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【第五章】君は僕の可愛い獣
【第二話】落とした果実②
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木製の窓枠を改造する為にカツンッカツンッと金槌で釘を打つ音が部屋の中に響く。この家には怪我人が居るからと、黒髪に赤い瞳を持つ長身の青年は出来るだけ音を立てぬ様に気遣っているみたいだが、どうしたって金槌を打ちつける音は鳴る。元は怪我をしている大鷹だったはずの存在は今、彼の造った簡易ベッドの方ではなく、青年のベッドで体を丸めて寝入ったままだ。冷や汗が白磁の様な肌を濡らし、出血のせいで血が不足している顔色はとても青白く、繰り返す息は浅い。
そんな状態にある者が唸り声をこぼすたびに様子を伺いつつ、高い熱も出ている体を少しでも冷やしてやろうと額の上に置いた濡れタオルを何度も交換しながら、青年は部屋の改装作業を続ける。
裏手にあるこじんまりとした庭から摘んできた花を生けた花瓶をベッドサイドの棚に置き、子供の頃に貰った動物を模したぬいぐるみを数個、物置から引っ張り出してきてベッド近くに『気に入ってくれたらいいけど』と期待を込めて飾っておく。毎度鍵を使わなければ一切の開閉が出来ない特別な構造になっているドアノブへの交換はもう済んでいて、青年にとってのみ、理想的な部屋はもう少しで完成だ。欲を言えば防音設備もどうにかしたい所なのだが、この家の周辺には家が少ないのでそこまで拘る必要な無いかと諦めた。
「こんなもん、かな?」
大きめの窓が室内の南側に面した壁に三つ。上下に開閉するタイプの窓を開け、途中までいくと追加した金具に引っかかり、それ以上は開かない様に改装出来たかどうかを確認する。部屋の空気を入れ替えるには充分なくらい開閉出来るが、窓から外に出る事は叶わない。赤子や猫を手渡しで外に出すくらいなら可能だろうが、それ以上の体格のある者や大鷹では到底無理だろう。
この部屋からなら、勝手には出られない。
その事に満足した青年が笑みを浮かべた時、玄関の方から扉が開く音が聞こえた。と同時に聞こえる大きな靴音。そして「腕に大怪我をしたから家まで治療に来いって受付に言うだけ言って、治療院で待ちもせずに帰宅しやがった横暴君はご在宅かー?」と言う男の声にはイラッとした感情が混じっている。忙しい時間帯に往診の依頼なんかしやがって、と表情もお怒り気味だ。細身の体に着古した白衣を羽織り、猫の尻尾の様に長く黒い髪を後ろで無造作に束ね、無精髭と古風なデザインの丸眼鏡をしているせいで美形顔がすっかり台無しになっている。
「…… アイデース。今日だけでもいいから、少し静かにしてくれないか?」
チェーンに通して首からかけている鍵を使って部屋の扉を開け、青年はアイデースに声を掛けながら玄関に向かった。壁付近にはコート掛けと傘置き、あとは小さな靴箱が設置してあるだけのシンプルな玄関には一人の男が立っている。
「おい…… 。どう見たって元気そうじゃねぇか、ハデス」
大きな往診用の鞄を左手に持ち、右手をポケットに入れているアイデースは渋い顔をして青年の名前を口にした。
アイデースに“ハデス”と呼ばれた青年が首を軽く横に振る。感情を感じ取り辛い淡々とした様子で彼は「怪我をしたのは僕じゃない」と伝え、アイデースを寝室に案内して行く。
「お前じゃないって…… 珍しいな。あ!もしかして、お前が誰かを助けるって事はあの三人の誰か、か。アイギナにはさっき会ったばっかだから違うな。もしかして、ニケか?——いや。リリスかもしれないな、あの子はちょっと抜けてるし。まぁ怪我人が誰だろうが、お前が他人と関わる事をする様になっただなんて喜ばしいぞ。やっとお前も、彼女らと親密になる必要性を理解出来たって事か」
勝手な推測を披露し、一人うんうんと頷くアイデースは嬉しそうだ。が、心底嫌そうな顔をしながらハデスが少しだけ振り返り、「…… どれも違う」とアイデースの言葉を否定する。
「彼女らとはこれ以上関わりたくはないし、この先も最低限にしか関わる気は無い」
気怠げにそう話しながらハデスが鍵を使って寝室の扉を大きく開けると、その様子を後ろから見ていたアイデースが眉間に皺を寄せた。
「…… おい。何だってそんなドアノブを使ってんだ?店には、売ってねぇよな?」
「村外れにあるゴミ置き場で見付けたんだ」
「ゴ、ゴミ置き場で?何だって、そんな場所に…… 」
粗大ゴミばかりを大量に集めた場所が村外れにある。不定期ではあるものの、いつの間にかゴミは回収されていて全て消えているが、それでも周囲には臭いが残っているので誰も行きたがらない様な場所だ。だがハデスはそんな場所に好んでよく訪れていた。村にある唯一の商店では手に入らない物を見付けては持ち帰って修理し、『いつか使えるかも』と物置の奥に隠しておく。本日初めて日の目を見た、毎回セットになっている鍵を使わなければ開閉出来ないドアノブもそのゴミ置き場で見付けて持ち帰った物の一つだ。
