恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第三章】いやしは隣のキミ一人

【第三話】下校も一緒に(十六夜・談)

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 高校での授業が全て終わり、帰宅の途につく。四月の下旬という何とも珍しい時期に転入して来た私は特に話し相手も出来ないまま一人でとぼとぼと下校する事になった。

 まぁ、初日だしな。

 積極的なタイプでもないのでこちらから周囲に声を掛けてみなかったのも、話し相手を作れなかった敗因だろう。青藍色の瞳に銀髪であるという物珍しさも影響しているのかもしれない。自分から見知らぬ異物に声を掛ける猛者はなかなかいないものだ。
 友人を作る為にも部活動に入る事を先生に勧められ、貰った部活紹介一覧の紙を片手に歩いていると、正門前に小さな男の子が一人。ランドセルを背負った姿で立っていた。

「——ハデスさ…… 君?」

 驚きながら駆け寄ると、目が合うなり「…… 今、『様』って言い掛けたでしょ」と指摘されてしまった。
「あー…… 聞こえてたかぁ」
「早速お仕置きだねぇ」
 ニヤリと笑う姿の背後に悪魔っぽい尻尾がゆらりと揺れている幻覚が見える。八重歯がある子なので妙に似合ってしょうがない。だが…… 『敬語を使ったら罰ゲーム』という話だったはずなのに、いつの間にか『お仕置きする』にすり替わったみたいだ。

 でもまぁせいぜい『〇〇を奢る』とか、『宿題を手伝う』くらいだよね。

 子供相手に警戒は必要ないだろうと、苦笑いを返す。
「お手柔らかに、ね?」
「しょうがないなぁ」と言いながらハデス君は当たり前の様に手を繋いできた。子供特有の高体温な手はとても小さくって、つい守ってあげたくなる。『平和そうな世界観なのに、何から?』と訊かれると返答に困るが、母性がくすぐられるのは確かだ。

「ところで、いつから待っていたの?それとも他に用事があったとか?」
 彼のお姉さんであるイオは大学生だから高校には用事がないはずだ。他の用事や別の知り合いを待っていた可能性も考えたが、すぐに手を繋いできた事を考えると、目的は私なんだろうか?…… だとしたら、正直ちょっと嬉しい。

 小説『いやしは隣のキミ一人』の“設定”と“記憶”。
 あとは大雑把なストーリーなら脳内に入っているけど、今みたいな細かなエピソードは何故か全然知らないままだからわからないわ。

「そりゃ、十六夜さんを待ってたに決まってるよ。一昨日引っ越して来たばっかりでしょう?帰る時に迷子になったら困るよなーって思って」

 無垢な瞳を優しく細め、にっこりと笑ってくれる。そんな眩しい笑顔に癒されつつも、“十六夜さん”と呼ばれるとちょっとこそばゆい気持ちに。ショタコンになってしまう人の心理を理解出来そうな気がする程の完璧な笑みを前にして、微妙な笑顔しか返せない自分が憎い。

「じ、実はね…… 私の生まれはこっちなんだ。ちょっと前まで過疎に近い田舎に住んでいたのは確かだけど、小学生の頃まではこの辺で育ったから、迷子になる心配は無いかなぁ」

「え!そうなの?引っ越して来たって言ったら、すごく遠くからなんだってイメージだった…… 」
「まぁそうだよね、気持ちはわかるよ。——あ。でも、新しくできたお店とかは知らないし、目印になりそうな建物が今は無いとかもそれなりにはあるから、こうやって気に掛けてもらえるのはすごく助かるよ」
「そっか、そうだよね。十六夜さんの役に立てて嬉しいな」

 …… 天使、かな?

 彼の笑顔が眩し過ぎて直視出来ない。いつも通りのハデス様も思慮深くて素晴らしいお方だと思っていたが、純真さを煮詰めて作った存在みたいなこのチビハデス君(暫定)はまた違うベクトルに存在する神々しさを感じる。
「ねえねえ」
「んー?」
「手に持ったままのプリント、なぁに?」
 先生から受け取り、肩に掛けた鞄に仕舞わず持ったままになっていた一枚のプリントの存在が気になったのか、ハデス君がそう訊いてきた。
「部活の一覧を先生がくれたの。友人ができるきっかけになるかもしれないから、何か部活動に参加してみたらって言われて」
「え…… 」とこぼし、ハデス君の眉間に皺が寄る。
「部活…… 入るの?」
「えっと…… まだ何も決めてないんだ。これといって今までやってきたスポーツも無いし。だけど文化系は何があるのかはまだ確認する前だったから、どうするかもわかんないなぁ」

「なら、帰宅部にしなよ!」
「帰宅部って部活はないよ」

 私がクスクス笑うと、「知ってるって!そうじゃなくって——」と言って、ハデス君の歩みが止まった。手を繋いでいる影響で、私もその場に立ち止まる。
「どうしたの?」
 小首を傾げると、繋いでいた手を軽く引っ張られた。
「強制参加じゃないんだったら、やらなくてもいいんじゃないかな。部活とか入らなくても色々やれる事他にもあるよ?久しぶりに戻って来たんだったら、知らない場所も沢山あるだろうし、ボクが案内してあげる!」

 これは…… 。ストーリーの強制力が働いているのだろうか?

 随分と必死に引き留められる。思いの外懐かれてもいる感じもするが、気に入ってもらえるような事なんか、まだ何もしていない様な…… 。
 だけど断る理由もないし、ここで意地でも部活に入る事を選択すると今後のストーリーにどんな影響を及ぼすのかわからない。流れに任せていると不幸になる類の物語でも無いのだから、今はとにかく彼を悲しませない事を選ぼう。

「そうなの?ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」

「本当に?やった!」
 よっぽど嬉しかったのかハデス君が私に抱きついてきた。これが他の人間だったなら『わざとかな?』と思えるくらい綺麗に彼の顔がぽふんっと見事胸の谷間に埋まってしまう。だが彼の場合は明らかに私達の身長差のせいだ。
「んぐっ!」
 胸はとても豊かな方なせいですっぽり挟まっている。慌ててすぐに離れるかと思ったのだが、ハデス君はこの状況にかなり驚いているのか、固まったまま動かない。
「…… えっと、大丈夫?」
 気遣いながら声を掛けると、「…… う、うん。ごめんなさい」と呟き、ハデス君が少しだけ上に視線をやって謝ってきた。顔が真っ赤で茹蛸みたいだ。
「…… 」
「…… (えっと…… )」
 だけど谷間に埋まったまま離れる気配が無く、これ以上なんと声を掛けるべきかわからない。通行人の人達がチラチラみてくる視線が気になり、『小学生を胸で釣って襲う痴女と勘違いされたらどうしようか』と段々不安になってきた。

「十六夜さん…… いい匂いがする」

 何となくうっとりとした瞳をしていて、匂いと胸の感触を楽しんでいそうな雰囲気だ。通行人がチラ見していない状況なら両サイドに手まで添えていたかもしれないが、まさか…… ね?

 いやいや。ハデス君はまだ小さな子供だし、母に甘えたい気持ちの延長だろう。

「柔軟剤の匂いじゃないかな」
「違うと思うなぁ」と言いながら、やっとハデス君が私の胸から顔を離した。再び私の手を掴み、「帰ろうか」と彼が家に向かって歩き出す。
 ずっと一歩先を歩いている彼の耳が終始真っ赤だったのはきっと、私の気のせいなんかじゃないと思う。
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