恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

文字の大きさ
上 下
34 / 77
【第四章】いやらしいのは隣のキミ一人

【第七話】二人の初めて①(十六夜・談)

しおりを挟む
「今の声、似てたかな?“ハデス様”って人と」
 クスクスと意地悪く笑う声は聞こえるが、目元から手をどけてくれていないせいで表情が見えない。

 何だってこんな真似を?

 そう訊こうとしたのに、彼の指が私の胸の先をカリッと引っ掻き、口からは疑問ではなく卑猥な声が溢れ出た。
「こうされるのも、“初めて”かな?」
 問い掛けるその声がまた“ハデス様”と同じ声色なせいで、どう答えるべきなのか悩んでしまう。“星十六夜”としては初めての経験だが、“グレーテル”や“アウローラ”としてならば、その時々の“ハデス様”と共に経験済みだからだ。

 だけど彼は私が本当はどういった存在なのかは知らないのだから、今の自分がするべき返事は——

 必死に答えを探していたのに、カリッと胸の飾りをまた引っ掻かれ、思考が瞬時に崩れて「んあ!」と大きな声をあげてしまった。強い刺激のせいなのか、目の前で花火が散ったみたいに光が明滅する。

「何を考えてるの?まさか、経験済みだとか?でも誰とだろう…… そんな時間は与えていないつもりだったんだけどなぁ」

 とても早口で、“ハデス様”は大事な人だと告げた時とは違ってすごく不快そうな声だ。表情は見えずとも彼から滲み出る仄暗い苛立ちを肌に感じ、喉の奥で「ひぅっ」と嫌な音が鳴った。

「な、ない!ないです、こ、こんな恥ずかしい、経験は!」

 多分彼の二の腕部分の服を掴み、大きな声を出して全力で否定する。だけど信じてはもらえていないのか、ハデス君は「へぇ…… 」と冷たい声で短く呟くだけだ。
「その割には、良い反応だよねぇ。…… あ、もしかして自分でシテた、とか?」と言った彼の声音に期待が籠る。是非ともそうであって欲しいと考えているのだろう。
「ココ、寝ている僕の隣でこっそり触っていた、とか?」
「ひゃうんっ!」
 ぎゅっと強く指先で胸の尖りをつね上げられ、変な声を出してしまった。ただでさえじわじわと体に熱が溜まっていき、少しの刺激でも頭の中が溶けていきそうな錯覚を起こし始めているというのに、過度な刺激は今の私の体には毒にしかならない。だけどきっと彼は確信犯だ。こちらの状態を全てわかっていてやっている。
「…… 見たいなぁ、十六夜さんが自分で胸を弄ったりしてるところ」
「む、無理…… 駄目です。そ、そもそも、していないっ」
 そんな卑猥な行為はした事なんか無い。なので首を横に振ってすぐさまちゃんと否定したいが、目元を押さえられたままなせいでそれさえも出来ない。

「そうなの?じゃあ、全部が“初めて”であってるのかな?」

 肯定するのも恥ずかしくって、『はい』と言おうと口を開けはしたのに、声は出なかった。すると彼は何を思ったのか私の唇に唇を重ね、そのまま中まで舌をねじ込み、深い口付けをし始めた。これではさっきみたいに『ケーキを口移しであげただけ』とか、そういった言い訳も出来やしない。
 口付けのせいで脳内が煮詰まって何も考えられなくなる。距離が近過ぎるせいで彼の匂いが強く、その香りのせいで『“ハデス様”が触れてくれている』という勘違いが加速して、頭の中で何度も本来自分がこの体を与えるべき相手の名前を呼んでしまう。
 ハデス君の服を掴み、脚をモジモジとさせながら自分からも舌を絡めていく。この行為の先に待つ快楽をこの身はまだ体験していなくとも、記憶の中では既に最後まで経験済みなせいか、己の意志に反して体が勝手にこの続きを期待してしまう。流れ出る蜜のせいで下着がじわりと濡れ始め、下っ腹の奥はきゅんきゅん疼いて、より強い快楽を求めた。

