その声は媚薬.2

江上蒼羽

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未来の為に⑧

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部屋に戻って冷えた体を温める為にお茶を淹れる。

本館から離れ、其々の客室が独立している為か、辺りはとても静かだ。

時々風で揺れる木の葉の音が聞こえる程度。

ゆったりとした落ち着いた空間は、時間の流れがゆっくりに感じる。

客室にはテレビがあるし、今時らしくWi-Fiも備わっているけれど、雰囲気を台無しにするようで今は使っていない。

ただ緩やかに流れる時を二人だけで過ごしている。


「さっきは何を言おうとしてたの?」


急須から香り高い緑茶を注ぎながら聞いてみた。

竜生は大きく身動ぎ、下を向く。

彼の様子からして言いにくい事なのだろうとは勘づいているけれど、それが良い事なのか悪い事なのかまでは見当がつかない。


「あの、さ……」


背中を丸めてモジモジしているアラサー男子を物珍しげに観察していると、彼は思い切ったように顔を上げた。


「み、瑞希は今後の事どう考えてる?」


彼の問いの意図が掴めず「今後?」と聞き返す。


「仕事の事……とか?」


何故か疑問系。


「んー……まぁ、仕事は早く見つけたいと思ってるけど、自分が何をやりたいのか分かんないのが正直な所かな」

「正社員で探すの?」

「そうだね、やっぱり安定性を考えれば正規社員が理想かな。親にも言われてるし」


自分で煎れた渋くて苦味のあるお茶を一口啜る。


「30近くになって未だに親に口出しされるなんてね。実家に寄生してる以上は仕方がないけど、やっぱりウザいね」


溜め息混じりに呟き、また湯のみに口を付けた。

私の人生は私のもの。

どう生きたって良いじゃないか。

いくら親でも、あれこれ指図する権利なんかないだろうに………と思いながらも、衣食住を保障されている身なもんで、結局は反抗せず「ハイハイ」と聞き流すに徹している。


「今日も家を出る時に、無職のくせに泊まりで遊びに行くのかって嫌味言われて………耳が痛い」


耳たぶを引っ張りながら自虐的に言って笑ってみせるも、竜生の表情は固い。

ここは一緒に笑って流して欲しい所だったのに。


「ま、いい歳した娘がいつまでもテキトーに生きてるのが目に余って仕方ないんだろうけど。正社員になれとか、見合いしろとか……ほっといて欲しい」


何気なく言ってしまってから、“見合い”というワードは余計だった事に気付く。

竜生が眉間に皺を寄せながら「見合い?」と聞き返してきた。

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