恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第十三話】診察に行くには③(十六夜・談)

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「…… 大丈夫?このペースで歩いても、腕は痛くない?」
 バッグの中に潜む私に対し、小声でハデスさんが問い掛ける。今でも彼は道行く人達から声を掛けられ続けているみたいだが、最低限しか返事を返していない。もういい加減放っておいて欲しいのか、辟易してきている様子が私にまで伝わってくる。
「はい。大丈夫ですよー」
 周囲を気にしつつ、こちらも小声で返事をした。
 ダッフルバッグの中で出来るだけ身じろぐ事の無いよう気を付ける。ハシビロコウに鳥獣化出来る者と比べると、私はじっとし続ける事が得意というわけではないが、狭いであろう村の中にある治療院までの道程くらいなら何とかなるだろう。だが、暗いバッグの中でただじっとしているのは性に合わない。旅が好きな自分は好奇心が強い方だからだ。

 そんな私が、偶然とはいえ、人間達の村という超レアな土地に足を踏み入れて興味を抱かないわけがないじゃないか。

 獣に似た姿をした始祖の神々から授かり、地域によっては“魔法”や“魔力”などと呼ばれる力を私が育った地域では“神力”と呼んでいる。その力を使い、私はバッグの中に居ながら外の様子を知覚出来る様に自らの瞳に神力を施した。治療系はほぼ使えないが、戦闘に役立つ類の使い方は得意なのだ。だが、鳥獣人達が見守る様になってからの世界は至って平和なので、狩の時以外には役立たない能力だし肝心の時には間に合わずに残念な結果を招き今に至るせいか、段々気持ちが落ち込んできた。

 無理矢理気を取り直して外の様子を観察する。
 今ハデスさんは商店街の中を歩いているみたいだ。全体的に規模は小さくって、広めの一本道に全てが集約されているっぽい。あるのはそれぞれがほとんど一軒ずつで、洗濯屋、雑貨店、衣料品店、家具屋、八百屋、精肉店、古書店や日用品を扱う店がある事は確認出来た。
 食は生きる為の基礎だからか、他とは違って外食系のお店だけは何店も別々にあるみたいだ。その中には喫茶店、小洒落た印象のバルや和風の居酒屋もあった。それぞれの店構えの印象は、古い映像作品群の中にあった西部劇を思い出させるデザインばかりになっている。道は全て土をしっかりと固めた地面のみなので、強めの風が吹くと砂埃が空気を汚す。これでは対応に慣れていないとしょっちゅう目を痛めてしまいそうだ。
 ほぼ木造ばかりの西部劇っぽい街並みなのに馬はどこにもいなかった。荷物はもっぱら荷車で運び、人力に頼っている。街頭をたまに見かけるが、それらは全てガス灯で電気を使用している雰囲気はまるで無い。そういえば、ハデスさんのお宅にも電気類は一切無かった。水道やガスは人間の文明が絶頂期だった時期並みにしっかり整備されているのにだ。それってやっぱり——

 …… 通信関係機器を使わせない為、だよね。

 まだ今はこの星の実情を彼らに知らせる時期ではないとの判断からだろう。馬がいないのはきっと、保護下にある人間達の移動範囲を安易に広げない為だ。長距離の移動が可能になると保護区域を出てしまう可能性がある。それはまだ望ましくない。環境の浄化は進んではいるが、彼らが再び外で生きていくには、まだまだ人口が圧倒的に不足しているままなんだ。

 人間の人口はどっと増えてはちょっと減ってを繰り返してるって聞いた。でも…… 何で?
 生死が関わる犯罪の防止や健康管理は裏から徹底されているはず。
 なら、人口が減る要因なんか寿命以外には無いだろうに。

 一人不思議に思っていると、「——着いたよ」とハデスさんの声がバッグの外から聞こえてきた。数段の階段を上がり、“治療院”の看板の横を通り過ぎて院内に入る。流石に中にはヒトが入っているとは思わなくても、かなり大きなダッフルバッグを無表情のまま肩に掛けているハデスさんを見て、待合室の椅子に座っている数人の人達がギョッとした顔を彼に向けている。

 まぁ当然…… だよねぇ。

 せめて『重いっ!』って歯を食いしばっていれば、『あらあら、重たい物もっちゃって』で終わるだろうに。いや、軽い物が詰まっていると思ってもら…… 無理だよね、ダッフルバッグのズンと沈んだラインを見たら誰だって簡単に『あれは重たい!』って想像出来るってもんだ。

「こんにちは。今日は先生に会いに?」
「はい。腕の件で、診察をお願いします」

 綺麗な顔を瓶底眼鏡で隠している受付の女性と二、三言のやり取りをし、ハデスさんが空いている椅子に座った。するとすぐに、「腕を怪我してるの?なのに大丈夫?そんな重そうな荷物持って」と年配の女性が彼に声を掛けてきた。
「平気です。中身は羽みたいに軽いから」と作り物くさい笑顔を返す。

 いやいや。大鷲の姿でもそこそこ重いですよ、私は。

 とは言っても五、六キロくらいなものだから、優しいハデスさんなら『軽いね』と言ってくれるかも。
 彼の言葉を間に受けたのか、「そうなの?持ってみたい!」と言いながら小さな子供が近づいて来た。だが子供の手がバッグに触れた途端、凄まじい殺気を感じ、私はダッフルバッグの中でビクッと体を震わせそうになった。ひっと喉を鳴らしそうにもなり咄嗟に両手で口を塞いで何とか堪える。

「…… 大事なモノが入っているから、触っちゃダメだよ」

 表情はほぼ笑顔で声は淡々としているが、視線だけが物凄く怖い。彼の言葉に逆らってこのまま持ち上げようとしようものなら殺しかねない雰囲気だ。
「う、うん…… ごめん、なさい」
 たじろぎ、子供が涙目になりながら後退りする。「アンタ、何してんの!人の物は勝手に触っちゃ駄目でしょ!」と母親らしき女性に後頭部を叩かれ、恐怖心に痛みの追加と、追い打ちをかけられてしまいちょっと可哀想だ。
「ごめんねぇ。壊したりとかしてないといいんだけど…… 」
「大丈夫だと思うよ、ちょっと触れたくらいだったから」
 そう言ってハデスさんがバッグを撫でた。だが偶然にもそこは私のお尻の箇所と一致してしまっていて、彼の手が動くたびにびくんびくんっと体が震える。口元から手を離す前で本当に良かった。お尻を撫でられるたびに声や吐息が溢れてしまう。
 中の状況を何もわかっていないハデスさんは待ち時間の間中手持ちぶたさだったのか、ずっとお尻に該当する箇所を撫で続けていた。そのせいで、ファスナーが全開になった時にはもう息を絶え絶えな状態で、いっそすぐにでも彼の脳内の記憶を消去してしまいたいくらいの痴態を晒してしまったのだった。
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