その声は媚薬.2

江上蒼羽

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上條さん⑥

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私の心境を知らない上條さんは、馴れ馴れしく話し掛けてくる。


「ここの社食値段の割に結構旨いよね、初めて食べた時感動したんだよね。ウチの会社の社食は値段なりだからさぁ」


聞いてもいない事をベラベラと。

適当に「そうなんですか~」と表面上は愛想良く相槌を打つ。

大量の仕事が待っているからさっさと食べてしまおうと、大口で掻き込むように食べ物を詰め込む。

私のその姿を見て上條さんが「消化に悪いからゆっくり食べなよ」と笑った。


消化云々より、やたら接触してくる上條さんの方が不気味で気掛かりだ。

こんな日によりによってご飯を大盛りにしてしまった自分を恨めしく思っていると、上條さんが「久世くんって覚えてる?」と切り出してきた。

一瞬動揺しかけたものの、素知らぬふりして「あぁ…」と、声を出す。


「前回一緒に視察に来ていたあの冴えない方ですか?」


私の返しに上條さんが噴き出す。


「そうそう、あの冴えない彼」

「………で、彼がどうかしたんですか?」


上條さんは勿体ぶるようにゆっくり間を取りながら言う。


「最近彼女が出来たらしくてさ。色々話聞きたいのに、口が固いんだよね」

「はぁ……」

「可愛い後輩のノロケ話なら喜んで聞くよ。寧ろ詳しく聞きたい!ってのに、中々教えてくれない訳よ」


まぁ、久世さんは人にベラベラ話すタイプじゃないからなぁ……と思いながら咀嚼を繰り返す。


「それでも何とか名前だけは聞き出したんだよね。“ミズキちゃん”っていうらしいよ」

「へぇ~そうなんですか」


特に会話を拡げる気がない私は、上條さんの話を適当にあしらいながら完食を目指す。


「どんな子かな?俺、凄く興味あるんだよね」

「そうですか~」


彼が何を言いたいのか汲めないけれど、端から汲む気はない私は、お皿の底が出てきた事にホッと息を吐いた。

上條さんが現れた時点から味が分からなくなっていたから、ほぼ機械的に飲み込んでいるだけの状態で、正直苦しかった。

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