恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第三章】いやしは隣のキミ一人

【第二話】登校時間(十六夜・談)

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 時計の音で眠りから引き戻され、目覚ましがわりに顔を洗って鏡を見る。タオルで丁寧に顔を拭いていると、日本人らしからぬ青藍色の瞳が目に付いた。銀色をした腰までの長髪も元の姿のままだし、顔立ちだって本来の私の姿と瓜二つだ。寝衣を脱ぎ捨ててセーラーカラーのある制服に着替える時にチェックしたボディラインも多分同じだと思う。“設定”の中には主人公達の描写もちゃんとあったのに、何故私は“私”のまま、ハデス様の方も本来の姿の影響を多大に受けた容姿なのだろうか?『もしかして見付けやすい様に、とか?』と一瞬思ったが、昨日のハデス様の様子を思い出し、すぐに違うと否定する。

 ……ハデス様は、私が“十六夜”であると気が付いている様子じゃなかった。

 名前だって同じなのに、こんな名前はそうそう転がっていないだろうに、それでも駄目だった。気が付いているけど黙っているとか、そういった類の雰囲気でも無かったのはどうしてだろうか。
 その事がどうしても気掛かりで昨夜はあまり眠れていない。ただでさえこのマンションの一室は一人で暮らすには広過ぎるのに、意外な心配要素が追加されてしまったせいで余計に睡魔が遠のいてしまったのだ。

 居間とダイニング、基本的な水回りの他に三部屋もある家族向けの部屋の中。ぽつんと一人で朝食を取り、スマホで叔母さんに『おはようございます。今日もお仕事頑張って下さい。私は今から学校に行って来ます。放課後また連絡しますね』と安否確認の連絡を入れた。
「…… 食器は、帰ったら洗おう」
 台所に食器を下げて教科書を雑多に入れた鞄にスマホを追加してから玄関に向かう。
「行って来ます」という私の呟きには誰からの返事もない。一人に慣れていない私の心に『寂しいな』という言葉が浮かんでは消える。いや、『…… 消した』と言うべきかもしれない。

 ——ほんの少し前まで“星十六夜”は田舎で祖母と二人暮らしをしていた。両親は幼いうちに他界していて、一人暮らしをしていた祖母が引き取ってくれたのだ。そんな祖母も高齢の為に他界し、次はフリーカメラマンとして世界中を飛び回っている叔母が私の保護者になってくれた。どうせ日本には帰って来てもすぐに仕事でいなくなるからと、ずっとまともな生活をしていなかった叔母は心機一転し私と暮らす為にとこの部屋を借りてくれた。『使ってなかったから金ならあるよ!』と張り切って家族層向けの広いマンションを借りてくれたはいいが、叔母は仕事でまたすぐ海外に。

『一年後くらいからは国内での仕事を中心に受けていけると思うから。ごめんねぇ』

 優しい叔母が半泣きになりながら平謝りし、飛行機で旅立ったのは引っ越した当日の夜の事。母の妹だというだけで年末年始くらいしか会った事にない姪っ子の私を引き取ってくれただけでもありがたいのだ。『寂しい』なんて感じてもいけないんだって念仏みたいに唱えながら短い廊下を歩き、玄関で靴を履いて部屋の鍵をかけた。
 ほぼ同時に、すぐ隣で同じ様にガチャッと施錠する音がした事に気が付いた。
「あ、おはようございます」
「…… おは——」
 大きなゴミ袋を片手に持って、紺色のランドセルを背負っているハデス様がそこに。あまりの可愛さに絶句していると、「今日は燃えるゴミの日だけど、捨てる物はないんですか?」と声変わり前の愛らしいボイスで訊かれた。
「あ…… 」

 ——ある!

 引っ越しの時に沢山出た燃えるゴミの袋が部屋の隅に何個も転がっている。きちんと整理整頓してから荷造りしたはずなのに、それでも何故かわき出るゴミの山。さっさと処分しないと本格的に生活がスタートしたらゴミはもっと溜まる一方だ。
「教えてくれてありがとうございます」
 素直に礼を言い、鍵を開けて部屋に戻る。バタバタと小走りしながら室内を進み、台所の近くに置いてあったゴミ袋を三個程無造作に掴んで玄関に戻ると、何故かハデス様の姿がまだそこに。

「手伝いますよ、女性にその量は大変でしょう」

 いえいえ、現時点でちゃんと持てていますが…… とは思うも、頬を染めて差し出される手を拒否なんか出来るはずがない。視線は横に外れてはいるものの気遣いがとても嬉しい。
「じゃあ、お願いします」と言って一個だけ渡す。そして互いに二個ずつゴミ袋を持って、エレベーターのある方向へ歩き始めた。
「ありがとうございます。ハデス様に教えてもらわなかったら、気付かないまま登校していました」
「あのー。様付けは、ちょっと」
 不満気に口を尖らせる仕草まで可愛い。ハデス様の子供時代なんか見る機会など無いと思っていただけに、胸への攻撃力が半端無い。完敗だ。
「すみません…… つい」
「敬語もやめてくれていいですよ?年下相手に敬語とは変でしょう」
 確かに小学生相手にずっと敬語はオカシイかもしれない。ストーリー通りなら私達は今後、唯一無二の間柄になっていくのだから、普通に会話した方が自然か。

 …… ハデス様である可能性が高い相手に、か。

 出来るかな、と不安はあれども「そうだね、頑張ってみるよ」と返しておく。
「あ、でもたまに敬語が出ても許して欲しいな。慣れないと難しくって」
 そもそも私は砕けた話し方をした経験の方が圧倒的に少ない。“星”としての“記憶”と“設定”が無ければ『無理です、出来ません』と即答していたところだ。

「んじゃ、敬語使っちゃったら罰ゲームとかする?」

 ハデス様は慣れたものなのか、砕けた口調でニッと悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべている。純真無垢な天使が小悪魔に変身した瞬間を前にしたような気分だ。
「絶対に負けるなぁ…… それは」
 相手は小学生だ。でもだからこそ、とんでもない罰を言い始めそうでちょっと怖い。
「使わなければ平気だって。ね?」
 上目遣いで見上げてくるとか…… 今回のハデス様(暫定)は策士の様だ。

「しょ、しょうがないなぁ」
「約束だよー」

 そんなやりとりをしているうちに乗り込んだエレベーターは一階に到着し、そのまま仲良くゴミ捨て場に向かう。きっと彼は誰かと待ち合わせていて友人と一緒に学校に向かうのだろうと思っていたのだが、ハデス様はずっとニコニコと楽しそうにしながら私に話し掛けてくれ、隣を歩いたままだ。

 …… いい、のかな。

 チラチラとこちらを見てくる女子小学生達の視線が痛い。どう見ても姉弟では無い事が一目瞭然なもの問題だ。
 優良物件は何歳であろうが目を付けられ、彼女達はもう既に立派なハンターさんなのですね。そう思う私の内心を察する事なく「人多いから、手を繋いであげるよ。はぐれたら遅刻しちゃうからね」と言って手を掴んでくる。ハデス様と私は結局ほぼ一緒に学校へと向かい、それぞれの学校へ登校したのだった。
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