恋も知らぬ番に愛を注ぐ

月咲やまな

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【第二章】乙女の誘惑

【第ニ話】断罪と世界の真相(十六夜・談)

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 ファンタジー小説か何かの世界かと思っていたのだが、どうやら此処は『貴族だって恋がしたい!~運命の貴方と出逢うために~』という無様なタイトルを掲げた乙女ゲームの世界だった様だ。

 “私”の前世は日本に住んでいた社会人で、このゲームは妹が遊んでいた。いっそ笑える程に突き抜けて人気が伸びない作品だったらしく、『早期サービス終了回避の為にも布教するのだ!』と言って“私”にも必死に勧めてきていた。『興味が無い』と言っても聞かず、それでもどうにかして興味を引こうと連日散々設定やストーリーを説明されたので無駄に色々覚えている。
 仕事で疲れて帰って来ても家では妹が布教で煩く、それでも小さな幸せを求めて細々と生きてきたのに、通勤途中で車に轢かれて死んだ。…… はず、だったのに気が付いたらこの世界で目が覚めた——

 というのが、今回の“私”の真相らしい。

 そうかそうかと納得しながら軽く頷き、再び弟の背後を陣取っている女性に視線を戻す。すると彼女もこちらを見ていたらしく、見事に互いの視線がぶつかった。妙に熱っぽい、何とも気味の悪い視線だ。
 
 あぁ…… そうだ。彼女の名前は、確か“フレサ・デ・イリューシュア”。子爵家の令嬢であり、光魔法の使い手だ。優れた人材育成の為にと建国と同時期に創設された学園の学徒であり、ルークス、エレオスの二人とは同級生だったはず。

 そして、この世界の主人公でもある。

 フレサはその生まれ持った魔力量の多さを鑑定士に認められ、学園への入学を許可された。その中身は“転生者”であり、此処がゲームの世界である事を知っている唯一の人物という設定だ。
 前世で嗜んでいたゲームとそっくりな世界に生まれ変わったヒロイン。この先何もせずにぼんやりと過ごせばこの世界にどんな惨事が起こるのかを全て知っていて、そうなってしまわないように努力しつつ、恋愛対象者達との恋を育んでいくという流れの作品である。
 学問、技術科目共に成績はそこそこ優秀らしいが、どうも人間関係は上手くいってはおらず、女性陣はほぼほぼ彼女と敵対していると風の噂で聞いている。これは非常によろしくない流れだ。嫌な予感しかしない。

 豪奢な椅子に座ったままひっそり一人で歯噛みしていると、ルークスの声が次々と聞こえてくる。
 その内容はどれも聞くに堪えない馬鹿馬鹿しい話ばかりだ。やれ『エレオスがフレサの事を、徒党を組んで虐めた』だの、やれ『王子を取られたと嫉妬して、意地の悪い言葉ばかりを述べている』だなどと、この場で言う必要を感じぬ程に程度の低い内容のせいで辟易してくる。『学園内では皆が公平・平等である』という理念を免罪符としてルークスはフレサを擁護しているが、それに騙される馬鹿は“私”の弟以外にこの場には居るのだろうか?と思うと、溜息がこぼれそうになった。

 そう言えば、彼女には他にもこんな話が。
 どうもフレサには少々常識の欠けた部分があるらしく、婚約者がいる相手であろうが異性と過剰に仲が良いそうだ。二人きりで食事をしたり、買い物に出掛けたり、果てはお忍びデートまで。その相手は王子であるルークスを筆頭に、宰相候補、騎士団長、学園の次期理事長や大商団の息子達という名だたる面子ばかり。そしてそんな彼らを取っ替え引っ替えするもんだから余計にタチが悪い。

 もちろん、全員が全員ゲームの攻略対象者だ。

 各人には既に昔から婚約者がいるので、婚約相手との仲の良し悪しの差はあれども、別の女性が気軽に接して良い訳が無い。そうなると当然周囲から反感を買い、トラブルが起きる。だがルークスの話を聞いている限りではどれもこれも、『貴族令嬢としての良識ある指摘』の範囲を出ぬものばかりだ。エレオスと徒党を組んでいたと名前を挙げられた令嬢達は全て攻略対象者彼らと婚約関係にある者のみなので、状況の改善を求めての行為だったのだろう。
 婚約者達は皆が皆、良識ありと評判の令嬢だ。例え彼女らに裏の顔があったとしても、今回列挙された内容は到底筋の通らない稚拙さだから事実とは異なりそうだ。そのせいか、呆れて閉口する者が増えているのに、興奮気味なルークスは気が付いていない。

