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売名後の売名?⑦
しおりを挟む芹沢さんも、結局は忍足さんと同類なんだ。
自分の名が売れれば、人が傷付こうが何しようが平気な人なんだ。
「……結局、強力なコネや大きな話題がなければこの世界での居場所はないじゃん?」
芹沢さんの問い掛けに、黙って頷く。
「チャンスがあるなら是が非でも掴みたい………それが、他人を踏み台にするような残酷な行為であっても」
「…………」
私の中の芹沢さんに対する好感度が、一気に下降する。
私の気持ちを理解して慰めてくれると思いきや、いきなり仲間の擁護を始め出した彼に、失望すら感じる。
所詮、彼は詐欺師のお友達。
端から期待する人物ではなかったのだろう。
「切羽詰まった状況なら、汚れ役でも何でも喜んで受けるだろうね。対価の大きさがデカければデカい程目が眩んで、判断も、他人の痛みにも鈍くなるだろうし」
芹沢さんは、追加で届いたビールに軽く口を付けてから「そんでさ……」と、暗く沈む私に笑い掛ける。
「俺も、おっしーみたいに激しい後悔と自己嫌悪に浸る日々を送るんだろうよ」
芹沢さんの口から飛び出た後悔だとか、自己嫌悪だとかいう単語に、心が微かだけど震えた。
「………忍足さんが後悔と自己嫌悪って……そんな訳ないじゃないですか」
あの詐欺師が、私を騙して後悔してるとか………ちゃんちゃら可笑しい。
「あのドッキリのお陰で有名になれたんだから、今頃は大量に入った仕事を前に高笑いしてる筈です」
素っ気なく吐き出すと、芹沢さんが眉を下げる。
「森ちゃん………騙された側が傷付いてるのと同じでさ、騙した側も心を痛めてんだよ?」
「騙した側もって………そんなの、有り得ません」
騙した側も辛いとか笑える。
辛いのは、心を弄ばれ、落とし穴に落とされ、みんなに馬鹿にされるという滑稽な姿を全国ネットで晒された私の方だ。
誰が何と言っても、圧倒的に。
「………おっしー、ドッキリの仕事を軽い気持ちで引き受けた事、もの凄く後悔してる。森ちゃんの心に深い傷をつけてしまった自分をずっと責めてる……」
胸がチクッと痛んだような気がしたけれど、きっとそんなの気の所為だろう。
「………演技ですよ。落ち込んでる振りしてるんですよ、彼は」
「森ちゃん…」
「彼は役者なんだから、どんな演技もお手の物だろうし?」
刺々しく言い放ち、ビールをグビッと煽る。
「…………苦っ…」
苦味が爽快な飲み物が、漢方薬みたいな味に感じてきた。
会話の内容が味覚に多大な影響を与える事もあるらしい。
顔を歪める私に、芹沢さんが困ったように笑いながら言う。
「……森ちゃん、おっしーは役者である前に一人の人間だよ。よっぽどの悪人でない限り、人を騙して平気でいられる筈ないって」
「…………」
「初めは何とも思ってなくても、徐々に罪悪感で苦しくなってきて……かといって、誰にもバラしちゃいけない…………ずっと孤独に悩んでたみたいだよ」
芹沢さんの口から忍足さんの現状を聞き、そういえば………と、思い出す。
以前、彼が何かを言い掛けて止めた事があった。
その時の彼は顔色も悪く、酷くやつれた印象で。
仕事が忙しくて満足に食事を摂取出来ないのか、役作りなのだろうと思っていたのだけれど…
あれは、もしかしたら……
考え込む私に、芹沢さんが「あのさ、森ちゃん…」と、切り出してくる。
「おっしーの事、許す許さないは先ず置いといてさ……顔を突き合わせて話す機会を与えてやってくんないかな?」
「…………」
「腹割って話したい事があるみたいよ?」
第三者に近い目線で語る芹沢さんの言葉は、忍足さん本人や川瀬さんから言われるのとは何かが違う。
二人に言われても頑なに拒むだけだったのに、素直に聞き入れてもいいかな……と思わせる不思議な力がある。
「………そうですね…」
腹を割って話したい事とやらの内容に、少なからず興味がある。
「そんなに苦しんでるなら、一度くらい苦悩に満ちた顔を拝んでみるのも悪くないかもしれないです」
私を苦しめた人間の苦しんでる姿を見れば、多少気が晴れるかもしれない。
心の中に築いた強固なシールドが、ほんの数㎜薄くなったのを感じた。
「絶対に許すつもりはないけど、話くらいは聞いてやってもいいかな……」
途端に、芹沢さんの表情が明るくなる。
「よっしゃ!そうこなくっちゃな!森ちゃん、もっと飲んで」
満面の笑みでアルコールを勧めてくる芹沢さんと、彼の期待に応えるようにビールを流す私だったけれど……
この後、忍足さんとの面会どころじゃなくなる、まさかの事態が起こってしまう。
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