儚い花―くらいばな―

江上蒼羽

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第一夜:バッテリー【9】

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ーーージリリリリリリリリ…




目覚まし時計のけたたましいアラームで翔太は目を覚ました。

見慣れた天井と見慣れた壁のシミ。


「あー……やっぱただの夢だったんだ…」


夢だった割りに、しっかり夢の内容を記憶している。

それに何故か体が疲れていて、指先にも革の匂いが付いていたりする。

リアルに残る夢の形跡を不思議がっていると…


「んもう!お兄ちゃんってば、目覚ましうるさいんだけど!」


同じく目覚まし時計のアラームで目を覚ましたらしい妹が、憤りながら翔太の部屋に乗り込んできた。


「早く止めてよ!あたしまだ後30分は寝れるのに」

「んー……分かった分かった」


アラームを止めようと、翔太が肌掛け布団から腕を出した拍子に何かが一緒に飛び出した。




ーーボテッ……トントントン…




ベッドから落ちて床を転がる黄ばんだ野球ボール。


「やだ、お兄ちゃんてば、野球ボールと一緒に寝てたの?どんだけ野球好きなのよ」


呆れた顔をした妹が、ボールを拾い上げる。


「ボールを彼女かなんかと思ってんの?」


ボールを嘲笑と共に翔太へと投げ付けた妹は、大きな欠伸をしながら部屋から出ていった。

ボールを受け取った翔太は、それを手の中で転がしてみる。

すると、昨日まではなかった黒いシミがボールに付着している事に気が付いた。


「……これって…」


目を凝らしてよく見ると、ボールペンのような物で小さく“ガンバレ”の文字が。


「ヒロキ……」


昨夜のキャッチボールが、夢であって夢でない事を示していた。




ボールを手に、翔太は部屋を出る。


「あら、翔太、随分早いのね」

「あぁ……うん」


キッチンで朝食の用意をする母親に生返事をし、庭へ出る。

朝日の眩しさに目を細めなから、花壇の前に立った。


「あ、れ………?」


昨日まで花壇の隅で揺れていた筈の花がどこにも見当たらない。

萎れた訳でも、枯れた訳でもなく、勿論摘み取られた訳でもなく……

跡形もなく消えていたのだ。

何もない土の上を眺めながら


「……本当に奇跡が咲いたんだ…」


呟く翔太の頬を、優しい風がそっと撫でた。


「すみませんでした!」


その日の放課後

グラウンドの片隅には、顧問に深々と頭を下げる翔太の姿があった。


「無断欠席の罰は受けます。お願いします、もう一度野球をやらせて下さい!」


多くの部員が見守る中、翔太は何度も腰を折る。

夢の中での親友とのキャッチボールが、立ち止まっていた翔太を動かしたのだ。

彼は、もう逃げないと心に決めた。

勿論大好きな野球を続ける事も。

彼の真摯な姿を目の当たりにした顧問の教師は、重々しく口を開く。


「5日間の無断欠席………谷澤、お前は大会前の大事な時に部の規律を乱した」

「…………すみませんでした」


厳しい口調に翔太は息を飲んだ。


「本来なら退部させる所だが……まだやる気があるというなら話は別だ」


翔太に判決が下される。


「罰として、一時間校舎周り走って来い!」

「ーーーはいっ!!」



裕樹のボールを甲子園へ。



新たな目標を胸に秘め、翔太は勢い良く駆け出した。

過酷な罰を与えられたにも関わらず、彼の表情は、夏の青空のようにとても晴々としていた。

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