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傷口にハバネロ⑦
しおりを挟むお兄さんの言葉の意味がすぐに理解出来なかった。
けど、理解した途端に血の気が引いた。
「あ………ごめんなさいっ!!私、調子に乗ってとんでもない事ばっか…」
傷口にたっぷりのハバネロを擦り込まれるなんて、染みるどころか、拷問だ。
お兄さんを励まして元気付けるつもりが、余計に落ち込ませる事になるなんて……
「涼亜ちゃんが俺を励まそうとしてるのは伝わったから気にしないで」
お兄さんは笑って優しく言ってくれたけど、やっぱりその笑顔は悲しげで。
見ている私の方が代わりに泣きたくなる。
お兄さんは、腕時計で時刻を確認した。
「……どうする?」
もう話を終わりにしたい雰囲気を醸し出しながらお兄さんが言う。
「この先はもう何もないみたいだけれど……もう一回りする?それとも帰る?」
お兄さん的にはもう帰りたいが本音だろう。
本当はまだまだ見たい所はある。
館内を10周しても構わないくらいだ。
けど、お兄さんの様子からして、とてもじゃないけどこれ以上のワガママはヤバイと思った。
「…………満足したんで帰りましょうか」
私の返事を聞いて、すぐに歩き出したお兄さんの後をトボトボと追い掛ける。
折角の休日を使わせた挙げ句、傷口にハバネロを擦り込んで落ち込ませて……
私は一体何をやっているんだろう?
反省してみても、お兄さんとの間を流れる微妙な空気は変わらない。
私の無謀な作戦と不用意な言葉の数々で、お兄さんの傷口が更に悪化したのは確実。
何の解決にもならなかった。
自分のあまりの馬鹿っぷりに、自主的にハバネロを丸飲みして、自分を痛め付けたくなった。
水族館から出て、駐車場へと向かう途中、不意に前を歩くお兄さんが足を止めた。
「あれ、青柳さんじゃないですかー!こんな所で会うなんて奇遇ですね!」
馴れ馴れしくお兄さんに話し掛けてきたのは、緩く髪を巻いたキレイなお姉さんだった。
「やぁ須藤さん、こんにちは。デート?」
若干メイクが濃いめのお姉さんの隣には、やんちゃそうなお兄さんがいて、青柳のお兄さんに“お前、誰やねん?”とか言いたげに睨みを効かせている。
「まぁ、そんな所です………ふふ」
「そっか、羨ましい」
「そういう青柳さんは―――…」
須藤さんと呼ばれたお姉さんと目が合う。
お姉さんは、私を見て一瞬“えっ?”と言いたげな顔をした。
「青柳さんは随分可愛い彼女連れてるんですねー!」
お姉さんは私に「いくつくらい?」と聞いてきた。
それに答える前にお兄さんが「彼女に見える?」と笑った。
そして、私を一瞥してから、さらりと言う。
「親戚の子なんだ。今高校生で。今日はどうしてもって言うから連れてきたんだけれど………中々混んでるね」
重い右ストレートが入ったかのように、胸に強い痛みが走った。
「なーんだ。ですよね?彼女にしちゃ若過ぎるし……一瞬、青柳さんってロリコン?!って思っちゃった」
「ははっ、流石にそれはないよ」
「ですよねー!大変失礼致しました!それじゃ、また月曜日会社でお会いしましょう!」
「うん、また。デート楽しんで」
「ありがとうございまーす!」
やたらハイテンションなお姉さんを見送ったお兄さんは、またスタスタと歩き始めた。
「………お兄さんと同じ会社の人ですか?」
会話の流れからして、それは明らかだったけど、話題提供の為に確認してみた。
「うん、同じ課の人。とても賑やかな人でね」
「ふぅん……キレイな人ですね」
「あー、だね」
「お兄さんは、あんな素敵なお姉さんと一緒に働いてるんですね」
大人の色気ムンムンで、子供っぽさ全開の私とはまるで違う。
だからか、妙な焦りが発生したと同時に、私の中にドロドロとした感情が巣食い始めた。
「………大人って、息を吐くみたいに嘘吐くんだもんなぁ…」
「え?」
「………もしあの人に私を彼女だって紹介したら、どんな反応してましたかね?」
「さぁ……どうかな?」
お兄さんの中で、私はどういう位置付けなんだろう………?
そう思ったら、訳も分からず泣きたくなった。
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