何故そんな物が捨ててあるのか、ハデスは知らない。だが使える物が手に入るのなら、どうして店には売ってもいない品がいくつもそこに捨ててあるのか何てどうでもよかった。
「宝の宝庫だからだよ」
ハデスはそう答えて寝室の中にアイデースを案内する。彼からの返事を聞き、アイデースは『…… くそ。不用品の処理をもっと慎重にする様に徹底させないといけないな』と心の中でぼやいた。
そんな状態にある者が唸り声をこぼすたびに様子を伺いつつ、高い熱も出ている体を少しでも冷やしてやろうと額の上に置いた濡れタオルを何度も交換しながら、青年は部屋の改装作業を続ける。
裏手にあるこじんまりとした庭から摘んできた花を生けた花瓶をベッドサイドの棚に置き、子供の頃に貰った動物を模したぬいぐるみを数個、物置から引っ張り出してきてベッド近くに『気に入ってくれたらいいけど』と期待を込めて飾っておく。毎度鍵を使わなければ一切の開閉が出来ない特別な構造になっているドアノブへの交換はもう済んでいて、青年にとってのみ、理想的な部屋はもう少しで完成だ。欲を言えば防音設備もどうにかしたい所なのだが、この家の周辺には家が少ないのでそこまで拘る必要な無いかと諦めた。
「こんなもん、かな?」
大きめの窓が室内の南側に面した壁に三つ。上下に開閉するタイプの窓を開け、途中までいくと追加した金具に引っかかり、それ以上は開かない様に改装出来たかどうかを確認する。部屋の空気を入れ替えるには充分なくらい開閉出来るが、窓から外に出る事は叶わない。赤子や猫を手渡しで外に出すくらいなら可能だろうが、それ以上の体格のある者や大鷹では到底無理だろう。
この部屋からなら、勝手には出られない。
その事に満足した青年が笑みを浮かべた時、玄関の方から扉が開く音が聞こえた。と同時に聞こえる大きな靴音。そして「腕に大怪我をしたから家まで治療に来いって受付に言うだけ言って、治療院で待ちもせずに帰宅しやがった横暴君はご在宅かー?」と言う男の声にはイラッとした感情が混じっている。忙しい時間帯に往診の依頼なんかしやがって、と表情もお怒り気味だ。細身の体に着古した白衣を羽織り、猫の尻尾の様に長く黒い髪を後ろで無造作に束ね、無精髭と古風なデザインの丸眼鏡をしているせいで美形顔がすっかり台無しになっている。
「…… アイデース。今日だけでもいいから、少し静かにしてくれないか?」
チェーンに通して首からかけている鍵を使って部屋の扉を開け、青年はアイデースに声を掛けながら玄関に向かった。壁付近にはコート掛けと傘置き、あとは小さな靴箱が設置してあるだけのシンプルな玄関には一人の男が立っている。
「おい…… 。どう見たって元気そうじゃねぇか、ハデス」
大きな往診用の鞄を左手に持ち、右手をポケットに入れているアイデースは渋い顔をして青年の名前を口にした。
アイデースに“ハデス”と呼ばれた青年が首を軽く横に振る。感情を感じ取り辛い淡々とした様子で彼は「怪我をしたのは僕じゃない」と伝え、アイデースを寝室に案内して行く。
「お前じゃないって…… 珍しいな。あ!もしかして、お前が誰かを助けるって事はあの三人の誰か、か。アイギナにはさっき会ったばっかだから違うな。もしかして、ニケか?——いや。リリスかもしれないな、あの子はちょっと抜けてるし。まぁ怪我人が誰だろうが、お前が他人と関わる事をする様になっただなんて喜ばしいぞ。やっとお前も、彼女らと親密になる必要性を理解出来たって事か」
勝手な推測を披露し、一人うんうんと頷くアイデースは嬉しそうだ。が、心底嫌そうな顔をしながらハデスが少しだけ振り返り、「…… どれも違う」とアイデースの言葉を否定する。
「彼女らとはこれ以上関わりたくはないし、この先も最低限にしか関わる気は無い」
気怠げにそう話しながらハデスが鍵を使って寝室の扉を大きく開けると、その様子を後ろから見ていたアイデースが眉間に皺を寄せた。
「…… おい。何だってそんなドアノブを使ってんだ?店には、売ってねぇよな?」
「村外れにあるゴミ置き場で見付けたんだ」
「ゴ、ゴミ置き場で?何だって、そんな場所に…… 」
粗大ゴミばかりを大量に集めた場所が村外れにある。不定期ではあるものの、いつの間にかゴミは回収されていて全て消えているが、それでも周囲には臭いが残っているので誰も行きたがらない様な場所だ。だがハデスはそんな場所に好んでよく訪れていた。村にある唯一の商店では手に入らない物を見付けては持ち帰って修理し、『いつか使えるかも』と物置の奥に隠しておく。本日初めて日の目を見た、毎回セットになっている鍵を使わなければ開閉出来ないドアノブもそのゴミ置き場で見付けて持ち帰った物の一つだ。
何故そんな物が捨ててあるのか、ハデスは知らない。だが使える物が手に入るのなら、どうして店には売ってもいない品がいくつもそこに捨ててあるのか何てどうでもよかった。
「宝の宝庫だからだよ」
ハデスはそう答えて寝室の中にアイデースを案内する。彼からの返事を聞き、アイデースは『…… くそ。不用品の処理をもっと慎重にする様に徹底させないといけないな』と心の中でぼやいた。
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