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甘い駆け引き
しおりを挟むこれには思わずムッとさせられた。
「ありませんでしたよ。どうして私が嫉妬しなければならないのですか?」
やや語尾を強めた私に対し、最上さんが薄く笑む。
「いえ、まだ忍足さんに気持ちが残っていたりするのかな……と思ったので」
「何を馬鹿な事を……そんな訳ないじゃないですか」
最上さんの言葉を一蹴すると、彼は「ですよね」と満面の笑みを見せた。
「それを聞いて安心しました。そうですよね、心を弄ばれて踏みにじられて………その相手の事を好きでいる訳ないですよね」
「…………」
どうしてだか胸が痛む。
ズキズキって程じゃないにしろ、チクチク程度の地味な痛み。
気の所為と思い込もうにも、確実に心にダメージを与えて来ているから気の所為で遣り過ごせそうもない。
不快感を掻き消そうとアルコールを一気に流し込む。
「あぁ、そうそう……」
カッと胸が熱くなる感覚に身を浸している私に、最上さんが嬉しそうに言う。
「あの二人、報道が出た直後から本当に付き合い始めたそうですよ」
「え………」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
「ほら、良くあるじゃないですか。親身に相談に乗っている内に良い雰囲気になるってパターン」
「え、えぇ…?だって間宮は……」
誤報だって言ってた。
付き合ってないってはっきり言った。
「だ、だって……」
全身が小刻みに震えて、上手く言葉が発せない。
「言い出せなかったんじゃないですか?自分の相方とゴタゴタがあった相手と付き合い始めたなんて。気を遣わせたくなかったとか」
「まさか………そんな…」
どうしてこんなに自分が狼狽えているのか分からない。
何故こんなに体が震えるのかも。
「お似合いな二人じゃないですか。人気急上昇中の俳優と大人気美女芸人……話題性だけじゃなく華もあるし、お互いのファンも納得の組み合わせですよ」
震える唇を強く噛み締めた。
「きっと今頃会ってるんじゃないかな?忍足さん、漸くオフ貰えたみたいだし」
「…………」
「だから、僕等は僕等で……」
途中まで言いかけて、最上さんの言葉が止む。
そして彼は「ふぅ……」と小さく息を吐いた。
「…………僕の負けです、忍足さん」
ここにいる筈のない人の名を呼びながら最上さんが椅子から立ち上がる。
と、同時に背後でも椅子の脚が床を擦る音がした。
「……だったら、今すぐに彼女から離れて」
聞き覚えのある声が体を強張らせた。
「ご無沙汰してます……森川さん…」
一歩下がった最上さんの代わりに私の前に立ったのは、たった今話題になっていた人物。
「な、何でここに居るんですか?!」
突然の登場に私の頭は大混乱も良い所だ。
「すみません……カマをかけさせて貰いました」
苦笑混じりに最上さんが言う。
「もし森川さんに少しでも忍足さんへの気持ちが残っていたら、身を引く約束をしました。残念ながら森川さんはまだ忍足さんを想っているみたいですね」
「そんなっ……何を根拠に…」
最上さんも間宮と一緒で、私がまだ忍足さんを好きだと決め付ける。
何度も否定しているというのに。
「わ、私はこんな嘘吐きなんか嫌いです」
忍足さんの顔なんか見たくないし、声も聞きたくない程嫌いだ。
もう二度と関わり合いたくないと思ってる。
「それなら……」
最上さんが座っていた椅子に腰を下ろした忍足さんの手が私に向かって伸びてくる。
「今涙を流してる理由を納得いくように説明してくれる?」
「っ、」
忍足さんは、私の頬の辺りに服の袖口を当て「ほら」と、得意気な顔をしながら水分を吸い取って濡れた部分を見せた。
そこで漸く自分が泣いている事に気付く。
