恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第八話】看病…… ?①(十六夜・談)

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 十五分くらい経過した頃。ハデスさんが私の為に寝室までお粥を持って来てくれた。部屋の扉を開閉する度に鍵を使って開けていて、人間はどうしてあんなに面倒な作りの扉を使用しているのだろうか?と思いはしたが、彼らの常識は知らない事の方が遥かに多いのだと気が付かれない為に黙っておくことにする。

「どうかな、美味しい?——って、卵と出汁、あとは少しの塩で味付けしたくらいの物で、そんな事を訊かれても困るか」

 肩をすくめ、苦笑いをするハデスさんに対して口元に笑みを作ってみせた。
「胃に優しい味ですね。ありがとうございます」
 早速一口食べてみたが空っぽの胃袋に薄めの味付けが優しく染み渡る。体調不良になっても食欲が落ちないタイプなのでお粥なんて風邪をひいた時にすら食べないから、実はこれが初めての経験だ。お鍋の残り汁を使って作るおじやとはまた違うんだなぁとは思っても、これがお粥的に美味しいか美味しくないのかは基準となる味が自分の中に無いので正直よくわからない。『料理』という括りで考えれば、味付けは好きだが、食べ応えに欠けるというのが本心だ。

「一人暮らしが長いから料理は得意なんだ。この先もずっと作ってあげるから、心配しないで」

 ハデスさんがそう言ってにっこりと笑う。『怪我が治るまでは、ずっと』という意味だとわかってはいるけど、そんなに甘えて良いのかと申し訳なさで胸がいっぱいだ。料理を用意してくれた時、彼に『僕が食べさせてあげるよ。片手しか使えないのは不便でしょう?』と言われたが、全力で断って正解だったな。食事の用意だけでなく、そんな事まで押し付けては今の気持ち程度では済まないほど、すまないなと思う気持ちに押し潰されていたに違いない。

 大きめのベッドトレイにはお粥とおしぼり、火傷しないようにぬるめにしている薄味のスープを入れたカップが並ぶ。スプーンを用意してくれたので一人で黙々と食事を続けていると、その間ずっとハデスさんは私が食事をする様子をじっと観察してくる。

「…… どうか、しましたか?」

 お行儀が悪いとわかってはいるけどスプーンを口元に当てたまま問い掛けると、彼はふっと優しく笑った。
「動いている姿も可愛いなぁと思って。君が眠っている間、ずーっと気になっていたんだ。『瞳の色は何色なのかな』とか『どんな声なんだろう?』とか、さ」

「…… ね、ね、寝姿を、見ていたんですか?」
「うん。寝食を忘れるくらいに可愛かったからね」

「い、いびきとか、歯軋りとかしていませんでした?」
 慌てて訊くと、「大丈夫だったよ。寝相も良かったしね」と笑いながら教えてくれる。その言葉で最初は安堵したが、今だけじゃなく、寝ている間もずっと私の姿を見られ続けていたのだと気が付き、ものすごく恥ずかしくなってきてお粥を食べるスピードが著しく落ちてしまう。
 鳥獣化はアイデースさんの施しのおかげで制御出来ているから、寝ぼけて勝手に大鷲の姿に変化したりしたかもしれないという心配は無くて本当によかった。

「あの…… 。これからは、ちゃんと睡眠は取って下さいね?もちろん食事も」
「じゃあ、それ以外はずっと君を見ていても良いんだね?ありがとう!」

 いやいや、それはオカシイ。

 すんっと冷めた表情でそうは思うも、『言質取った!』みたいに満面の笑みを浮かべられては、やっぱり何の言葉も返せなくなる。私はどうも、この人の笑顔の造形に相当弱いみたいだ。


       ◇


 お風呂に誰かと一緒に入ったのなんて子供の頃くらいだ。鳥獣化して野鳥や鳥獣人達と一緒に水浴びをした事は最近でも多々あったけれど、恥ずかしいだとかは別段考えたりはしなかった。だから『この後は体を拭いてあげるね。ついでに髪も洗おうか』と食後に言われて、私は深く考えずに二つ返事を返してしまった。

