オセロな関係

江上蒼羽

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《18》

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「―――本日はありがとうございました」


今後の予定を簡単に打ち合わせ、親跡酒造社長親子との面会を終えた。


「次回の打ち合わせについては、また後日改めて連絡致しますので、よろしくお願いします」


会社の門前で親跡親子を見送ると、夏川さんが大きく深呼吸をした。

その隣で主任が伸びをしている。


「最初はどうなるかと思ったけど、何とか話が纏まって良かった」

「本当本当。社長さん、滅茶苦茶怖かったですもん」


夏川さんが同意を求めるように「ねっ、朝比奈さん」と振ってくる。


「心臓が縮み上がるかと思った……」

「朝比奈さん、急に話振られてびっくりしたんじゃないですか?」

「びっくりしたよー……というか、冷や汗ダラダラ…」


夏川さんと感想を述べ合いながら、ふと気付く。

親跡さんに先日送って貰ったお礼をちゃんと言えていない事に。

言うタイミングが掴めなかったなんて言い訳だよな……と思いながら、胸のモヤモヤをもて余していると主任が言う。


「今回の件は二人に任せるから、しっかり頼むよ」


元気良く「はい!」と返事する夏川さんの隣で私は目を丸くする。


「え………私も……ですか?」


いつの間にか担当にされている事に戸惑っていると、主任が「何言ってるの」と呆れ顔を披露する。


「さっきあれだけの啖呵を切ったんだから実行してみせて」


正直、嫌じゃない。

面白そうな企画だし、それに携われる事は嬉しい。

けれど、私で大丈夫だろうか?という不安は少なからずある。

と、夏川さんが私の手を取り、力強く握った。


「朝比奈さん、一緒に頑張りましょう!」


その勢いに若干飲まれながらも


「う、うん…」


愛想笑いで頷いた。





一人打ち合わせしていた部屋へと戻った。

時計を見ると4時半を回っている。

夕暮れ時の為、窓からオレンジ色の光が差し込んでいる。

それに目を細めながら親跡親子の飲み残しと手付かずのお菓子を下げようとテーブルにトレーを置いた時、置き忘れのスマホを見付けた。


「………誰のだろう?」


カバーのついていない飾り気のない黒いスマホは、自分が手帳型ケースに入れて使用しているそれと比べると小さく感じる。

サイズ感が狂うな……と思いながら繁々と眺めていると、部屋のドアが開いた。


「それ僕のです」

「あ……」


慌てて引き返して来たのだろう。

軽く息を切らした親跡さんが部屋に入って来た。


「申し訳ありません、すぐに気付けば良かったんですが…」


眉を下げながら近付いてくる親跡さん。

精一杯彼を意識しないよう意識しながら、彼の忘れ物を差し出す。


「いえ、大事な物ですよね。気が付いて良かったです」

「ありがとうございます」


親跡さんは私の手からスマホを受け取るとホッとしたように笑った。


「あ……私の指紋付いちゃいましたね……すみません」


ケースに入っていない為、スマホに私の指紋がベタベタ付いてしまった。


「大丈夫です。気にしないで下さい」


親跡さんはスマホをそっと胸ポケットに仕舞ってから眉を下げながら言う。


「先程は父が大変失礼しました。昔から人を試したり追い込んだりするのが好きな人で………悪い癖なんです」


咄嗟に「いえ」と首を振る。


「とても気が引き締まりました。良いものを作ろうと更にやる気が出ましたし……逆に私の方が馬鹿みたいに熱く語っちゃって生意気に思われたかもしれません」


大見栄切ってしまっただけに後から込み上げてくる恥ずかしさ。

言った言葉は取り消せない。


「そんな事は……僕も同じ思いです。朝比奈さん達と組めばきっと良いものが出来ますよ」


ほんのり夕日色に染まった柔らかい微笑みを向けられ、気恥ずかしさを感じながらも「そういえば…」と切り出す。


「ん?」

「先日の送って頂いたお礼をちゃんと言えてなくて………あの、ありがとうございました」


礼を言いながら頭を下げると親跡さんは照れたようにはにかむ。


「礼を言われる程では………あの後二日酔いは大丈夫でしたか?」


これにはついつい苦笑いで目を泳がせてしてしまう。


「あ、はは……次の日二日酔いで一日動けませんでした」

「ははっ、そうですか。お酒は程々に……って、下戸の奴に言われたくないか」


この言葉に顔を見合わせて同時に吹き出した。


「気を付けます」

「良い心掛けだと思います」


親跡さんの落ち着いた声のトーンが心地好い。

心がふわふわするようだ。

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