恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第五章】君は僕の可愛い獣

【第七話】目覚めと記憶②(十六夜・談)

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「ありがとう…… ございます」
 人間の村で下手な事は出来ない。しちゃいけない。とにかく話を合わせよう。
 今在命している人間達は保護地域での生活に入ってから何世代も後の者達だ。外の世界がどうなっているかも、“鳥獣人”なんて種族が“人間”に取って代わってが新たにこの星で生活している事すらも知らない者達なのだから。
 今はとにかく怪我を治す事に専念するんだ。隙を見て、この村内に居るらしい仲間に協力を仰ぐか鳥獣化して脱出せねば、後々今以上にもっと厄介な事になる。

 その為にも、今はこの人を利用させてもらおう。

 そんな考えのせいか、罪悪感でちくりと心が痛んだ。
「ところで、君の名前は“十六夜”で合ってる?」
「え?あ…… は、はい」
 ハデスさんに問われ、そう答えた声が裏返った。

 何故知っているんだろうか?私は名乗っていない。仲間であると言っていたアイデースさん相手にも痛みと意識が朦朧としていたせいで告げる余裕なんか無かったのに。

「良かった」と言いながら、ハデスさんが私の首元に手を伸ばし、近傍の飛行許可書でもあるドックタグのプレート部分を軽く持ち上げる。
「此処にそう書いてあったから、君の名前かな?と思って。眠っている君をずっとそう呼んでいたから、もし違っていたら恥ずかしくって『穴があったらー』って気分になる所だったよ」
 ニコッと笑った彼に対し、私はうっかりきょとん顔で「文字が読めるんですか?」と訊いてしまった。
「うん、そりゃね。でも、そんな事がなんで不思議なの?」
 さっきと同じ笑顔のはずなのに、作り物みたいな印象に変わった。やっぱり今のは不審に思わせる発言だったんだと後悔を抱いたが、もう遅い。
「あ、いいえ、何も。ただ、その…… 一般的な文字じゃないから、どうして読めるのかな…… と」
 考えをきちんと告げ、慌てて首を横に振る。動揺から軽く身を引いたが彼は手を離してはくれなかった。

 ドックタグに書かれている文字は、念の為にと今の人間達が使っている文字は使用されていない。万が一にも人間達に外の情報を与えない為にだ。なのに何故、ずっとこの村に住んでいる人間であるはずの彼がこの文字を読めるんだろうか?
「古書店にある本でちょっとだけ勉強したんだ。でもちゃんとはマスターしていないから、君の名前くらいしか読み解けなかったけどね」
 その言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。『飛行許可時間』という単語が読めていない事に安堵し、私は「独学ですか。すごいですね」と言って笑顔を作った。
「これは昔拾った物なんです。古代文字が書かれていてカッコイイなって。知人が、空スペースにその時代の文字で私の名前を追加してくれたんですが、デザイン的に変じゃないですか?」
 よくまぁ平然とした顔でペラペラと嘘を。自分に呆れ返る。
「お洒落だと思うよ」
「良かった」
 誤魔化せたかな?と、ほっと安堵の息を吐くと彼は、「でも——」と小さくこぼしてドッグタグをギュッと掴み、軽く引っ張った。そのせいで少し上半身が前のめりになる。突然の事で驚きに目を見開くと、すっと瞳を細めたハデスさんと至近距離で目が合った。

「名前を彫ってくれた人とは、親しいの?」

 表情は優しいのにハデスさんの目の奥は笑っている気がしない。何とも表現し難い空寒さを感じてしまって一瞬反応が遅れたが、「——いいえ」と声を絞り出した。
「何度か会ってはいますけど、名前も知らないヒトですよ」
 相手は許可証を発行した観光案内所のヒトなので嘘ではない。
 この辺りは自然が多くて飛ぶには良い地域なのだが、場所が場所だけに事前講習と飛行許可が無いと飛べない地区なのが面倒だ。徹底管理された人間保護地区なので逆に安全だと最近人気の観光スポットなのに、まさか自分がこんな目に遭うとは…… と、段々気分が落ち込んできた。

「なんだぁ。そっか、良かった。だけどコレは外そうか」

 私が許可する間も無く首の後ろに手を回され、金具をいじってドッグタグ付きのネックレスをハデスさんが外す。私に渡してくれるかと思っていたのに彼は、そのままズボンのポケットの中にしまい込んでしまう。あれ?とは思うも、下手な事をして刺激したくない気持ちが上回り、黙るしかなかった。

