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青柳さんがギョッとしたように目を見開いた。


「今日はちゃんと親にアリバイ工作しますんで」

「ど、どうしたの?急に………」


青柳さんの喉がゴクッと鳴ったのが分かった。


「もうどうでもいいです。何も考えたくない………頭の中ごちゃごちゃで苦しいんです。だから…」


大きく息を吸い込んで吐いた。


「だから、何も考えないでいいように………帯刀さんの事を考えないように、キツく抱いて貰えませんか?」


自暴自棄になって言ってしまったのは、普段の私なら絶対言わない大胆な台詞。

頭の中の帯刀さんの存在を掻き消したくて、私を利用しようとしていた青柳さんを逆に利用してやろうと思った。


「………本気でそれを望んでるの?」


遠慮がちに頷くと、青柳さんが大きな溜め息を吐いた。


「その望みは叶えられないよ。ヤケクソになってる女を抱きたいと思えない」


呆れたように言った彼だけど、下腹部の不自然な膨らみが説得力をなくしている。


「…………そんなにしといて言う台詞ですか?」


私の視線の先に気付いた青柳さんはバツが悪そうに言う。


「そこは触れないでおいてよ……」


苦笑しながら誤魔化すように前屈みになる姿は、普段の格好良い彼らしくなくて新鮮さを感じた。


「今更いい人振らないでいいですよ。格好つけなくてもいいです」

「そっちこそ、無理しなくていいよ」

「無理なんてしてないです……青柳さんこそ、やせ我慢しないで下さい。私の体で楽しみたいんでしょ?」

「やせ我慢なんて……」

「さっき言ってましたよね?存分に楽しめば良いじゃないですか」


挑発して青柳さんを煽ると、彼はゆっくりと息を吐いた。

その様が自分の中の欲を抑え付けているかのように思えた。


「そんなふしだらな事を言ってたら、君のお父さんが泣くよ?」

「………父は、今関係ないです」

「自分の価値を下げるような言動は慎んだ方がいい」

「この期に及んで格好つけたがるんですね……」


私の皮肉を受け、青柳さんが何故か声を出して笑う。

それから


「最後くらいは格好つけさせてよ」


困ったように眉を下げて言った。


自分の中の考えなしの衝動が落ち着きを取り戻していく感じがした。


「あんまりしつこくして本当に嫌われたら悲しいし、そろそろ引くよ」

「え………」

「引き際が肝心だからね」


青柳さんが私の頬をそっと撫でる。


「確かに君に近付いたのは興味本位ではあったし、副社長の恩恵を受けられたら……との目論みはあったけど、初めて君を見掛けた時に可愛らしいなと思ったのは本当だよ」

「…………嘘だ…」

「今更何を言っても信じてくれないだろうから皆までは言わないよ」


照れ臭そうに笑う彼の言葉に嘘はないと信じたい。


「最後にあんな激しいキスが出来て良かったよ。不覚にもかなり興奮しちゃって恥ずかしいけど」


自分から仕掛けたくせに、思い出した途端に恥ずかしくてのたうち回りなくなった。


「や、あれは………忘れて下さい…」

「それは無理なお願いだね。忘れられない」


名残惜しむかの如く、青柳さんは恍惚とした表情で自らの唇をなぞった。


「暫くはフリーでいるつもりだから、一度冷静になって、それでもどうしても抱いて欲しいって言うならいつでもおいで。歓迎するよ」

「………今日抱かなかった事後悔しますよ?」


大していい女でもない癖に、こんな台詞をよく言えたなって、他人事のように思う。


「そりゃあするだろうね。でも俺に抱かれたら、それはそれで羽鳥さんが後悔するでしょ?」


気付けば呼び方が羽鳥さんに戻ってた。


「さて………漸くこっちも落ち着いたみたいだし、そろそろ行くよ」


膨らみがなくなったを確認した青柳さんが私に背を向けた。


「じゃあ、羽鳥さん………さようなら。残りの業務も頑張って」


彼は背を向けたままだったから、どんな表情で言ったのかは分からない。

でも何となく、微笑んでいたんじゃないかと思う。

鈍い音を立てて閉じた扉に向かって呟く。


「………格好つけ過ぎ…」


本当に格好良い人だったけど。
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