「そんなにボクとのキスが気に入ったの?自分から口を開けてせがまれたら我慢出来なくなるじゃないか」

 問い掛ける彼の声は少し掠れていて、余裕が無い感じがする。
「そういう、つもじゃ…… 」
 否定に近い言葉を口した事が気に入らなかったのか、今度は彼の指が口の中に入ってきた。苦しくって「んぐっ」と声を上げると、親指と人差し指とで舌を掴んで捏ねられた。指先で愛撫するみたいな動きのせいで少しづつ体から力が抜ける。舌を弄るせいで飲み込めないくらいに唾液が滲み出して口から溢れ、首を伝って胸の谷間が濡れた。
「あーあぁ。ヨダレ垂らしちゃって。赤ちゃんみたいになってる。んでも、めちゃくちゃ可愛いなぁ」
 その指は目標を変えて歯や歯茎を撫で始め、次は上顎を撫でてと、口付けた時の舌みたいに指が口内を撫で回す。舌とは違って動きが繊細且つ的確に快楽を押し付けてくるからこちらは息も絶え絶えだ。最初みたいにちょっと苦しくされたなら抵抗する余地があったかもしれないのに、今はそんな隙さえも与えてはくれない。視界を奪われたままなせいで次の動きの予測も出来ず、ただただ彼に与えられる享楽が全身を支配する。

 こんなの、彼の方こそ絶対に初めてなんかじゃない!

 そう思うと、何故だが胸の奥が酷く痛んだ。
「あぁぁ、ホント可愛い。それに今の十六夜さんすっごくエロいよ?」
 はぁはぁと興奮気味にそう言って、私の頬や顎をベロッとハデス君が舐める。零れ出ていた唾液を舐め取り味わっているみたいだ。
「あぁ…… そういえばね、気が付いていた?」
 耳朶を軽く噛み、ハデス君が耳元で不敵に笑う。
「十六夜さんさぁ、ボクのこの声音のせいなのか、さっきからちょっとだけ敬語使っちゃってる瞬間があるって」
「あぁ…… 」
 無自覚だったが、確かに使った気がする。敬愛し尊敬する“ハデス様”の声にしか聞こえないせいで無意識のうちに言葉遣いが本来のものに戻ってしまったのか。

「それってさぁ、お仕置き…… しないと、だよね」

 また都合よくルールが変わってしまった。ハデス君はたまに小悪魔的な一面のある子だなと思ってはいたが、何もその属性を今発揮せずとも良いだろうに。
 口から指が抜かれ、目元を覆っていた手も除けてくれた。そのおかげでやっと彼の表情を見る事が出来たのだが、ハデス君と目が合っただけで、私は視野を取り戻せた事を後悔する羽目に陥った。漆黒色の瞳を興奮に染め、欲望を隠そうとしない口元は舌先で唇を舐めている。
 上半身を起こすと彼は一切の躊躇なく上に着ていた服を脱ぎ、床に投げ捨てた。そして再び私の体を標的として定め、猫の様なしなやかさを持って上に覆いかぶさってくる。

「今日はたぁくさん、ボクらの“初めて”を楽しもうね。——十六夜さん」

 あぁ、ちょっと考えれば成人になったタイミングで彼が『初めて』を求めてきた理由なんかすぐにわかったろうに。過去の私を殴り倒したい気持ちになったが、ハデス君に肌をちょっと甘噛みされただけで、私の後悔は粉々にされ、霧散してしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

君は僕の番じゃないから

椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。 「君は僕の番じゃないから」 エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。 すると 「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる イケメンが登場してーーー!? ___________________________ 動機。 暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります なので明るい話になります← 深く考えて読む話ではありません ※マーク編:3話+エピローグ ※超絶短編です ※さくっと読めるはず ※番の設定はゆるゆるです ※世界観としては割と近代チック ※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい ※マーク編は明るいです

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...