恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第四章】いやらしいのは隣のキミ一人

【第五話】誕生日(十六夜・談)

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 昨夜はハデス君から『誕生日には十六夜さんと初めての事が色々したい』という、何とも曖昧な誕生日プレゼントを要求されてしまった。

 初めて…… 初めて、初めて、か。
 この子が望む『初めて』とは一体何だろうか?

 ——と、分厚いカーテンのおかげで朝でも尚薄暗い部屋の中でまだ眠るハデス君の顔をじっと見つめながら、不思議に思う。
 本来の私は“星十六夜”や“ハデス君”と同じく眠る事を必要としていた。そんな不完全な私とは違い“ハデス様”は眠りを必要としない。毎夜毎夜“ハデス様”は私に添い寝をしてくれていたが、あのお方は眠らないのだから、当然寝顔なんか一度も見た事はなかった。だからか、瞼を閉じているとまだ幼さの残っているハデス君の寝顔を見ていると、どうしても『…… ハデス様の寝顔って、こんな感じだったのかな』なんて、この先も一生見る事の無い表情を想像してしまう。“ハデス様”とは違って肌が白かろうと、赤い瞳が真っ黒であろうとも。左目の下に小さく並ぶ二つのホクロを見ていると、どうしたって自分の中で二人が綺麗に重った。

 違うのに。
 違う、違う…… この子は、“ハデス様”じゃない…… 。

 そう言い聞かせるだけで心が悲鳴をあげているみたいに呼吸が急に苦しくなる。ハデス君を起こさないように、そっとゆっくり息を整えた。痛む胸をギュッと押さえながら私はまた、この子が望む『初めて』とは何だろうか?と改めて考えてみた。
 ハデス君とは、六年間ほぼ毎日一緒に居たと言っても過言ではない。家族である叔母よりも長い時間を一緒に過ごしていた相手となると、“初めて”を探す事の方が難しい。家でやれる様な遊びは割と早い段階で一通り網羅した。外でとなると、公園や水族館、一緒に映画を見たり、日帰りで登山をした事もあっる。他にもプールで泳いだりとか、ショッピングや遊園地にと——ぱっとすぐに思い付く事は既に二人で経験していた。
 あと他にあるとしたら…… 泊まりでのお出掛けか、ドライブや各種スポーツの類もやっていないか。どっちも免許を持っていないから、ドライブやツーリングは現実的ではない。あとは、二人でやれる屋外のスポーツか旅行くらいか。今まではハデス君が未成年だったから無理だったけど、成人だとなれば泊まりでのお出掛けも無理じゃない。

 だけど…… 受験生と?

 そんな疑問が付き纏う。となると、スポーツ?確かに二人でスケートやスキーには行ったことは無いが、今の時期では季節外れだからそもそも無理だ。

 …… うん、全くわからない。

 もうこれは自分だけで考えても答えが出ないパターンだ。的外れな事をしてしまうよりは、いっそ本人に訊いてから用意するべきだろう。
 そうしようと決めたと同時に、ハデス君の瞼がぴくっと動いた。ゆっくりと開いていき、こちらを見上げながら深淵みたいに真っ黒な目を優しく細め、嬉しそうに微笑み「おはよう、十六夜さん」と掠れ声で呟く。その表情には高校生とは思えぬ色があり、不覚にもゾクッと背中がざわついた。
「お、おはよう。よく眠れた?」
 平然を装ってそう訊くと彼は穏やかな笑みに変わり、「いい夢も見られたよ。十六夜さんのおかげだね」と言った。
 クスッと笑い、「私は何もしてないよ?」と返す。

「昨日約束してくれたでしょう?十六夜さんの初めてをくれるって。だから、良い夢が見れたんだと思うな」

 ん?…… ニュアンスが、ちょっと変わっている気がする。
 出逢ったばかりの頃に『敬語を使って話したら罰ゲーム』が『何でも言う事を聞く』に都合よくすり替わった時みたいな、妙なそら寒さを感じた。


       ◇


 結局ハデス君が欲しいと言ってた『私との初めて』が何かわからぬまま、ハデス君の誕生日になってしまった。運が良いのか悪いのか、今週末は叔母さんは仕事で帰れず、今まで通り彼の誕生日は私の家で過ごす事に。
『私との“初めて”を一緒にって希望だったけど、泊まりで旅行とかじゃなくても良かったの?』と数日前に訊いたら、気恥ずかしそうにしながら『とっても魅力的な提案だけど、慣れない場所ではちょっと…… 。だからそれは、また今度ね』とその日は返された。でもまぁ、私達は別に交際している訳でもないし、そうはならなくて良かったと、自分から訊いておきながら今はちょっと安堵している。

「じゃあ、私はこれからお祝い用の料理を作るから、今日はゆっくりしていてね」

 一緒に作った朝食を食べ終え、食器を洗い場に下げながらハデス君にそう告げる。エプロンを着ながら振り返ると、彼は不思議そうに首を傾げていた。
「何で?今までみたいに一緒に作ろうよ。その方が早いし、楽だよね?」
「んー…… でも、今年は本当に何にもプレゼントを用意出来なかったから、せめてゆっくり過ごす時間くらいあげたいなぁ」
「十六夜さんが一人で事前に用意出来る物をねだらなかったのはボクなんだから、気にしなくていいのに」
「まぁ、そうかもだけど、成人する節目でもあるでしょう?大人になると、なかなかゆっくり過ごす時間って持てないし。だから今のうちに、みたいな?」
「んー…… 言い分はわかるけど、ボクは十六夜さんと一緒がいいな」
 甘えるみたいな声でそう言って、ハデス君は私の頭に顎を乗せてきた。…… 初めて会った時は私の胸の高さくらいの子だったのに、大きくなったなぁと感慨深い気持ちになってくる。親戚の子供の成長を見守るのってこんな気分なのかなぁとちょっと思う。
「もう…… 仕方がないなぁ」
「やった!」
 結局私が折れて、彼の誕生日のご馳走は今年も一緒に作る事になった。


 昼になり、午前中いっぱいを使って作ったご馳走をダイニングテーブルに並べる。苺をのせた小さめのホールケーキ、サーモンや薄切りレモンをのせたレタスのサラダ、パエリアや海老のグラタンなどといった料理を前にして、私は満足気に頷いた。初めて彼に振る舞った料理は年配者が好みそうな物ばかりだったが、この六年を掛けて随分と料理のレパートリーがオシャレになった気がする。…… 全部が全部、四歳も年下であるハデス君のおかげだというのは情けない点だけども。それにしても——
「…… 昼からこの量、食べられるかな」
「余ったら夜に食べよう?」
「まぁ、そうだね」

 あぁ、ハデス君は今夜も家に泊まるんだな。
 わかってはいたけども、そろそろ距離を開けた方が良いのだから断らないとだけど…… 今日は彼の誕生日だしなぁとすぐに諦めた。
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