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【第三章】いやしは隣のキミ一人
【第六話】お出かけ・前編(十六夜・談)
しおりを挟む『デートみたいだ』
そう言ったハデス君はその言葉通り、近隣で最も大きなモール内を恋人同士(仮)みたいに色々見て回るつもりでいたみたいだ。学校に行く時には着ない様なちょっとオシャレな服装に着替えていたのもそれ故だろう。それらが全て子供のごっこ遊びみたいなものであるとわかっていても、『あのお店を見たい』『新しく入ったお店も入ってみたい』と嬉しそうに話してくれる彼の話を聞きながらの道中は結構楽しかった。
でも、冷静になって考えてみて欲しい。
六時限目まであった高校の授業が終わり、急いで家に戻ってシャワーを浴び、大急ぎで出掛ける用意をする。それから目的地へ向かうと何時くらいになるのかを。バスで一本程度という近い距離だったとはいえ、一緒に出掛けた相手は小学生なのだ。
十七時が門限という壁が私達を阻み、モールに着いた頃にはもう、せいぜい食料品コーナーを見たら帰った方が良さそうな時間になっていた。
『高校生は、保護者扱いじゃないの⁉︎』
『…… 私達が家族じゃないって時点で、私が何歳であっても君の保護者にはなれないなぁ。ごめんね』
半泣きになっている彼を宥めつつ、食料品コーナーで沢山の食材を買い込み、簡単に分類分けして後日到着でも平気な物だけ宅配を頼む。別途お金はかかってしまうけど、息を切らしながら重い荷物を無理矢理全部持って帰るよりは、戻る道中にちょっとでもデート気分を味合わせてあげた方がずっと建設的だと判断したのだ。
送料なんてたかだか数百円程度だし、ね。
小さな彼の可愛い目論見が崩れてガッカリさせたままよりは断然いい。
モールに行くまでの道中。私達が暮らしているマンション近くにある公園の駐車場にキッチンカーが来ていたから、そこで何かご馳走でもしてあげればまた、『デートみたいだね』と喜んでくれるに違いない。
——そんな事を考えながら今晩使う食材の入る袋を持ち上げると、ハデス君が「ボクが持つよ」と提案してくる。それ程重くないしいいかと思って任せると、予想通りの笑顔を向けてくれた。もしかすると彼は、誰かに頼られるのが嬉しい時期なのかもしれない。
「なんだか新婚さんみたいだね」
恋人を超えて、夫婦ごっこに飛躍した。ただ一緒に食料品を買っただけなのに子供の状態だと想像力が凄いなと感心してしまう。
「ホント、そうだね」
この物語の主人公である“星”少女ならどう答えるかはわからないが、ハデス君の笑顔を曇らせる真似はするまいと調子を合わせる。一応これも物語の流れに沿った『心の交流』扱いのはずだと、自分に言い聞かせて。
◇
「そっか。今日、来る日だったのか」
モールからマンションに戻る道中にある公園の駐車場に立ち寄る。そして一角に駐車している一台のキッチンカーに二人で向かった。
米粉で作ったクレープ屋さんらしく、近隣住民っぽい人達がちらほらと集まっていた。テーブルと椅子も三組分置いてあるがお持ち帰りを選択する人が多いのか、それらの席は今はまだほとんど空いたままだ。
「モールに行く時にチラッと見えて気になってたんだ。もしかして、結構な頻度で来ているキッチンカーだったりするの?」と訊き、隣にいるハデス君に視線を向ける。やっぱり今も手は繋いでいて、彼の方から離す気配なんか微塵もない。
「どう…… なんだろう?美味しいって人気ではあるけど」
「ハデス君は、食べた事ある?」
「クラスメイト達が『美味しかった』って言ってるのはよく聞くけど、ボクはまだだなぁ」
「そっか。じゃあ、一緒に食べない?」
「——っ。いいね!そのくらいの時間はまだあるし」
「決まりだね」
頷き合い、笑顔を交わす。早速メニュー表を見ていると彼は、「ボクが奢るよ」と、きりりとした顔で言った。