「そういえば、十六夜は流民なの?」

 “流民”は、鳥獣人達が人間の保護地区に立ち入る為によく使っている文句だ。ある時は、商人達が村には定住出来ない言い訳として。またある時は、人材の入れ替えの為に『今までは流民だった』と言って村に定住し始める時にも使う。昔よりは増えたとはいえ、皆が皆知人同士だと言える程に人間達は少数派なままなので、見知らぬヒトを内部に送り込むにはどうしたって必要な言葉なのだ。
「よく分かりましたね」
 実態はただの観光客でしかないが、『何かトラブルがあったら“流民”のフリをしましょう』と口を酸っぱくして何度も言われた事なのできちんと守る事にする。

「こんな綺麗な子は一度見たら絶対手に——いや、忘れないからね」

 途中で何か言い換えたみたいだが、笑顔で誤魔化された。
「じゃあ、君はずっと外の世界を旅して来たの?怖くなかった?食べ物の調達とか、色々と大変そうだよね」
 雲よりも高い山脈の上にある天空都市や、広大な乾いた大地に描かれた地上絵などの光景が頭に浮かんだが、私は「…… 廃墟ばかりですからね。逆に怖さは無いですよ。植物はもう随分と再生しているので木の実とかは沢山あるし、川には魚が、森の中にはウサギなどといった生き物もいるんで、案外飢えずにやっていけます」
「そうなんだ。じゃあ、ずっと一人?」
「両親と兄が健在です」
「家族とは、一緒に旅を?」
 彼らは普通に鳥獣人達の住む集落で暮らしていてまともな家に居るとは当然言えず、「いいえ。旅は一人で」とだけ答えた。
「そっか。じゃあ、怪我が治ったら、また旅を続けるの?」
「そうですね」
 即答すると、ハデスさんは少し寂しそうな顔をして「…… そうなんだね。じゃあ、仕方ないね」と言った。

 一体、何が『仕方ない』んだろうか?

 不思議に思うも、「あ、お腹すいたよね?お粥を作ってあるから食べるといいよ。今持って来るから待っていてね」と告げてベッドから降りる。
「ありがとうございます。えっと…… 何か手伝いますか?」
「その怪我で?悪化したら困るのは君だよ。ゆっくり休んでいてくれて大丈夫」
 腕を伸ばし、あやすみたいにハデスさんが頭を撫でてくれるもんだから気持ちよくって目を細めてしまう。
 彼の言う通り今のままでは左腕は全く使い物になりそうにない。私は攻撃に特化しているタイプなので治癒系の神力を使うのは苦手だし、大人しくしてしっかり治さないと。森で怪我をした私を偶然保護してくれたというだけの相手だが、ここは申し訳ない気持ちを押し殺して、甘えさせて頂こう。恩返しはその後だ。
「ご飯は沢山食べられそう?お粥以外にも何か摘みたいなら、果物も切ろうか」
「いいえ。今沢山食べると、お腹がびっくりしちゃう気がするので少しで大丈夫です」
「そっか、わかった。——そうだ、十六夜の好きな食べ物は何?用意するよ。嫌いな物も知りたいな、料理する時に避けたいから。花は?花は好き?この部屋から出られないし、もっと飾ろうか。本が読みたいとかがあるなら持って来るけど、どうする?古代文字に興味があるなら、僕が読んだ本と同じ物を借りて来るよ。そうだ、腕の傷は?今は痛くない?三日も寝ていたからね、お風呂なんかも入りたいだろうけど、それはまだ我慢してね。代わりにご飯の後にでも体を拭いてあげるから。あ、でも髪くらいなら洗えそうだよね。お湯の用意もして来るよ。着替えは…… 女性物は無いままだから僕の物を着てもらう事になるけど。用意していなくってごめんね?」
 早口で捲し立てられ、返事を挟む暇もなかった。どこから答えるべきかもわからず、「えっと魚が好物です。あとは…… 追い追いで」と苦笑いを返す。
「あはは。一気に訊かれても困るよね、ごめんごめん」
 くすくすと笑う表情がとても自然だ。ハデスさんは私よりも年上だと思うけど、心からちゃんと笑うとちょっと子供っぽい。

「じゃあ、用意して来るから。良い子で待っていてね」
「は、はい」

 素直に答え、わざわざ鍵を使って扉を開けようとしているハデスさんの背中をじっと見ていて、ふと違和感を覚えた。何もかもきちんと覚えている自覚があるのに、それなのに何かを忘れている様な不可思議な感覚だ。
 額にそっと手を当てて俯いたからか、ハデスさんが振り返り、「どうしたの?頭でも痛い?」と心配そうに声を掛けてくる。

「あ、いえ…… 。ただその…… 何か、とても大事な事を忘れているような気がして…… 」

 頭の中に靄がかかったみたいに思い出せない。とても大事で、決して忘れてしまっていい事ではないはずという気持ちだけがねちっこく付き纏うせいで、何だかものすごく気持ち悪い。

「んー…… そっかぁ。ごめんね、
 ハデスさんが笑顔でそう言い、私を残して寝室を後にしたのだった。
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