「こ、これは別に……」
「別に?何もないのに涙なんか出ないよね?」
「…………」
完全に言葉に詰まった。
自分でも理解し得ない涙の理由を説明出来る筈ない。
困り果てて最上さんに視線で助けを求めるも、彼は完全にスルー。
「それじゃあ……ここに居ても邪魔になるだけなので僕は退散しますね」
助け船が出るどころか、まさかの離脱宣言に忽ち頭が真っ白になる。
「モガ………ごめん」
忍足さんが謝ると、最上さんは一瞬ムッとした後、すぐに笑顔を作る。
「謝る位なら、譲って欲しいですけどね」
それに対して今度は忍足さんがムッとする。
「悪いけど譲る気はないよ」
「でしょうね。でも、言っときますけど諦めた訳じゃないんで」
挑発的に笑う最上さんと、彼を睨む忍足さん。
彼等を前に、私は居心地が悪くて小さくなる。
「男らしく身を引くんじゃなかった?」
「一旦は引きますよ?ただ、また忍足さんが彼女を泣かせたり追い込んだりするようなら横からかっさらいます」
「それ、男らしくないよね」
「何とでもどうぞ」
最上さんが私の前に立つ。
「森川さん、自分の気持ちに正直になる事をお勧めします。僕は純粋で可愛らしい貴女が好きですから」
「最上さん……?」
私の頬を優しく撫でながら「それから…」と彼は続ける。
「森川さんがもう少しこの世界で頑張るというのなら、僕も諦めずに役者を続けようと思います。なので、忍足さんに飽きたらいつでも僕の所へ来て下さい。歓迎しますよ」
それを聞いて、忍足さんが小さく「本当、男らしくない」と毒づいた。
「それじゃあ、失礼します」
カウンターの奥に引っ込んでいたマスターを呼び出して会計を済ませた最上さんは、そのまま振り返る事なく店を出て行った。
後に残されたのは、私と忍足さんと気まずい空気。
「わ、私も帰らないと…」
慌てて立ち上がろうとした途端に、二の腕に負荷が掛かる。
「この状況で逃げるのはナシでしょう」
ニッコリ笑った忍足さんに無理矢理椅子へと引き戻された。
「明日も早いんですけど……」
「そう?川瀬マネージャーからは明日の午後までフリーだと伺ったけど?」
「…………」
保科さんを通じて安易に情報を漏らす川瀬さんを恨む。
逃げたいのに逃げられない状況に冷や汗がタラリ。
どうして良いのか分からない私に、忍足さんが困ったように笑う。
「そんな不安そうな顔しないでよ。話したい事がいっぱいあるんだ」
「………それに言い訳はどれだけ含まれるんですか?」
ちょっと嫌味っぽく言うと、彼は小さく吹き出した。
「全部言い訳かも」
「………最低」
詰る私に、忍足さんが噛み締めるように何度か頷く。
「自分でも最低だって分かってる。でも、まず言わせて」
忍足さんが急に真顔になった。
「好きなんだよね、森川さんの事が。演技じゃなくて真面目に」
笑い一切なしの真剣な眼差しと甘い台詞は、私には刺激が強過ぎる。
「う、嘘ばっかり……信じられないです。第一忍足さんは間宮と…」
精一杯応戦するも、しどろもどろ。
「付き合ってないし、何もない。間宮さんには事の全てを話した上で、アドバイスを求めただけ。どうすれば森川さんが閉ざした心を開いてくれるのか………付き合いの長い相方なら分かるだろうと思って」
「テキトーな事言わないで下さいよ」
何を言われても素直に受け止められない。
どれもこれも演技なんじゃないかって疑ってしまう。
「間宮さんの言った通りだ。中々許して貰えそうにないな」
そう言って苦笑する忍足さんがマスターに烏龍茶を注文した。
マスターがいそいそとグラスに氷を入れる様を横目に忍足さんが言う。
「実はこの店、今日定休日だったの。それを無理を言って開けて貰ったんだよね」
「え……」
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