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【34】
しおりを挟む青柳さんの言葉に違和感を覚えた。
それは佐伯さんも同じようで、彼女の口元から笑みが消えた。
「へぇ………やっぱ何かしらの目的があって凪ちゃんに近付いたわけね」
「…………」
「あらら、黙り………うっかり口が滑っちゃった感じ?」
「いや、別に……」
「優秀な青柳さんらしくないミスだねぇ~」
帯刀さんは面白がっているけど、私としてはちっとも笑えない。
青柳さんが「ふぅ……」と、一つ溜め息を吐いた。
そして、観念したかのように口を開く。
「初めはね、興味本位だったんだよ。噂の真相を確かめたくてね」
「あぁ、副社長の娘がうんたらかんたら……って噂でしょ?」
「そう。多分彼女がそうなんだろうって予測はしていたけど、確証はなくて」
驚いたように目を見開いて佐伯さんが私を見た。
それを私は苦笑いで誤魔化す。
「もし噂が本当ならラッキー。副社長という強力な後ろ楯が手に入る。デマだったとしても、それなりに楽しめるだろ?彼女、結構良い体してそうだからね」
「うわ~、悪い男だねぇ~」
「一時バレそうになって肝を冷やしたけど、世間知らずなお嬢さんはちょっと甘い言葉を囁けば簡単に靡く。扱い易いったらないよ」
信じられないような言葉を吐く青柳さん。
私の前で穏やかに笑っていた彼と本当に同一人物なんだろうか?
「酷い男だねぇ。心底軽蔑するよ」
「それはどうも」
「褒めてないけどね」
ここで佐伯さんが憐れんだような目を私に向けるもんだから、居心地悪く目を背けた。
「俺、お二人の仲を邪魔してるつもりはないんだけどなぁ~」
「十分に邪魔してるよ。彼女に心変わりされたら困る」
「するわけないでしょ。凪ちゃんは青柳さんにメロメロなんだから。それに総合的に見れば青柳さんのが優れてるって一目瞭然じゃん」
「女心と秋の空って言うだろ?油断は出来ない」
聞くに耐えない内容だ。
なのに、その場を離れる事が出来ないのは、もっと深い部分に触れた話が聞けるんじゃないかって思いがあったから。
「それ程興味がなかったオモチャでも、遊んでいる内にだんだん愛着が湧いてくるもんだよ。今は彼女が可愛くて仕方がなくてね」
「ふぅん……」
「君だって俺と同じだろ?何か目的があって彼女に近付いた………違う?」
「うーん………アンタと一緒にされたくないね。俺はただ単に凪ちゃんに癒しを求めてるだけ」
「そこに恋愛感情は?」
この質問に対して、耳に全神経が集中した。
「ないんじゃない?」
あっけらかんと言った帯刀さんに、大きな衝撃を受けている自分がいた。
「疑問系、か……そこははっきり否定してくれないと」
「あっはは、否定したい所だけど、凪ちゃんが可愛くて仕方がないってのはアンタに同意するよ」
その後、帯刀さんは「でもね」と続ける。
「有り得ない話だけどさ、万が一凪ちゃんが俺の事を好きになってくれたとしても……それはそれで困るわけよ」
目の前が真っ暗になった。
「それ以前に、俺なんか凪ちゃんに好きになって貰う資格すらないけどね」
笑いながら言った帯刀さん。
好きになられても困る………つまりは私に恋愛感情を持たれても迷惑だって事で…
「………っ、」
しゃがんでいるのに立ち眩みみたいな感覚に陥って、体を支えられずに扉に向かって倒れ込む。
その衝撃で扉が揺れ、ガタンと大きな音が立った。
「えっ、何?」
「誰かそこに居るのか?!」
二人分の足音がこちらに向かって来るのが聞こえた。
ヤバいと思って慌てて体を起こそうとしたけど、力が入らない。
「凪ちゃん?!」
「凪………!どうしてここに?!まさか…」
扉が開いたと同時に、二人は私を見下ろして狼狽の声を挙げた。
盗み聞きがバレた瞬間だった。
目の前がクラクラする。
だからといっていつまでも倒れ込んだままじゃいられなくて、力の入らない腕を駆使してゆっくり体を起こす。
「凪ちゃん……大丈夫?」
「大丈夫です。ありがとうございます…」
佐伯さんに支えられる形で何とか立ち上がったけど、膝がガクガク笑っている。
「…凪、いつからここに……?」
青柳さんが青ざめている。
珍しく動揺しているらしい。
「凪ちゃん……」
帯刀さんもいつもの笑顔が嘘のように表情を固くしている。
「すみません、盗み聞きしちゃって………お二人がどんな会話をするのか興味あって……つい…」
辺りを漂う言い様のない気まずい空気に耐えられず、その場を取り繕うように笑ってみせる。
「凪……」
私の肩に触れようとした青柳さんの手を条件反射的に弾いた。
「だ、大丈夫です。全然、ノーダメージです。大丈夫………うん、大丈夫………あはは…」
全然大丈夫じゃないのに強がる姿は、我ながら痛々しい。
「すみません、本当にすみませ……」
繰り返し謝りながら帯刀さんの方を見ると、否応なしに視線が絡む。
「すみませ………ん…」
きっと彼には催涙効果があるんだろう。
彼を見ると催涙作用が働いて涙が勝手に出てくるようになっているんだと思う。
「仕事に戻りますね…」
ボロボロと自分の意思に反して溢れ出る涙を持て余した私は、壁を伝うような形でその場を後にした。
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