからまだ数日しか経っていない様には全然見えなかった。
「うん、順調だな。処方してあった薬には魔力を施してあったが、君自身の代謝が良いのか効きもいいな。今日は追加で薬を渡すが、この様子ならもう化膿止めと痛み止めくらいで良さそうだ。でもまぁ一応解熱剤も渡しておくか。そうそう、君には悪いが傷跡はあえて残るようにしてある。この村の医療水準じゃ綺麗に消えたらハデスの奴に怪しまれるからな。跡が気になるなら村を出た後にでも、そっちでどうにかしてくれ」
「わかりました」と頷き返す私の腕に手をかざし、アイデースさんが神力を施してくれる。
 多分その容姿から見て彼は黒猫の鳥獣人だ。『魔力』という表現を使っていたから、西洋地域出身の。
 犬猫などといった、長年人の側で生きてきた種族達の姿で生まれた者達は、彼の様に回復系を得意とする者が多いらしい。私の様な猛禽類や狼、虎やライオンなどといった種の大半は戦闘系を得意とし、牛や羊といった家畜系の姿に鳥獣化出来る者達は育成に関わる神力の使い方に特化している者ばかりであるから、なかなかに面白いなと思っている。


「さてと。じゃあ次は、怪我をした状況を聞かせてもらえないか?」
 包帯を手早く私の腕に巻き終わり、アイデースさんは『此処からが本題だ』と言いたげな顔をこちらに向けた。
「状況…… ですか」
 あの時の状況を振り返ろうと口元に手を当てて考える。だが…… 突然の事だったせいか、残念ながら記憶が曖昧で思い出せた情報はかなり少ない。
「えっと…… 確か最初は、ギリギリ保護区の上空に当たる地域を飛行していたんです」
「あぁ。最近人気らしいな、この周辺の観光が」
「そうなんです!人間達彼らの保護区を創る為にと、この辺は真っ先に環境を復活させた地域ですからね。風景は壮大で綺麗だし、何よりも安全ですから」
「…… いやいや。何も今更此処にこだわらなくたって、どこもかしこもとっくにもう、自然環境は戦争以前の状況にまで立て直したってのに…… 最近の若い奴らってのは随分と物好きが多いんだなぁ」
「一度は滅びた人間達の文明が此処からまた再スタートするんだって点に、他の地域よりも強い魅力を感じるんだと思いますよ。…… 私も、その一人なので」
 おずおずと小さく手を上げて、どうでもいいことを自白した。こちらの話に興味があるのかないのか、アイデースさんに「そっか。——んで?」と状況報告の続きを促される。
「あ、えっと…… 空を飛んでいたら、突然左の翼に何かが突き刺さって。多分…… ボウガンか弓矢の類じゃないかなと。一の矢の時点で体勢を崩し、二の矢がトドメになって地上に落下しました」
「このご時世で…… 矢が、か?」
 酷く驚き、アイデースさんが渋い顔をしながら腕を組んで天井を見上げた。
「んー…… 。この村にも他の村にも狩人は数人いるが全員俺らの仲間だ。君はちゃんと飛行許可を着けていた、よな。まぁ、もし君が許可も無く飛行をしていたにしたって、仲間を撃ち落とす様なミスをする程度の腕の奴はいないはずなんだが…… 」

(あんなのは絶対に事故ではない)

 となると、私に怪我を負わせた者がこの保護区内に居るはずだ。だけど彼では全く思い当たる存在がいないのか、アイデースさんは唸るばかりである。
 人間達の歴史はイコールで戦争の歴史だった。そんな人間達に今は武器になる様な物を保有させていないと習っているから、アイデースさんに思い当たる人がいないのも当然か。

「…… んでも、まぁ、わかった。狩りの時に誤って君を射った奴がいないか、俺から一応確認してみる」
「ありがとうございます」
 礼を口にはしたが、正直別にそんな事はどうでもよかった。犯人がわかったからといって状況は変わらないし、弱肉強食は世の常なので、私は相手を恨むつもりは無い。警戒心不足が原因で私は負けた。それが全てなのだ。

(でもまぁ、怪我が治り、後はちょっとだけ、こっそりでもいいから人間の村を観察出来たらいいな)

 それが本心だ。
 大半の鳥獣人達はこの保護区とは関わらずに生きていく。人間に対して興味があろうが、保護活動に関われるのは彼らを支えられる様な技能に特化しているほんの一部のヒト達だけだ。なのに私は、幸運にも人間であるハデスさんと関わる事が出来た。

(…… あと一週間。あと一週間で、此処を去るのかぁ)

 そう思うと、胸の奥が不思議と少し苦しくなった。
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