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人気のない非常階段前に連れて来られて、そのまま壁に縫い付けられる。

ご丁寧に脚の間に自らの膝まで捩じ込んで、私が簡単に逃げられないようにしてから彼は極上の笑みを浮かべた。


「凪ちゃんに元気貰わないと1日持たない」

「1日持たないって……あと2時間で定時だけど…」

「その、あと2時間がきっついの」


情けない台詞を言った後、彼が優しく唇を重ねてきた。

柔らかくて温かい感触に全身の力が抜けそうになる。

ゆっくり余韻を残しながら離れた彼が口角を緩く引き上げた。


「凪ちゃん、チョコ食べた?」

「…………分かる?」

「うん、微かに匂いがする。お茶するなら誘ってよ」


ごめん、と謝る間もなく、再び唇が重ねられる。

頭では人が来たらどうしようとか考えるけど、振りほどく気には全然ならない。


「凪ちゃん、何かあった?」

「………どうして?」

「元気ないから」


悲しげに言う帯刀さんは、私が落ち込んでいる事などお見通しらしい。

そんな彼に甘えるようにしがみつく。


「………面接、また落ちた」


泣きこそしないけど、弱りきったような声を出してしまった私の頭を優しく撫でる帯刀さん。


「俺が面接官なら、即採用すんのになぁ」

「……自信あったのに………悔しい」

「よしよし……凪ちゃんは可愛いよ」

「………それ関係ないし、励ましにもなってない」


帯刀さんのずれた発言のお陰で少しだけ元気が出た。


「頑張ってる凪ちゃんには悪いけど……俺、凪ちゃんが別の会社行っちゃうのやだなぁ。会社の中で会えなくなるの寂しいし…」


佐伯さんと同じような事を言い出す帯刀さんが可愛い。


「表向きは応援してるけど………本当は複雑…」

「帯刀さん……」

「仕事の息抜きに凪ちゃんを視姦するのが密かな楽しみなのに…」


前言撤回、可愛くない。


「………この変態」


私に罵られたにも拘わらず、帯刀さんはニコニコ笑顔。


「………私、いつもそういう目で見られてたんだ…」

「そ、凪ちゃんに関してはド変態だよん」

「得意気に言う事じゃないから」


恥ずかしい事を恥ずかしげもなく言わないで欲しい。


「変態ついでにもっかいチュー…」

「や、もうそろそろ行かないと…」

「良いじゃん、もうちょっとだけ」

「でも、誰か来たら―――…」


変態との必死の攻防戦を繰り広げていると……


「おい、そこ!業務時間中だぞ!何をやっているんだ!」


聞こえてきた凄みのある声に心臓が縮み上がった。

ほら見た事か……と、帯刀さんを睨むと、彼はばつが悪そうに苦い笑みを作る。

密着していた体が離れた途端、声の主と目が合った。


「な、凪っ?!!」

「お父さん?!」


声の主は、私の良く知る人物であり、今一番この場に居て欲しくない人。

父の隣には秘書らしき男性がいて、彼も目を丸くさせている。

血の気が一気に引いていくのを感じた。

帯刀さんは苦笑いしながら小さく「やっば…」と呟いた。

父は一瞬にして顔面蒼白。

かと思えば、見る見る内に顔が真っ赤になる。




「な……ななっ、な、何だ、その男はーーーっ!!!」



耳を塞ぎたくなる程の、かなりの騒音。



後から聞いた話、フロア中に響き渡る父の怒鳴り声に驚いて、業務に支障をきたす人が続出したらしい。

オフィスラブをしてる人達に迷惑してる、本人達が良くても周りが………なんて、よく言えたものだ。

結局私も同じ事をしちゃってる。

オフィスラブを迷惑がっておきながら、誰よりも周囲に甚大な迷惑を掛けてしまっているのは、この私なんだろうな………と、鼻息荒く突進してくる父に怯えながら思った。






***終わり***
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