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【第四章】いやらしいのは隣のキミ一人
【第ニ話】予定の変更(十六夜・談)
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提出期日ギリギリになってしまったが、どうにかこうにか課題のレポートを提出し、睡眠不足のせいでしょぼしょぼする瞼を擦りながら大学を出て帰路につく。今の時間を確認しようと思って鞄の中からスマホを取り出すと、メールの着信通知が入っていた。
メール、という事は叔母さんからか。
他の人はもうメッセージアプリ経由での連絡ばかりなので、今でもメールで連絡をしてくるのは叔母くらいなものだ。
連絡内容を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。早速内容を確認してみると、今週も叔母はスケジュールを無理矢理調節してくれたらしく、無事に帰宅出来るそうだ。その事がちょっと嬉しい。
主人公の一人である“星”の祖母が亡くなり、次は叔母との同居が決まってこの街に引っ越して来たばかりの頃。私を引き取ってくれた叔母はずっと海外での仕事に行ったっきりであまり家には帰って来られなかった。丁度その時期がこの物語の“宵川”君との交流期間と丸かぶりだったから、“設定”的にも不在がちであった事は仕方がなかったのだろうと思う。『一年だけ我慢して』と泣きながら言われ、ほぼ一人暮らしの状態から始まった新生活は結局、五年とちょっと続いた。長年ずっと仕事の拠点が海外だった人が急に国内での仕事を中心に受けていこうと思っても伝手があまり無く、なかなか目算通りにはいかなかったらしい。切り替えが思い通りにいかずに大変だったろうに、叔母はそれでもメールでの安否連絡は毎日くれていたし、姪っ子として大事に思ってくれている事は充分にわかっていたので不満は無かった。ハデス君がベッタリだったからそもそも寂しいと思う隙も無かったし。
——そんな日々を思い出て口元を緩めていると、見計らったみたいにメッセージアプリの着信音がポンッと鳴った。ついでだしと思って即確認すると、メッセージの送信者はハデス君だった。
『夕飯は餃子しようかなと思うんだけど、どうかな?』
あぁ…… 遅かった、か。
今日はもう金曜だからハデス君がウチに泊まる気満々である事を、慣れ過ぎているせいで失念していた。『この先は叔母の帰宅頻度が更に上がる』とも伝えないといけなかったのに。
早く返事をしないと。彼の時間を無駄にさせてしまう。
『ごめんね。叔母さんが帰れるそうだからウチの夕飯の心配はしないで、大丈夫。ハデス君は自分の分だけを考えて』
そう返信すると、すぐに既読マークが私の送った文面の下に表示された。
『今週もなの?』と、短い文面と共に泣いているペンギンのスタンプも送られてくる。
『うん。国内での仕事が前よりももっと軌道に乗ってきて、ちゃんと帰宅出来る機会が増えてきたみたいなの』
またすぐに既読が付いたが、今度は返信はこなかった。
叔母の帰宅頻度が上がるとその分ハデス君が家に来れなくなるから拗ねているのかもしれない。彼は別に叔母を避けているわけではないみたいだから、私が叔母と過ごす時間の邪魔をしては悪いという彼なりの気遣い、という可能性もありそうだ。
だって先週がそうだったから。
なのに月曜日の朝になったらいつも通りに彼は家にやって来て、ルーチンワークみたいに二人分の朝食と昼用のお弁当を作っていたからきっと、今回も然程気にせずとも平気だと思う。少なくとも前回は、何事も無かったみたいに笑顔で平日を過ごしていたし。
そんな彼を見ていると、『あぁ、やっぱりこの子は“ハデス様”では無いのだな』という確信を得てしまう。
だって彼が“ハデス様”だったなら、泊まりに来られないとか、会える機会が減るという今の状況を徹底的に変える方向に動くはずだ。そうはならないという事は、そういう事なんだろう。そんな現実を突きつけられるたびに、『ハデス様に捨てられたのだ』と私の心は悲鳴をあげるのだが……
今回も、見ないフリをした。
彼からの返信の無い画面を閉じ、鞄にスマホを戻そうとしたらスマホが震え、今度は電話がきている事を知らせた。
