その声は媚薬.2

江上蒼羽

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その声は媚薬side:瑞希

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竜生と同棲を始めて早3ヶ月。

住み慣れた地を離れる事に多少の不安はあったものの、竜生のサポートで土地勘を身に付け、無事に職にも就けた。

考えに考えを重ねてもやりたい事が見付からなかったので、結局近場のカフェでバイトをしている。

仕方なしに決めた仕事ではあるけれど、遣り甲斐は感じているから、結果オーライなのかもしれない。

竜生との生活は楽しいばかりではなく、価値観の違いから何度かちょっとした衝突もあった。

お互いの価値観をすり合わせをしていく中で、久世竜生という人間を改めて知る事が出来たし、彼の方も伊原瑞希という面倒臭い女の扱いに慣れて来ただろうと思われる。



朝から晩まで生で彼の美声を浴びるように堪能し、潤いに満ちた日々を送っていたのだけれど、ある日自分の体調に異変を感じた。

熱っぽく、体が怠い。

吐き気とは少し違うが、胸の辺りに不快感がある。

疲れが溜まっているのかと思い、家事もそこそこに横になっているとカレンダーが目についた。


「あれ…………そういえば……」


確か今月頭に生理が来る予定だった筈。

割りと不規則ではあるけれど、週単位で遅れる事は滅多にない。





その1時間後、私は近場の病院に訪れていた。

待合室の片隅でオルゴール調の優しい音楽を聞きながら、ぼんやり考えていた。

竜生と一緒に暮らすようになって、そういった行為は当然していたけれど、彼は真面目だからその辺りはちゃんとしてくれていた。

けれどお互いの昂りのまま求め合った結果、ついおざなりに……という事も何度かあった。

あぁ、あの時か……いやいや、もしかしたらあの日かも……等と考えていると診察室への呼び出しがかかった。




「まだうんと小さいけど、これが赤ちゃん。こっちが頭ね」


エコーという白黒の映像の中には、暗い空間の中に小さな白い塊があった。

どうやらそれが赤ちゃんらしい。


「心臓の音も確認してみようね」


年配の女性医師が機械を操作するとドコドコドコ……とリズミカルな音が室内に鳴り響いた。


「元気いっぱいね」


気付いたら目から涙が溢れていた。
 
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