売名恋愛

江上蒼羽

文字の大きさ
上 下
86 / 137

売名後の売名?⑦

しおりを挟む


芹沢さんも、結局は忍足さんと同類なんだ。

自分の名が売れれば、人が傷付こうが何しようが平気な人なんだ。


「……結局、強力なコネや大きな話題がなければこの世界での居場所はないじゃん?」


芹沢さんの問い掛けに、黙って頷く。


「チャンスがあるなら是が非でも掴みたい………それが、他人を踏み台にするような残酷な行為であっても」

「…………」


私の中の芹沢さんに対する好感度が、一気に下降する。

私の気持ちを理解して慰めてくれると思いきや、いきなり仲間の擁護を始め出した彼に、失望すら感じる。

所詮、彼は詐欺師のお友達。

端から期待する人物ではなかったのだろう。


「切羽詰まった状況なら、汚れ役でも何でも喜んで受けるだろうね。対価の大きさがデカければデカい程目が眩んで、判断も、他人の痛みにも鈍くなるだろうし」


芹沢さんは、追加で届いたビールに軽く口を付けてから「そんでさ……」と、暗く沈む私に笑い掛ける。


「俺も、おっしーみたいに激しい後悔と自己嫌悪に浸る日々を送るんだろうよ」


芹沢さんの口から飛び出た後悔だとか、自己嫌悪だとかいう単語に、心が微かだけど震えた。


「………忍足さんが後悔と自己嫌悪って……そんな訳ないじゃないですか」


あの詐欺師が、私を騙して後悔してるとか………ちゃんちゃら可笑しい。


「あのドッキリのお陰で有名になれたんだから、今頃は大量に入った仕事を前に高笑いしてる筈です」


素っ気なく吐き出すと、芹沢さんが眉を下げる。


「森ちゃん………騙された側が傷付いてるのと同じでさ、騙した側も心を痛めてんだよ?」

「騙した側もって………そんなの、有り得ません」


騙した側も辛いとか笑える。

辛いのは、心を弄ばれ、落とし穴に落とされ、みんなに馬鹿にされるという滑稽な姿を全国ネットで晒された私の方だ。

誰が何と言っても、圧倒的に。


「………おっしー、ドッキリの仕事を軽い気持ちで引き受けた事、もの凄く後悔してる。森ちゃんの心に深い傷をつけてしまった自分をずっと責めてる……」


胸がチクッと痛んだような気がしたけれど、きっとそんなの気の所為だろう。


「………演技ですよ。落ち込んでる振りしてるんですよ、彼は」

「森ちゃん…」

「彼は役者なんだから、どんな演技もお手の物だろうし?」


刺々しく言い放ち、ビールをグビッと煽る。


「…………苦っ…」


苦味が爽快な飲み物が、漢方薬みたいな味に感じてきた。

会話の内容が味覚に多大な影響を与える事もあるらしい。

顔を歪める私に、芹沢さんが困ったように笑いながら言う。


「……森ちゃん、おっしーは役者である前に一人の人間だよ。よっぽどの悪人でない限り、人を騙して平気でいられる筈ないって」

「…………」

「初めは何とも思ってなくても、徐々に罪悪感で苦しくなってきて……かといって、誰にもバラしちゃいけない…………ずっと孤独に悩んでたみたいだよ」


芹沢さんの口から忍足さんの現状を聞き、そういえば………と、思い出す。

以前、彼が何かを言い掛けて止めた事があった。

その時の彼は顔色も悪く、酷くやつれた印象で。

仕事が忙しくて満足に食事を摂取出来ないのか、役作りなのだろうと思っていたのだけれど…

あれは、もしかしたら……


考え込む私に、芹沢さんが「あのさ、森ちゃん…」と、切り出してくる。


「おっしーの事、許す許さないは先ず置いといてさ……顔を突き合わせて話す機会を与えてやってくんないかな?」

「…………」

「腹割って話したい事があるみたいよ?」


第三者に近い目線で語る芹沢さんの言葉は、忍足さん本人や川瀬さんから言われるのとは何かが違う。

二人に言われても頑なに拒むだけだったのに、素直に聞き入れてもいいかな……と思わせる不思議な力がある。


「………そうですね…」


腹を割って話したい事とやらの内容に、少なからず興味がある。


「そんなに苦しんでるなら、一度くらい苦悩に満ちた顔を拝んでみるのも悪くないかもしれないです」


私を苦しめた人間の苦しんでる姿を見れば、多少気が晴れるかもしれない。

心の中に築いた強固なシールドが、ほんの数㎜薄くなったのを感じた。


「絶対に許すつもりはないけど、話くらいは聞いてやってもいいかな……」


途端に、芹沢さんの表情が明るくなる。


「よっしゃ!そうこなくっちゃな!森ちゃん、もっと飲んで」


満面の笑みでアルコールを勧めてくる芹沢さんと、彼の期待に応えるようにビールを流す私だったけれど……


この後、忍足さんとの面会どころじゃなくなる、まさかの事態が起こってしまう。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...