売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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衝突

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間宮と顔を合わせたくなくて、わざとリハーサル開始ギリギリに戻った。


「森川、どこでフラフラしてたのよ!」


川瀬さんが激しく憤るけれど、今の私はどんなに怒鳴られてもそれに反応する余裕はない。

番組スタッフ達の指示でセット裏に待機する。


「あの、森川…」


隣に立つ間宮が何かを言い掛けて言葉を詰まらせた。

多分、私が居ない間に川瀬さんから記事について聞いたのだと思う。

弁解を試みた間宮の声を遮るように、ADが声を張り上げる。


「まんぼうさーん、お願いしまーす!」


言われるがままに、スタジオへ向かって足を出そうとした瞬間


「森川、あのっ……」


間宮が私の二の腕を掴んだ。


「聞いて森川、あれは誤解だから」


切なそうな声で言う間宮。

私は彼女の細い腕を振り払う。


「集中しないといけないから。もう関係ない話はしないで」


言った自分が身震いしそうな位、冷ややかに言い放つと、それっきり……

リハ中も、休憩中も、収録本番が始まっても、ちょっとした絡み以外、私は一切間宮と目を合わさなかった。






家に帰る頃には、ある程度冷静さを取り戻した。

そうなるとやって来るのは激しい自己嫌悪。

八つ当たるみたいに、相方に酷い態度を取った自分の幼稚さに反吐が出そうになる。


「………はぁ…」


本日何度目かの、重量級の溜め息。

吐いても吐いても、胸につっかえたものはなくならない。

気分を紛らわせる為に開けた缶酎ハイも、一口飲んだだけで進まない。

自分でも何でこんなにモヤモヤムカムカするのか分からない。

仕方なく気を紛らすように翌日の仕事の準備に取り掛かると、着信音が鳴り響いた。

手に取った携帯の画面に表示された着信の主の名前に思わず息を飲む。

今は顔を見たくない、声すら聞きたくない相手の名に“夜だし、寝た事にしとこうか?”と、悪魔が囁く。

どうせまた次の日も、またその次の日も嫌でも顔を合わせてしまうのだから、用件は今すぐ聞く必要はない。

きっと記事についての言い訳を聞かされるだけだ。

耳障りな着信は長い間しつこく鳴り、その内に切れた。


「………ふぅ、諦めたか」


ホッと息を吐いたのも束の間、またすぐに着信音がしつこく鳴り始める。

マナーモードにしてやり過ごそうにも、バイブ音が床に振動して喧しい。

苛立ちが生じ始めた。

2度、3度無視を決め込み、耐えきれずにサイレントモードにしてみる。

それでも定期的に着信が入り、画面を明るくさせた。

着信履歴は、ほぼ間宮 志保の名で埋まっている事だろう。

おおよそ20回目の着信で限界が来た。


「………もしもし?しつこいんだけど」


不機嫌極まりない雰囲気を醸し出しながら着信に出た。


『良かった………出てくれた……』


私との通話が繋がったのが余程嬉しかったのか、間宮が声を震わせる。


『しつこくしてゴメンね?どうしても話したい事があったから…』


あんたの相手をしていられる時間も心のゆとりもありません……との意味合いをふんだんに込めて大袈裟に溜め息を吐いてみせた。


「………用件は手短にお願い」


素っ気なく言うと間宮が私の様子を探るように言う。


『………森川……やっぱ、怒ってるよね?』

「………怒ってないけど?」


淡々と答える私に、間宮が『嘘だ、絶対怒ってる!』と、声を大にした。

それに対して「だから、怒ってないよ!」と、声を荒げてみれば、間宮か『……ほら』と、声のトーンを少し下げて言う。


『怒ってんじゃん。だから、私にあんな態度取ったんでしょ?』


イラッとした。


「………別に。ただ、今日は虫の居所が悪かっただけ」

『違うよ』