 そのせいで強い後悔の念を風呂場で終始抱える羽目になるなんて、愚かな私は全く考えてもいなかったのだ。

「——どう?お湯の温度は。熱くない?」
「へ、へ…… 平気、です。丁度いいかと」
 氷点下の水だろうが汚い川だろうが海や湖だろうが。平気で突入して行って水浴びするくらいよくやるので、温度なんか正直どうでもいい。というか、鳥獣化している時は羽毛のおかげで気にならない。だけど今はヒトの姿なのに、緊張し過ぎて大鷲の姿の時以上にわからないから困る。
「実はね、人様の髪を洗うのはこれが初めてなんだ。洗髪剤が目に入らない様にゆっくり洗うから、のぼせそうになったら言ってね?」
「は、はい…… 」
 返事する声がどれもこれもつい吃る。恥ずかしいやら緊張するやらで頭ん中は真っ白だ。それもこれも全部、大きめの白い布一枚だけを体に巻き、私だけ湯船に浸かっているせいでだろう。鶏足みたいに細い脚はほとんど丸見えだし、使っている布が肌にべったりと纏わり付いて体のラインも丸わかりな気もする。腕を濡らさないようにと左腕は湯船の外に出し、体を冷やさない為だけにためたお湯は半身浴よりも少ない状態だから入浴剤を入れてもらって誤魔化す事すら出来やしない。…… そもそも今の時代、そんな物がこの村にあるのかも怪しいが。

 広い風呂場の端に置かれた独立型の湯船に浸かり、淵に小さなタオルを数枚重ねて枕代わりにして頭を預けている。上を向いた私の髪をゆっくり慎重にハデスさんが洗ってくれているが、これではまだ十七才のわりに大きめな胸が目立っているのでは?と内心ヒヤヒヤしてしょうがない。悲しいかな無事な片腕では隠せる様なサイズではないし、今更隠しては返って意識していると思われかねない。目隠しをしてないから視線はどこにやったらいいかわからないし、目が合う度にニコッと頬を染めた笑顔を返されるから困ってもしまう。

「長くって、綺麗な髪だね。あれ?そういえば…… 流民の人達ってみんな小綺麗だけど、そんなに身支度を整える余裕があるもんなの?」

 た、確かに。
 人間の住んでいるこの地域以外は廃墟と瓦礫の山だと彼等は教わっているはずだ。世界は一度滅亡し、辛うじて生き残った人間達が、唯一無事だったこの地域に移り住んで再建している最中なのだとも。

 全てが嘘というわけではないにしても、大体は外の世界に興味を持たせない為の方便だ。

 それなのに、外世界からまたに来る流民の商人などが小綺麗だなんて、違和感を抱くのは当然の疑問だろう。
「多分、人の多い村に入るから特別綺麗に整えているんじゃないかな、と。ほら、汚かったり臭いと嫌がられるでしょう?いくら使えそうな物を持ち込んでも、そんな見た目じゃ売れないかもしれないし。この近くには綺麗な池があるし、そこで水浴びしてから来るとかじゃないですか?」
 上空から見た、実際にあった池の話を交えて嘘を並べる。多分“流民”だと語っている皆さんはそんな事気にもせず、ただ上から与えられた衣装を着て保護区に入って来ているだけだろうなと想像に容易いが、それをそのまま言う訳にはいかない。

「十六夜も、その予定だったの?」
「そうです。だけどその前に怪我をしてしまって…… 」

「そっか、災難だったねぇ。でもそれで納得したよ」
 何を?と思い視線をハデスさんの方へやろうとしたら、彼の方から先に近づき、私の耳元で「君を見つけた時。全裸で倒れていたから、何があったんだろう?って内心とっても心配だったんだよ」と囁かれた。

「真っ白な肌が赤く染まっていて、不謹慎にも『綺麗だな』って思ったけど、怒らないでね?」

 囁き声のままそう続けられ、ビクッと体が跳ねた。頬は赤く染まり、心臓が煩く鼓動を早める。恥ずかしい、困ったといった気持ちに、照れ臭いやら褒められて嬉しいと思ってしまう感情まで加算され、私の脳と心はもう処理能力の限界が近そうだ。
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