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未来の為に⑨
しおりを挟む和やかな雰囲気からピリついた空気に変わったような気がした。
「………お見合いの話が出てるの?」
低くて温度の感じられないような冷たい声。
竜生のこんな声は珍しい。
彼はきっと怒っているのだろうけれど、不謹慎な事に私の胸はキュンと高鳴った。
お怒りボイスも堪らない。
密かに悶えている私に竜生は「瑞希?」と反応を仰ぐ。
それにハッとして緩んだ顔を引き締めた。
「親が勝手に言ってるだけ。受けるつもりないよ。そもそも結婚したいと思わないし」
というか、私みたいな女が結婚出来るとは思えない。
甲斐甲斐しく奥様やってる自分が全く想像つかないし、それ以前に基本的な家事すら出来ない私が結婚なんて無理だろう。
竜生は小さく「そうなの……?」と呟き、そのまま俯いて黙り込んだ。
「私、家庭的な女とは正反対だから」
「…………」
「………竜生?どうかした?」
何だか彼の様子がおかしい。
そっと竜生の顔を覗き込むと、彼は何かを考え込むような難しい表情をしている。
居心地の悪い間を遣り過ごすように渋いお茶を飲みながら彼からのアクションを待つ。
口寂しさから器に盛られたお菓子に手を伸ばして包装を剥いた。
もっちりとした食感の餅生地にかぶり付く。
中から粒々した餡が出てきて上品な甘さが口いっぱいに拡がった。
咀嚼しながら、つぶ餡よりこし餡の舌触りの方が好きだなぁ………なんてぼんやり思っていると、竜生が「瑞希!!」と勢い良く顔を上げた。
彼の頬はほんのり赤らんでいて、表情は強張っている。
「竜生も食べる?美味しいよ」
お菓子に向かって伸ばした手を竜生が掴む。
「え……何?」
よく分からない彼の行動に戸惑っている私に、彼が言う。
「い、一緒に暮らさない?俺と」
「うん?」
突然の申し出に驚いて、私の手を掴む竜生の手のひらの熱さにも驚く。
「前から考えてた。もっと瑞希と一緒にいる時間が欲しいって」
竜生の顔は真っ赤に染まっていながらも表情は真剣で、真っ直ぐに私を捉えた眼差しからは、おふざけ一切なしの本気が伝わってくる。
「瑞希の地元を馬鹿にするつもりないけど、俺の地元の方が色んな仕事あるし、やりたい事も見付け易いと思う」
「まぁ………確かに」
同じ県内ではあるけれど、竜生の地元は発展していて、私の地元は田舎の部類だ。
人口を始め、企業数やその規模、店舗の数に交通機関から全てにおいてかなりの差がある。
竜生の地元の方が娯楽も多いし、暮らし易そうだなとは思っていた。
だけど、彼の申し出が突然過ぎて頭が追い付かない。
「親御さんが口煩いなら自立と称して家を出るのもありじゃないかなって思うんだ」
「でも、それだと竜生の負担になるんじゃ……」
ないかな……と言い切る前に竜生が「ならないよ!」と力強く言った。
「負担になるって考えなくていいよ。俺が瑞希を支えたいし、一緒に居たい」
茹でダコみたいに真っ赤な竜生の手は酷く汗ばんでいて、彼の緊張が犇々と伝わってくる。
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