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side:妙香―15
しおりを挟む仕事に行ったとしても、必ず会う訳じゃないのに念入りに身なりを整えてしまっている。
いい歳して、何をやってんだか……と、自分でも呆れてしまうくらい、彼に会うのを楽しみにしている。
ドキドキと胸をときめかせるのは、何年ぶりだろう。
ただ手を繋いだだけなのに、こんなおばさんから意識される対象になってしまうなんて、浅倉さんは可哀想な人だ。
好きとは違う。
でも、格好良い芸能人にときめくのとまたちょっと違う、微妙な感情。
この感情に名前をつけるとしたら何だろう?
「お疲れ様です。今日で現場終わりました。これ本日の作業内容です。で、こっちのデジカメに現場撮ったの入ってます」
「あ………お疲れ様です。ありがとうございます」
担当現場が早く終わったのか、珍しく事務所に浅倉さんが現れた。
作業内容の書かれた書類と作業状況を撮影する用のカメラを手渡される。
その際に軽く手が触れた。
「あ……」
ほんの少し触れただけなのに、声を出して大袈裟にビクついちゃったりして……
けれども、意識しているのは私だけ。
浅倉さんはいつも通り愛想のない表情のまま。
この間のは一体何だったのだろう……
私一人であわあわして、浅倉さんは何事もなかったかのように、至って普通の素っ気ない態度。
単なるからかいだったのだろうか?
それとも、彼とのやり取りは全部、夢だったとか……
欲求不満な上に酔っ払っていたから、自分に都合の良い夢を見ていたのかもしれない。
浅倉さんの微笑みも、手を繋いだのも、全部私の願望の詰まった妄想だった………という事だったら、私はなんて可哀想な女なのだろう。
妄想の割にはリアルな感触だったな………なんて思いながら、彼と手を重ね合わせた右手をぼんやり眺める。
温かくて力強い、ゴツゴツした手を思い出しては、繋いだ感触を反芻するかのように懐かしむ。
夫とはもう何年も手なんか繋いでいない。
だからこそ尊い体験だったと思える。
馬鹿みたいだ………と、自分を嘲る。
でも妄想だったとしても、ほんの一時でも満たされた気持ちになれたのだから良しとしよう。
「水川さん」
呼ばれて顔を上げると、浅倉さんと視線が絡んだ。
子犬のように潤んだ目は、母性本能というものを擽る。
「……何でしょうか?」
動揺を隠すようにすまし顔で答えると、彼は少しだけ迷うような素振りを見せてから言う。
「…………やっぱ何でもないです」
どっと力が抜けた。
「あ、ははっ………何ですか、それ」
「…………すみません」
何か言いたげな顔しての“何でもない”は、胸をもやつかせるだけ。
気になるけれど、追及した所で話してくれそうもないだろうし、軽く受け流すに留めておいた。
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