その声は媚薬.2

江上蒼羽

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面会拒否、とな……?③

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気付けば、電車を乗り継いで彼の地元まで来ていた。

いつもは彼の車で来ているから自分の足では初めて訪れる。

土地勘がなくて多少不安ではあるものの、スマホという文明の利器が心強い味方だ。

あまり迷わずに辿り着ける筈。

私の地元よりも久世さんの地元は都会的で賑やかで、聳え立つ高いビル群を見上げながら小さく溜め息を吐いた。


途中のコンビニで風邪に良さそうな飲食物と自分の分の夜ご飯を購入し、足早に彼のマンションへと向かうと、エントランスで若い女性と一緒になった。

歳は私と同じ位か。

清楚な感じのアナウンサーファッションに身を包み、手には老舗ブランドのバッグと買い物袋をぶら下げている。

仕事帰りかな……なんてぼんやり思いながら、エレベーターに乗り込む彼女の後について行き、私も同乗させて頂いた。

偶然にも目的階は同じ。

久世さんのご近所さんだろうか?

暫し密室空間を共有した後、目的階で女性が先に、それを追うように私もエレベーターを降りた。

私の数歩先行く女性にあまり近付き過ぎないよう何となく距離を取りながら歩いていると、彼女はとある部屋の前で足を止めた。

同時に私の足も止まる。

女性はバッグから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

その光景を目の当たりにして「え………」と、勝手に声が漏れ出た 。

女性が入ろうとしていた部屋が久世さんの部屋だったからだ。

硬直し、立ち竦む私の存在に気付いた女性がドアの取っ手を手前に引きながらこちらを見る。

怪訝そうな表情を向けられ、尚も固まる私。


「………何か?」

「あ………っと、その…」

「この部屋に用事ですか?」

「…………はい」


咄嗟に上手い言葉が出てこなくてしどろもどろになる私を品定めするかのように眺めてから、女性が口を開く。


「あー……もしかしてタツの彼女……とか?」

「え……」


久世さんの部屋を訪ねる女性の存在に冷静さを失いつつあった私は、“タツ”と言われてイマイチピンと来なかった。

若干の時間を要して“タツ”が久世さんを指している事を理解し、怖ず怖ずと「そうです」と返事をする。

すると女性は薄く笑って呟く。


「うっそ……彼女いたんだ……」


彼女の反応に胸の辺りがモヤつくのを感じながらも精一杯平静を装う。


「久世さんのお姉さんですか?それとも妹さんですか?」


私の問いに女性はさらりと


「違いますけど」


とだけ答え、我が物顔で久世さんの部屋へと入って行った。

その場に残された私は、じゃあ一体何者なんだ?と疑問を抱えてモヤモヤ。

ついでに、何故か良く分からないけれどイライラもしてた。

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