その声は媚薬.2

江上蒼羽

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ピンチ、からの~①side:竜生

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意味が分からず呆けていると彼女は続ける。


「貴方のその声、私の好みのど真ん中なので。今すっごいきゅんきゅんしてます」

「なっ……」


真顔で謎めいた事を言う伊原さん。

力んで前傾姿勢だった俺の全身から力が抜けていく。


「な……何なんですか、貴女は………」


彼女の考えが読めない所か、訳の分からない事を言われて目眩を覚えた。 

俺の精神状態を知ってか知らずか、伊原さんは優雅に食事を続けている。

俺の声できゅんきゅんしてるとかふざけてるとしか思えない。

仄かに苛立ちを感じていると、彼女が水で喉を潤してから言う。


「別に久世さんが仰ったような事、私は思ってませんよ。ただ意外には思いましたけど」


嘘吐くなよ、内心馬鹿にしてんだろ?と言いたい所をぐっと堪える。


「警戒させちゃって申し訳ないです。すみません。けど、私が今日久世さんにお声掛けさせて頂いたのは、久世さんがリューク本人かどうか確かめたかっただけです」

「………確かめてどうするつもりだったんですか?」


最大級に警戒しながら聞き返すと、彼女は口元に微かな笑みを浮かべて「お礼を言いたくて」と言った。


「お、お礼………?」


更に彼女の意図が分からなくなった。

多分、今の俺は狐に摘ままれたような奇妙な顔をしている事だろう。

そんな俺に彼女は柔らかい笑みを向けた。


「とても素敵な声してますよね。いつも癒されてます。ありがとうございます」


女神のような微笑み付きで声を褒められれば、照れない奴はいない。


「お、お礼を言われる程では……」


苛立ちは一気に吹っ飛び、じわじわと沸き上がる喜びを噛み締める。

思春期男子みたいにモジモジする様は、我ながら気持ち悪い。 

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