その声は媚薬.2

江上蒼羽

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怠さが残った朝に…①side:竜生

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カーテンの隙間から差し込む陽の光と鳥の囀りで目が覚めた。

昨晩までの関節の痛みが嘘のように消えたものの、怠さはまだ少し残っている。

手探りで枕元に放り投げてある体温計を探して脇に差し、計測している間に携帯で現在時刻を確認する。

今は朝の5時20分。


ボーッとしている内に体温計の電子音が鳴った。

38℃以上あった熱が36℃台になっている。


「………あー……」


すっかり下がった熱に安堵しながら布団の中で大きく伸びをすると、喉の引っ掛かりが消えている事に気付く。


「…………声、治った…?」


正確にはまだ完全じゃない。

けど昨日までの聞くに耐えないガラガラ声からかなりマシになっている。

自分の中で唯一自信が持てる大事な声が回復の兆しを見せている事にホッと胸を撫で下ろすと共に、自身の体が異臭を放っている事にも気が付いた。


「なんか………くさっ……」


思い起こせば、2日前から風呂に入ってなかったような気がする。

その上熱でかいた汗の匂いも混ざり、最悪の匂いがしている。


「取り敢えずシャワー……」


まだ少しだけ重い体を起こしてベッドから降りようとした時、ゴトッと鈍い音がした。


「え………」


何やら重たげな音に心音が早くなる。

恐る恐る確認すると、ベッドの脇に髪の長い人間らしき物体が転がっていた。


「し、死体っ?!!」


血の気が一気に引いていくのを感じた。

心音が更に加速する。

頭の中は真っ白で、冷や汗が滲む。

どうしよう、どうしたら……とパニクっていると、死体らしき物体がゴロンと転がる。

向きが変わった途端に正体が判明。

グチャグチャに絡まった長い髪の隙間から覗いた顔に見覚えがあった。


「………え、瑞希?」


恐怖に腰が抜けていた所の更なる脱力で、その場にだらしなく倒れ込む。

何故この部屋に彼女がいるのか、しかも冷たいフローリングで寝ているのか、いつからいるのか………皆目見当がつかない。

寝起きの頭で必死に記憶を辿るも、何一つ覚えていない。

従姉妹が様子を見に顔を出してくれたっぽいのは断片的に覚えているけど、後はさっぱりだ。


「…………」


取り敢えず状況確認は瑞希が起きてからするとして、先にシャワーを浴びる事にする。

寝ている瑞希を起こさないようそっとベッドから降り、彼女に毛布を掛けてから着替えを持ってバスルームへと向かった。






「…………何だ?これ…」


洗面台の鏡と対峙し、自分の頬に白い筋のような物があるのを見付けた。

指を滑らせるとザラザラしているそれは、どうやら
目から顎にかけて伸びているらしい。


「涙の跡、みたいな……?」


そこで昨晩見た夢を思い出す。

しんどい時に現れた瑞希に子供みたいに泣きながら甘える夢で、最後は手を繋いで貰って安心するという我ながらこっ恥ずかしい内容だった気がする。

夢を見ながら現実でも泣いてしまったのだろうと思いかけて、すぐにハッとした。


「え………まさかあれ、現実……だった?」


忽ち下がった熱がぶり返したのかと思うくらい体温が上昇する。

彼女にあんな情けない姿を晒してしまったのだろうかと項垂れる。


「嘘だろ………夢だよな?夢であってくれ…」


鏡の中で顔を真っ赤にして狼狽える自分の姿が滑稽過ぎて、また涙が出そうになり


「だ、大丈夫……夢だ、あれは夢だ……」


呪文のように自分に言い聞かせながら脂ぎった頭皮をシャワーで流した。


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