 彼女達が本気を出せばもっと上手い手がいくらでもあるのだから、全て濡れ衣か、話を盛っているな。

 この会場内にはそう考えている者が多そうな雰囲気だ。
 徐々に増える冷ややかな視線に囲まれながらも、断罪対象となっているエレオスは公爵家の娘に相応しい風貌で、じっと我が愚弟の話に耳を傾けている。羽根を綺麗にあしらった扇で口元を隠し、彼らの結婚式の日取りなどを通達する予定だったこのパーティーに相応しい装いは相当重かろうに、少しも微動だにしていない。銀色のドレスに緑色を基調とした装飾品の数々は婚約者のルークスを意識したものだろうに、そんな気遣いを汲み取れていない弟の情けない姿に涙が出そうだ。

「——以上の理由により、私は公爵令嬢との婚約を破棄し、子爵令嬢であるフレサ・デ・イリューシュアと婚約を結ぶ事を宣言する!」

 ザワッと周囲が動揺に揺れたが、それ以外の反応が起こらない。ルークス的には、悪行から子爵令嬢を守る為に公爵令嬢を断罪した事で万雷の拍手をされるとでも想像していたのか、少し困惑気味の様子だ。背に隠れるフレサも同様で、二人の更に後ろを陣取っていた他の攻略対象者達も同じ反応だった。

 おいおい、揃いも揃って馬鹿の集まりか?

 呆れを通り越し、怒りを感じる。
 攻略対象者である彼らが“私”の側近ではなくて良かったと心底思うレベルだ。『…… このゲームが売れないは当然だ』と、“私”の中に同居している前世の人格が頭の中でぼやいている。攻略対象キャラが馬鹿ばかりで魅力が無い。何故に妹がこのゲームにハマったのかと不思議に思ったが、全員が飛び抜けて多種多様なタイプの美形である為、『あぁ、愚妹アイツは顔で堕ちたんだな』と納得した。
 もしかすると今は第三者の視点で彼らを見ているからそう感じるのであって、当事者になれば、馬鹿ばかりだとは気が付かない巧みなシナリオだったのかもしれない。もしくは、ヒロインが強引に色々事を進めたせいで発生した矛盾を、シナリオの強制力で無理に補った弊害である可能性もあり得そうだ。

 さて。
 こうなったらもう、この場は“私”が治めるしかないだろう。

 隣の席に座っている父王が、その立派な白髭の奥で口元をニヤニヤとさせながらこの騒動を演劇の様に楽しむばかりで自ら動く気配が微塵も無いのは、“私”がどう収拾をつけるかを見るつもりなのだろうからな。
 だが、そうだとしても問題は無い。“私”もヒロインと同じく、ゲーム世界への転生者だ。どうするべきか既に知っているのだから、そう動くべき…… なのだろう。——が、『ソレは絶対に嫌だ!』と全力で叫びたい強い衝動が胸の中で騒ぎ出す。

 だってこのルートは『ハーレムエンド』への流れだからだ。

 随所にある特殊なフラグを全て回収し、全員との好感度を一定値以上まで高めると、早い段階でこの断罪シーンに突入する。他のルートでは登場しない、隠しキャラである“私”がこの席に座っていれば、『ハーレムエンド』突入の合図だ。
 そしてこの後はルークスに辱められたと嘆いた公爵令嬢が魔力を暴走させて魔物と化してしまう。そこで颯爽と“私”がヒロインであるフレサを助け、攻略者全員と共に一丸となって、ラスボスとなったエレオスを倒す為に奮闘するという流れなのだが…… 。

『は?絶対に御免だね』と、すんっと冷めた顔で、前世の人格が脳内で呟く。

 そもそも前世の“私”は、乙女ゲーのテンプレ的性格をしたヒロインの性格も容姿も好きじゃなかった。妹から聞いていた時点で応援していたのは悪役令嬢のレッテルを貼られていたエレオスの方だった——みたいだ。

 そんな“設定”が、十六夜である本来の私の選択に強い影響力を与えてくる。よっぽど嫌なのだろう、このハーレムエンドのルートが。『どっかで勝手に恋愛ごっこを楽しんでくれているのならどうでもいいが、オレを巻き込むな!』と、脳内で前世の“私”が熱心に叫ぶ。

 …… わかりましたよ、そうしましょうか。

 一つの体に三人分の人格があるみたいな、変な感覚が少し気持ち悪い。
 だがここで逃げる訳にもいかず、“私”は重い腰を上げる。そしてこの場に、次期国王としての威厳ある凛とした姿を周囲に見せ付けた。

「大切な宴の最中だと言うのに…… とんだ茶番だな!」

 金糸で刺繍を施した純白のマントを翻し、右腕を前にすっと出しながら少し大きめの声を上げたつもり…… だったのだが、この体のせいで怒号に近い声量となってしまった。
 終戦の英雄であり王位継承権を持つ・アウローラ・フォン・リュミエラは、私が思っている以上の声量の持ち主だった様だ。
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