花の終わりはいつですか?

江上蒼羽

文字の大きさ
上 下
23 / 37

side:妙香―13

しおりを挟む



浅倉さんの運転は少し乱暴で荒っぽい。

私じゃなくて家族を乗せていたら、安全運転なのかもしれないけれど。


「………吐きそうになったら言って下さいね。路肩に停めるんで」

「ありがとうございます。今のところ大丈夫です」


もう少し穏やかな運転をしてくれたら、100%大丈夫と答えられる。


「………こんな時くらい、旦那さんに頼っても良いんじゃないですか?」


ハンドルを操作しながら浅倉さんが言う。


「そもそも奥さんが野郎ばっかりの中で飲んでるの、心配じゃないんですかね」


思わず声を出して笑ってしまった。


「心配?しないしない。あの人がそんなのする訳ない」

「………そんなもんですかね」

「私の事なんかどうでもいいんと思っているんじゃないかな。もうね、私の事一切女として見てくれないんですよ、彼は。私に触りもしないし、興味もない」


うっかり口を滑らせて余計な事を言ってしまい、会話がプツンと途切れる。



嫌な沈黙が続いた後、浅倉さんが言いにくそうに「……ウチと一緒っすね」と切り出す。


「俺も嫁さんから男として見て貰えてないんすよ」

「え……」


ここでまた重い沈黙が車内を包む。

心地好い酔いが一気に冷めた。

ウインカーの音がやけに大きく感じる。

どう反応して良いのか分からず困っていると、それを察したらしい浅倉さんが笑いを交えて言う。


「嫁さんに触ると怒られちゃうんすよねぇ」


無愛想な浅倉さんが笑っている光景は、何だか新鮮だ。

きっと、無理して笑っているのだろう。


「子供が出来てから冷たくなったんすよ」

「お子さん、まだ小さいんですよね?だから余裕がないだけですよ、きっと」


後部座席のチャイルドシートを見やりながら言うと、浅倉さんは「はは……」と力なく笑った。


「……だとしても、他所に女を作っていいなんて普通言いませんよ」


浅倉さんはわざとらしく明るく言ってから、寂しげに呟く。


「はぁ?って思いましたね」


ショッキングな発言に気の利いた返しが出来ないでいる私に構わず、彼は続ける。


「………子供さえ出来れば、俺はもう用済みなんすよ。男として見てくれないというか………男でいちゃ駄目らしいっすわ」


夫の立場、妻の立場……と、立場が違えど、自分とほとんど同じ状況の浅倉さんに共感せずにはいられない。

夫に妻として、母親としての役割を求められはしても、女としては必要とされない。

それ所か、見向きもされない。

ただ、虚しいばかりだ。


「お気持ち……分かるような気がします」


そっと呟いた言葉に、浅倉さんは微かに息を漏らした。


「お互いに、寂しい人生っすね…」


私は静かに頷いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...