「違わない。大体、私が何に対して怒らなきゃならない訳?」


鼻で笑う私に、間宮がボソッと吐き出す。


『私と忍足さんが記事にされた事だよ』

「っ、…」


咄嗟に言葉に詰まってしまった自分が愚かしい。

すぐに否定の言葉が出せなかったのが悔しくて、下唇を噛み締める。

それを肯定と捉えたらしい間宮が、私を追い込むように『結局さぁ……』と溜め息混じりに言う。


『好きなんでしょ?忍足さんの事』

「ちがっ……」

『だから彼と密会報道が出た私の事が許せないんでしょ?』

「違う、そんなんじゃーー…」


私の弱々しい否定を遮るように、間宮が『違わない!』と強く言い切った。

携帯を持つ手に変な汗が滲む。


「な、何で私があんな人の事を想っていないといけないの?」


この時点で、電話に出た際の強気な私はどこかへ影を潜めた。


「好きじゃないし。大嫌いだよ、あんな嘘吐き」


間宮はいつもそうだ。

勝手な想像で私を困惑させる。

何でも知ってるような顔して、見当違いな事ばかり言う。


「好きじゃない、好きな訳がない」


ひたすら繰り返した。

まるで、己に言い聞かせるみたいに何度も何度も否定した私に、間宮が『……だったら…』と、彼女らしくない低い声を出す。


『怒られる筋合い、全然ないんだけど』


間宮が更に続ける。


『私と忍足さんが付き合ってたとしても何も文句ない筈でしょ?森川が不貞腐れる意味が分かんない』
 
「ふ、不貞腐れてなんか……」

『大体、森川には最上とかいう彼氏がいるじゃない』

「………」

『新しい彼氏がいるんだから、私があんたの元彼と会おうが関係ないと思うけど』


違う。

別に私は忍足さんとの事を怒っている訳じゃない。


『贅沢だよね、森川は。新しい彼氏居るけど、元彼の事も気なる~取らないで~って。中途半端な気持ちで付き合ってたら今の彼氏に失礼だと思うよ』

「違っ……私はただ……間宮の軽はずみな行動が許せなくて…」


私は、自らのイメージを壊すようなスキャンダルを取られないように、常日頃からマスコミを警戒していた間宮が異性関係であっさりスクープを提供してしまった事に怒りを感じている訳で。

沸々と沸き上がる怒りの理由が、密会の相手が忍足さんだからという訳じゃ、決してない。


『だったらはっきりそう言えば良いじゃんか』

「だっ、だって…」


珍しく本気で怒る間宮。

いや、もしかしたらここまで怒るのは初めてかもしれない。

そんな相手にすっかりたじろいでしまった私は、不満を言葉にする事も出来なくなった。



間宮が深い溜め息を吐いた。

きっと、自分の感情を落ち着かせる為だと思う。


『………忍足さんとは付き合ってないから安心して。ただ相談を受けてただけだから』

「だから私は別に……」

『お互いのスケジュール上、夜遅い時間に会う事になってしまったけど、彼とは何もない。あんなやらしい記事を真に受けないでよ』


この言葉に何故かホッとしている自分が居るから不思議だ。


『森川……年齢的に素直になるのが難しくなってきてるのかもしれないけど、意地ばっかり張ってたってハッピーになれないよ?』

「わ、私は意地なんか張ってないし……」


ここでまた間宮がわざとらしく溜め息を吐いてみせる。


『まぁ、私は記事の弁解さえ出来れば良いんだけどさ。今後は軽はずみな行動は慎むよ。反省してる』

「…………」


初めてコンビを組んだ日から10年と少し。

相方との格差に悩み、落ち込んだ日々もあった。

再浮上して彼女と肩を並べたつもりでいたけれど、明らかに間宮の方が大人だ。

幼稚な私は、彼女と肩を並べるどころか、肩を掴む事さえ出来ていない。


『明日も早いのにごめんね、おやすみ』

「うん……おやすみ…」


通話を終えた後も何となく気分が沈んだまま。

携帯を握り締めながら考える。

考えても考えても、さっぱり分からない。

寧ろ、考えれば考える程、自分の気持ちが見えなくなった。
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