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side:透也―11
しおりを挟むかったるい会社の飲み会を途中で抜けて、さっさと帰ろうと思っていた所、見事な千鳥足を披露しているおばさんが先を歩いているのを見付けた。
覚束ない足取りが見ていられない。
「…………危なかったっすね」
堪らず駆け寄り支えた彼女の体は、見た目の通り重量感があった。
「足元気を付けとかないと。今の顔からいってましたよ」
「あ……りがとうございます」
普段なら見て見ぬ振りをする場面なだけあり、自分で自分の行動に驚いた。
不意に優しい香りが鼻腔を擽る。
それに何となく懐かしさを覚えた。
結婚前に嫁さんにプレゼントした香水と同じ香り。
今じゃめっきり付けなくなって、どこにあるのかも分からない。
どういう訳か、彼女に送ると申し出てしまった。
懐かしい香りを嗅いだ事によって、気まぐれを起こしたのだろう。
助手席に乗せた彼女は、意識が割りとはっきりしているものの、結構酔っているのか、とても饒舌だった。
「もうね、私の事一切女として見てくれないんですよ、彼は。私に触りもしないし、興味もない」
旦那について、明るい口調で切なくなる台詞を吐いた彼女。
それを聞いて、彼女に自分に近しいものを感じ取った。
彼女の発言を軽く流すべきか、ここは同情しておくべきか、それとも……
少し悩んだ後に、意を決して打ち明ける。
「俺も嫁さんから男として見て貰えてないんすよ」
プライドを守る為に友人には相談出来なかった。
親や職場の同僚になんて絶対話せない。
ずっと誰にも言えずに一人抱えていた悩みを、初めて人に話した。
それも大して親しくもない間柄の人間に。
不思議な感じだった。
胸に支えていた鉛がフワリと浮くような、そんな感じ。
「………すみません、変な話して」
「いえ……」
車内を漂う妙な空気に助手席の彼女は居心地悪そうに身を小さくしている。
そんな彼女に思い切って言う。
「変な話ついでに、ちょっとお願いがあるんすけど…」
「お願い……ですか?」
交通量の少ない道路に差し掛かったのを機に、左手を助手席に向かって差し出した。
「……少しだけで良いんで、手………握って貰えませんか?」
「………え………えぇ…?」
視線をフロントガラスに向けていた為、表情は分からない。
でも、戸惑いに揺れた声で彼女の困惑が汲み取れた。
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