「もしもし」
すぐ電話に出ると、相手は同じ大学の友人だった。
『十六夜?今話して大丈夫?』
「あ、うん。平気だよ。電話だなんて、急ぎなの?何かあった?」
いつもメッセージアプリでの連絡ばかりの子だったので、不思議でならない。
『やー…… 。実は、さ。明日で期限が切れる飲み屋の割引券があるんだわ。んで、今日金曜じゃん?レポート提出もみんな終わってるだろうし、明日休みだし、これからみんなで飲みに行こう!って話になったんだけどコレ、四人以上じゃないと割引券使えないんだよぉ…… 。だけどあと一人足りなくって、さっきからずっと色々当たってはみてるんだけど、もう既に夕方だしさ。今のままじゃ予約も出来ないから十八時の開店と同時に店に入りたいんだけど、これからバイトだったり、急だから無理だとかで断られてばっかなんだよねぇ』
「あーそれで」
なるほど。
だから、普段は飲み会のお誘いを徹底的に全て蹴っている私にまで声を掛けたのか。
納得し、ちょっと考える。普段だったら私もすぐに『ごめんね、行けないわ』と返すところだが、叔母の帰りは飛行機の関係もあり二十一時くらいになるという話だった。それまでに帰れるのなら、人間の青春期間は短いんだから、たまには参加してみても良いかもしれない。
ハデス君の方は断ったから、彼の方は心配いらないし——
「行こう、かな…… 」
『やっぱそうだよねー。ごめんね?突然誘っちゃって…… 。——ん?あれ?えっと、マジで?行けるの?』
今回もどうせ『無理だ』と言われるに違いないと想定していたのか、可笑しな返答をされてしまった。
「二十一時までには家に帰らないといけないから、二次会までは無理だけどね」
『大丈夫!二時間もあれば充分飲み食い出来るし、店は駅近だから、その時間までには余裕で間に合うと思うよ』
「良かった。じゃあ現地集合って感じかな?」
『そうだね、十六夜にはそうしてもらおうかな。電話切ったらすぐ場所の詳細送るわ』
「わかった。じゃあまた後でね」と告げて、通話を終わらせる。
言った通り友人はすぐに目的地の詳細を送ってくれた。その画面を見ていると、自然と笑みがこぼれる。ハデス君に遠慮してずっと大学の校内でくらいしか関わってこなかった友人達との初の飲み会だ。正直ちょっと緊張もするが、友達とのお出掛けが楽しみでならなかった。
メール、という事は叔母さんからか。
他の人はもうメッセージアプリ経由での連絡ばかりなので、今でもメールで連絡をしてくるのは叔母くらいなものだ。
連絡内容を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。早速内容を確認してみると、今週も叔母はスケジュールを無理矢理調節してくれたらしく、無事に帰宅出来るそうだ。その事がちょっと嬉しい。
主人公の一人である“星”の祖母が亡くなり、次は叔母との同居が決まってこの街に引っ越して来たばかりの頃。私を引き取ってくれた叔母はずっと海外での仕事に行ったっきりであまり家には帰って来られなかった。丁度その時期がこの物語の“宵川”君との交流期間と丸かぶりだったから、“設定”的にも不在がちであった事は仕方がなかったのだろうと思う。『一年だけ我慢して』と泣きながら言われ、ほぼ一人暮らしの状態から始まった新生活は結局、五年とちょっと続いた。長年ずっと仕事の拠点が海外だった人が急に国内での仕事を中心に受けていこうと思っても伝手があまり無く、なかなか目算通りにはいかなかったらしい。切り替えが思い通りにいかずに大変だったろうに、叔母はそれでもメールでの安否連絡は毎日くれていたし、姪っ子として大事に思ってくれている事は充分にわかっていたので不満は無かった。ハデス君がベッタリだったからそもそも寂しいと思う隙も無かったし。
——そんな日々を思い出て口元を緩めていると、見計らったみたいにメッセージアプリの着信音がポンッと鳴った。ついでだしと思って即確認すると、メッセージの送信者はハデス君だった。
『夕飯は餃子しようかなと思うんだけど、どうかな?』
あぁ…… 遅かった、か。
今日はもう金曜だからハデス君がウチに泊まる気満々である事を、慣れ過ぎているせいで失念していた。『この先は叔母の帰宅頻度が更に上がる』とも伝えないといけなかったのに。
