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side:妙香―5
しおりを挟む上手くいかないもんだなぁ………と落ち込みながら、ダメ元で建設業の事務員の求人に応募してみた。
「水川 妙香さん、ね……ふぅん、31歳…」
面接を担当する、派手な見た目のマダムを前に、だらしない猫背がビシッと伸びる。
「結婚してからずっと主婦してたのねぇ……」
口振りからして、もう結果が見えた。
「確かに働くのは久し振りですが、仕事の覚えは良い方です」
「……そう」
ありきたりの自己PRをしてみたものの、採用される気がしない。
今回も駄目か……と、半ば諦めた時だった。
「いつから働けるのかしら?」
思いがけない問い掛けを浴び「……え?」と、拍子抜けた。
「明日から来れる?無理なら来週からでも良いけれど」
「え………あの、採用して頂けるのですか?」
間の抜けた質問にマダムは「えぇ」と頷く。
「で?どうなの?」
意外な展開に驚きながらも、まさかの採用に喜びが込み上げて来る。
「明日から出勤出来ます」
「そう、良かったわ」
念願の採用に、頬が勝手に綻ぶ。
「あの、こちらから一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「子供の事なのですが……」
一番の気掛かりな点を切り出してみると、マダムは私にニッコリと微笑みかけてきた。
「子供が小さいと大変よねぇ。心配しないで。もしもの時は遠慮せずに休んで頂戴」
「あ、ありがとうございます」
嬉しい言葉を頂戴し、マダムが女神に見えた。
「仕事自体は簡単だから、直ぐに覚えてしまうわよ。分からない事があれば何でも聞いて」
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
マダムは私の履歴書をそっと折り畳む。
今回は返却されずに済み、ホッと胸を撫で下ろした。
「従業員数15人の小さな会社だけれど、とてもアットホームな雰囲気なの」
アットホームな雰囲気と聞いて、きっと働き易い環境なのだろう……と、想像する。
「ウチの従業員、皆良い子達なのよ」
「そうなんですか」
働くのが楽しみになった。
「それじゃ、明日からよろしくね」
「はい、よろしくお願いします。本日はありがとうございました」
見送りに出てくれたマダムに頭を下げて帰路につこうとすると、一台のトラックが会社の敷地内に入ってきた。
「あら……」と、マダムが声を挙げる。
トラックは私とマダムの前を通り過ぎて事務所の隣にある資材置き場の前で停まった。
降りてきたのは、紺色の作業服を着た男性。
「お疲れ様です」
マダムに軽く頭を下げた彼はそのまま、こちらに向かってくる。
「あら浅倉くん、荷物の積み込み?」
「………はい、セメントが足りなくなったので」
浅倉と呼ばれた男性は、A4サイズ位の大きさの封筒をマダムに差し出す。
「それと……これを現場監督から常務にと預かりました」
「あらそう、後で確認するわ」
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