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side:妙香―11
しおりを挟む乾杯だけで帰るつもりが、何だかんだと年配者達に酒とツマミを勧められ、ずるずると。
あまり遅くなると、夫からまた嫌味を言われる。
それを恐れて席を立った。
「申し訳ありません、私はこれで…」
「えっ、妙香ちゃん、もう帰るのか?」
「はい、あまり遅くなるといけないので…」
常務や社長、従業員達に何度も頭を下げて、一足先に店を出た。
沢山酒を飲んだのは久し振りだった為、足元が微妙にふらつく。
周りで煙草を吸われていた為、服や髪に煙草の匂いが付いてしまっている。
そして、ほんの少し油臭かったりする。
こんな状態の私を見て、夫は何を言うだろうか。
そこそこ楽しい飲みだった為に、帰り道は逆に気が重い。
と、不意に段差に躓き、体が前のめった。
「あっ……」
転ぶ…………そう思って、この後起こり得る衝撃に備えて目を固く瞑った。
しかし、やってくる筈の衝撃と痛みは来なかった。
「あ………れ?」
代わりに二の腕に鈍い痛みがあるのみ。
「…………危なかったっすね」
低い声に振り向けば、そこには仏頂面をした浅倉さんの姿があった。
「足元気を付けとかないと。今の顔からいってましたよ」
「あ……りがとうございます」
辿々しく礼を言うと、浅倉さんは私の二の腕を掴んでいた手を離した。
「帰り歩きなんすか?」
愛想のない顔で愛想なく聞いてくる浅倉さん。
「いえ、途中でタクシー呼ぼうかと。少しでも歩いて金額抑えようかと思って」
言ってから自分の発言を悔やんだ。
自らケチな奴だと公言しているみたいで恥ずかしい。
一人羞恥に耐える私とは違い、浅倉さんは無愛想な表情のまま。
「………なら、俺が送って行きましょうか?」
予測していなかった言葉を浴びて、つい「えっ…?」と聞き返す。
「この先のパーキングに車停めてるんですよ。良かったら乗ってって下さい。そしたらタダっすよ」
日頃倹約に勤しむ主婦として、タダという単語に胸を踊らせた。
「え、いや………悪いですよ、そんな」
一応は遠慮をしておく。
でも、内心はラッキー!とか思ってしまっている辺り、図々しいおばさん臭プンプンだ。
「その前に……浅倉さんはお酒、飲まなかったんですか?」
浅倉さんは小さく「はい」と頷く。
「大して親しくもない人間と飲んでも気持ち良く酔えないじゃないですか。車通勤だから飲んだら帰れないし。手の掛かる赤んぼ抱えてる嫁さんに送迎頼むのも悪いんで」
ボソボソと早口で素っ気ない口調ではあったけれど、彼が奥さんを大切にしているらしい事は何となく伝わってきた。
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