恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第十話】看病…… ?③(十六夜・談)

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 浴槽から出るのを手伝ってもらい、着替えは悪戦苦闘しながらも自分で済ませる事が出来た。全ては下着類が一つもなかったからなのだが…… 借り物である男性物の大きな服はスースーしてしょうがない。胸の辺りは動く度に布が擦れて気持ち悪いし、ショーツを穿いていないせいで物凄く恥ずかしい。だけど男性が一人暮らししている家に女性物が無いのは当然だし、だからって下着なんか買いに行くのも厳しいだろう。この村にそういった衣類を売るお店がどのくらいあるのかも知らないが、彼がいきなり女性物の下着を店にを買いに行けば噂は一気に広がって、とんでもない事になるだろうし。

『いいや、どうしたって下着が欲しい!女性物の服が欲しい!』なんて、絶対に言えないなぁ…… 。
 鳥獣化している時なら羽毛が多いから全裸でも平気なんだけど、ヒトの姿だとやっぱ違和感しかないや。

 そっと息を吐き、諦めながらハデスさんと一緒に家の廊下を歩く。裸足にスリッパを履き、木造の西洋風住宅の中をゆっくり歩きながら窓の外を見ると、こじんまりとした菜園と綺麗な花が咲いている庭が見えた。小さな井戸の周辺に置かれたスコップや庭具をしまっている棚などもきちんと整頓してあって、彼の性格が出ている。家の中もそうだ。壁掛けのオイルランプが随所に設置されてはいるが、絵画や花といった飾りがなくって周囲はとても質素な雰囲気になっている。私を喜ばせようと、花瓶やぬいぐるみを並べた寝室とは全然違う雰囲気だ。

「大丈夫かな、このまま歩けそう?抱っこして行こうか?」

 私の手を取って隣を歩くハデスさんがこちらのペースに合わせてゆっくり前に進む。薬が切れてきたのか、動くたびに腕がズキズキと痛み始めた事に彼は気が付いているのかもしれない。

「いいえ!大丈夫ですよ、寝室まであと少しですし」

 男性物の薄手のシャツ一枚しか着ていないのに抱っこなんかされたら脚が丸見えになるし、首回りも広いから胸の谷間が彼の視界に入ってしまうだろう。そうなると容易く想像出来るから、とてもじゃないが『腕が痛いしお願いしようかな』なんて選択肢は選べる訳がない。自分で歩こうが、抱っこしてもらおうが、痛い事には変わらないんだし。

 色々諦めながら歩きつつ、ちょっと思った事がある。一人暮らしの割には随分と広い家だというのと、通り過ぎてきた扉のドアノブは鍵穴の無い物だった点だ。家のサイズは親族から譲り受けた物だったら大きくっても納得だけど、どうして寝室以外の部屋の扉のドアノブには鍵が必要ないんだろうか。てっきり全ての部屋のドアノブがそういう作りの物なのかもと思っていたのに、パッと見た感じ、鍵がないと開かないのは寝室だけっぽい。

 何でだろう?何度も鍵で開け閉めして、一々面倒じゃないのかな。

 そんな疑問を抱いている間に問題の扉の前まで辿り着いた。あぁ、やっと休める。一人安堵していると、ハデスさんが首からかけている鍵を取り出し、扉を開けた。
「あの…… どうして、寝室だけ鍵が必要なんですか?」
 首を傾げて訊くと、ニコッと笑顔が返ってきた。
「プライバシーは大事でしょう?こうも狭い村だとね、他人の家だろうが何だろうが、我モノ顔で勝手に入って来る人が多くってね。玄関の鍵を掛けようものなら後日『みんなを信用していないのか』と文句まで言われる始末だ。だけど、一人になれないと困る事も多いから、寝室だけは鍵をつけたんだよ」
「なるほど、そうなんですねぇ」
 納得して頷くと、ハデスさんが「…… 君は、本当に可愛いね」と言って優しく頭を撫でてくれた。何故急に褒めてくれたのかわからないが、「ありがとう…… ございます」と返しておく。そんな私をじっと見て、彼は口元に笑みを浮かべている。そんな彼を横目で見上げながら私は、『これって…… もしかしたら、ハデスさん、今ちょっと嘘をついたのかも?』と思った。だけどそんなのお互い様なんだから、彼を責める気持ちはおきなかった。


       ◇


「はい。どうぞ、これを飲んで」
 ベッドに腰掛けた私の手の上にハデスさんが薬をのせてくれた。痛み止めと化膿止め、あとは睡眠導入剤だと聞いている。
「自分で飲める?」
 白湯のはいるカップを渡されながらそう訊かれたが、もちろん即座に「大丈夫です!」と答えた。彼の距離があまりにも近過ぎて、今にも『口移しで飲ませてあげる』とか言い出しそうで顔に熱が集まる。

 いやいやいや!な、何変な事想像しているんだ、私は!

 親切心で赤の他人である私の面倒を引き受けてくれているだけの好青年を相手に、失礼な想像を膨らませている自分を叱責する。
 体の寝汗を濡れタオルで拭いてくれている間も、半身浴で髪や体を綺麗にしてくれた時ですら優しく笑うか平然としていたハデスさんが変な事を考えているはずなんか絶対に無いのに、何でこんな事を考えてしまうんだろう?さっき、『抱っこしようか?』と訊いてくれたり、歩く時もぎゅっと手を繋いでくれていたりしているのだって、全て彼がただただ優しいだけなのに。
「…… ちゃんと飲んだ?」
 体を横にしながらハデスさんが私の口元を覗き込んでくる。口内を確認したいみたいにじっと見詰められたが、私は口を開けて見せるなんて恥ずかしくって、「ちゃんと飲みましたよ」とだけ伝えた。

「よかった。これで今夜もきちんと眠れるね」

 すっと赤い瞳を細めてハデスさんが微笑んだが、その表情に妙な色香があって体の奥が少し震えた。頬に熱まで集まってきて、心臓までどくんどくんっと高鳴り始める。

 な、何コレ。…… え?

 一目見た時から随分と美形な人だなとは思っていた。アルビノではないのに赤い瞳の色は鬼灯の実みたいで綺麗だし、少し長めの黒髪だってさらさらとしていて素敵だし、健康的な印象のある褐色の肌なんてツボのど真ん中——ってぇぇぇぇ!違う違う違う!

「どうしたの?」

 赤い頬をそっと撫でられ、ぶわっと全身の毛が逆立った気がした。相手は恩人だというのに、色香ある彼の表情を前にしたってだけでどうしてこうも過剰反応してしまうのか全く検討がつかない。何を考えてる、私は馬鹿か?と慌てていると、今度は段々と頭の中がぼぉとしてきた。
「あぁ、もう眠くなってきたのかな?ちょっと興奮したから薬の回りが早いのかもね」
 そう言ってハデスさんが私の体をベッドに横たわるのを手伝ってくれる。枕の位置も整え、掛け布を上にかけて、上から顔を覗き込んでくる。

「おやすみなさい。深い深い眠りを、たっぷり楽しんでね」

 彼のこの声を最後に、私の意識はハサミで糸を切ったみたいにぷつんと途切れてしまった。
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