早く返事をしないと。彼の時間を無駄にさせてしまう。
『ごめんね。叔母さんが帰れるそうだからウチの夕飯の心配はしないで、大丈夫。ハデス君は自分の分だけを考えて』
そう返信すると、すぐに既読マークが私の送った文面の下に表示された。
『今週もなの?』と、短い文面と共に泣いているペンギンのスタンプも送られてくる。
『うん。国内での仕事が前よりももっと軌道に乗ってきて、ちゃんと帰宅出来る機会が増えてきたみたいなの』
またすぐに既読が付いたが、今度は返信はこなかった。
叔母の帰宅頻度が上がるとその分ハデス君が家に来れなくなるから拗ねているのかもしれない。彼は別に叔母を避けているわけではないみたいだから、私が叔母と過ごす時間の邪魔をしては悪いという彼なりの気遣い、という可能性もありそうだ。
だって先週がそうだったから。
なのに月曜日の朝になったらいつも通りに彼は家にやって来て、ルーチンワークみたいに二人分の朝食と昼用のお弁当を作っていたからきっと、今回も然程気にせずとも平気だと思う。少なくとも前回は、何事も無かったみたいに笑顔で平日を過ごしていたし。
そんな彼を見ていると、『あぁ、やっぱりこの子は“ハデス様”では無いのだな』という確信を得てしまう。
だって彼が“ハデス様”だったなら、泊まりに来られないとか、会える機会が減るという今の状況を徹底的に変える方向に動くはずだ。そうはならないという事は、そういう事なんだろう。そんな現実を突きつけられるたびに、『ハデス様に捨てられたのだ』と私の心は悲鳴をあげるのだが……
今回も、見ないフリをした。
彼からの返信の無い画面を閉じ、鞄にスマホを戻そうとしたらスマホが震え、今度は電話がきている事を知らせた。
「もしもし」
すぐ電話に出ると、相手は同じ大学の友人だった。
『十六夜?今話して大丈夫?』
「あ、うん。平気だよ。電話だなんて、急ぎなの?何かあった?」
いつもメッセージアプリでの連絡ばかりの子だったので、不思議でならない。
『やー…… 。実は、さ。明日で期限が切れる飲み屋の割引券があるんだわ。んで、今日金曜じゃん?レポート提出もみんな終わってるだろうし、明日休みだし、これからみんなで飲みに行こう!って話になったんだけどコレ、四人以上じゃないと割引券使えないんだよぉ…… 。だけどあと一人足りなくって、さっきからずっと色々当たってはみてるんだけど、もう既に夕方だしさ。今のままじゃ予約も出来ないから十八時の開店と同時に店に入りたいんだけど、これからバイトだったり、急だから無理だとかで断られてばっかなんだよねぇ』
「あーそれで」
なるほど。
だから、普段は飲み会のお誘いを徹底的に全て蹴っている私にまで声を掛けたのか。
納得し、ちょっと考える。普段だったら私もすぐに『ごめんね、行けないわ』と返すところだが、叔母の帰りは飛行機の関係もあり二十一時くらいになるという話だった。それまでに帰れるのなら、人間の青春期間は短いんだから、たまには参加してみても良いかもしれない。
ハデス君の方は断ったから、彼の方は心配いらないし——
「行こう、かな…… 」
『やっぱそうだよねー。ごめんね?突然誘っちゃって…… 。——ん?あれ?えっと、マジで?行けるの?』
今回もどうせ『無理だ』と言われるに違いないと想定していたのか、可笑しな返答をされてしまった。
「二十一時までには家に帰らないといけないから、二次会までは無理だけどね」
『大丈夫!二時間もあれば充分飲み食い出来るし、店は駅近だから、その時間までには余裕で間に合うと思うよ』
「良かった。じゃあ現地集合って感じかな?」
『そうだね、十六夜にはそうしてもらおうかな。電話切ったらすぐ場所の詳細送るわ』
「わかった。じゃあまた後でね」と告げて、通話を終わらせる。
言った通り友人はすぐに目的地の詳細を送ってくれた。その画面を見ていると、自然と笑みがこぼれる。ハデス君に遠慮してずっと大学の校内でくらいしか関わってこなかった友人達との初の飲み会だ。正直ちょっと緊張もするが、友達とのお出掛けが楽しみでならなかった。
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