「いや…… 流石にそれは」
小学生に奢ってもらう高校生の図はちょっとマズイでしょう。
そうは思うのに、「彼氏って、彼女に奢ったりするもんでしょう?」と爽やかに言ってのける。何らかのごっご遊びはまだ継続中の様だ。
「彼氏は彼女に奢るものって考え方はもう古いらしいよ?今は、余力のある方がって感じじゃないかな」
まず前提として私達は交際中ですら無いという点は、彼の遊びに水を差してしまう気がしたので黙っておくことにした。
「ボクはお小遣いをもらったばっかりだし、ちゃんとお年玉も貯金してるから平気だよ」
胸を張ってそう言われては、これ以上断るのも悪い気がしてくる。好意に対してあまりにも強く拒否し過ぎるのも返って失礼に当たるからだ。
「…… じゃあ、次は私が奢ってあげる。それでいいなら、今回は甘えちゃおうかな?」
「いいね!決まりだ」
何にしようか?と相談し合い、各人食べたい物を決めた。追加でバニラアイスをトッピング出来るみたいでちょっといいなぁと思ったが、奢られる立場なので諦める。彼が望んだ事であろうが、年上である身としては、少しでも小学生のお財布への負担を減らしてあげたい。
一番安い価格帯の中からブルーベリー味を選び、「決めた。ハデス君は何にするの?」と訊く。
「んとね、ボクはレアチーズケーキの入ってるやつにしようかな」
「美味しそうだね」
「でしょ。んじゃ、ボクが注文してくるから、十六夜さんは座って待っていてくれる?」
「うん、そうするね」
注文したい品を彼に伝え、モールで買った食材が詰まった荷物を一旦受け取り、空いている席に座る。注文したい品を選んでいる間に席の選択肢は無くなっていて、少し奥まった場所で待つ事になった。キッチンカーの前に並んでいるとこの位置は丁度死角になってしまうが、ちょっと探せばすぐに見付けられるだろう。
空いている席に荷物を置き、その隣に腰掛けて息を吐く。学校で授業を受けるという慣れない行為に加え、人の多い場所に赴いて買い物をして来たせいで思いの外疲れてしまっているみたいだ。
どうもこの体はとことん体力が無いらしい。体力不足は色々面倒な面があるが、今はまだ、この物語の主人公である“星”少女の心の声がさっぱり聞こえてこないのが唯一の救いだ。
ふぅと短く二度目の息を吐き、空を見上げる。四月も末が近いが空気が澄んでいるし雲が多いおかげで随分と涼しい。あと数週間も経てば梅雨の時期に入ってしまうみたいだから、この空を堪能しておかねば。
そんな事を考えながら瞼を閉じると、「ねぇ、ちょっと!」と気の強そうな声が突如聞こえてきた。
「……?(私を呼んでいるのかな)」
声の近さ的に自分を呼んでいるのかもと思い、瞼を開けて声の方に顔を向ける。するとそこには予想通りの印象を持つ女の子が一人と、その取り巻きの様な少女が二人、揃って不快そうな表情をしながら立っていた。
「えっと…… 私に何か?」
まるで私が一人になるタイミングを狙っていたみたいな三人に対し、勤めて普通に接してみる。
「アナタ、宵川君の…… 何なの?」
見下すみたいな角度でこちらに視線を投げかけながら訊かれ、彼女達はハデス君のクラスメイトか何かだろうとすぐに察した。
子供ながらもあの見目だ。彼の事が好きな女子達なのだろう。私が無関係な人間なら『見る目があるね』と褒めてあげたい所だが、“ハデス君”が“ハデス様”である可能性がとても高いので素直に応援は出来ない。今の年恰好が少年であろうが、彼がハデス様なのならば、どうしたって私の番なのだから。
違うと確定するまでは、相手が誰であろうが、ハデス君の隣の居る権利を渡す気にはなれない。
——自分がそう思った事が、かなり意外で驚いた。こんなふうに思える感情が、自分にもあったのか、と。
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