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燻る想い
しおりを挟む【最先端の更なる未来へ……】
そんなキャッチフレーズが付いた巨大な看板が秋葉原の街に出現した。
「わっ、忍足 慧史!超かっこいーんだけど!」
街行く人の視線を集める看板は、忍足さんが新イメージキャラクターとなった携帯電話会社のもの。
新型のスマートフォンを掲げて、こちらを睨むような目力の強い、スタイリッシュな仕上がりとなっている。
「肌キレー!ヤバーイ!」
「修正でしょ?あたし、この人の良さが分かんない」
「マジ?メッチャ良いじゃん!」
「好き嫌い別れる顔だよね。あたしは好きじゃないな」
「信じらんなーい!」
若い女の子達が看板を見上げてはしゃいでる横で、私も何となく釘付けられている。
そういや、私もタイプじゃないな……なんて思いながら。
でも、格好良いとは思う。
看板を彩る忍足さんの肌は艶々。
実際の忍足さんの肌は綺麗だったけれど、流石にこれは綺麗過ぎる……加工だろうな…なんて漠然と思っていると……
「いーなー、まんぼうライダーの森川は。大して可愛い訳でもないのにこんなイケメンと付き合えて」
「あっはは、それは言えてる」
女の子達の話題に自分の名前が出て来てドキッとする。
同時に、大して可愛い訳でもないのに……という言葉が胸に突き刺さった。
「売名かと思ったけど、意外と続いてるんでしょ?」
「えーでも、別のイケメン俳優とも噂になってたじゃん?」
「それガセじゃないの?もし本当だとしたら、森川ビッチ過ぎ~てか、超うらやま~」
きまり悪くて被っていた帽子を更に目深に被った。
嫌な事っていうのは続くもので、家の炊飯器が壊れた。
炊けるには炊けるけれど、底が焦げ付いてしまう。
折角のご飯が焦げ臭いし、火事の原因になったら嫌だ………という事で、仕事と仕事の合間に秋葉原まで出向いた次第。
最近の家電は、値段も機能もピンからキリまである。
店のオススメとして店頭に出されている商品は特殊な加工してあるらしく、良い値をしている。
あれこれ悩んだ末、値段そこそこの3合炊きのものに決めた。
一応名の売れた芸能人なのだから、拘って高級品を買えば良いのだろうけれど、一度干されて一般人になっただけに、庶民的感覚を捨てる事が出来ない。
レジでの精算中、ふと視線を感じて振り返る。
「………ここにもあったか…」
携帯電話売り場に設置されている、新型スマートフォンを耳に当てて仁王立ちする忍足さんの等身大パネル。
強い引力さえ感じさせる目力にドキドキさせられる。
ビジネスシーンを再現しているらしいスーツを着た塩顔イケメンのパネルは、前を通る人を必ず立ち止まらせる。
「すっご、超小顔」
「背はそんなにないけど、スタイル良いね」
若いカップルの会話に、何故か私が照れるという不思議現象が起こる。
「ありがとうございました~またお越し下さいませ~」
店員から受け取ったお釣りを財布に仕舞い、商品を小脇に抱えて家電量販店を後にした。
売名計画が浮上し、実行に移してから早いもので半年が過ぎた。
秋だったのが、冬を越え、春になった。
その間に、忍足さんはあっという間にスターへの階段をかけ上がった。
最初は忍足さんは無名で、私の方が知名度は高かったのに、今じゃすっかり逆転してしまっている。
ドラマや映画の主演だけでなく企業のイメージキャラクターにまでなって、街中には忍足さんのポスターやらパネル等が目につくようになった。
女優やモデルではなく、敢えて私みたいな女芸人を選んだ辺り、世間の好感度も高いだろう。
そりゃ企業もこぞって使うよね……と、溜め息を吐いた。
チャンスが舞い込んでも、空回りばっかりで生かせていない私と違って、忍足さんはチャンスを生かし、ちゃんとものにしている。
確実に力を付けていっている忍足さんと対照的に、仕事をこなせばこなす程実力のなさが露呈していっている私。
日に日に、落ち込む事が増えている気がする。
「………はぁ」
本日何度目かの溜め息に、向かい合う最上さんが苦笑する。
「森川さん、かなりお疲れのようですね」
すかさず「あ、いえ」と取り繕う。
「すみません……折角のご飯が不味くなりますよね」
目の前には、美味しそうな料理が並んでいる。
最上さんは、私が本格中華が食べたいと言ったからわざわざ美味しい所を調べて連れて来てくれた。
なのに私と来たら、それ等にほとんど手を付けない状態で溜め息ばかり。
そりゃ、最上さんも苦笑いするしかないだろう。
「お口に合いませんか?」
「いえいえ!とても美味しいです!」
そう言ってから、蒸籠に入ったまま運ばれて来た小籠包にかぶり付く。
中から熱々ジューシーな肉汁が染み出てきて……
「うあっちぃっ!!」
無様な悲鳴を挙げながら吐き出した。
これにまた最上さんが苦笑い。
「大丈夫ですか?さっき店の人が熱いから気を付けて食べるよう言ってましたよ?」
「………だ、大丈夫です」
ちゃんと店員の忠告を聞いていなかった私が悪い。
火傷して剥がれた上顎の皮を鬱陶しいと思いながら水を口に含む。
「それにしても………今日は特に浮かない顔してますね。何かありました?」
「………」
特に……という事は、私は最上さんに会う度に浮かない顔をしているらしい。
「大丈夫です。何も…」
「無理しないで吐き出しましょう。今の小籠包みたいに」
「…………あれは忘れて下さい」
今さっきのあれは、リアクション芸の域に達していただろう。
バラエティーでやっていたら、それなりに笑いが取れてそうだ。
「ははっ、でも僕に見栄を張っても仕方がないでしょう?悩み事なら聞きますよ。的確なアドバイスは出来るか分かりませんけど」
「あ、いや、アドバイスまでは求めませんよ。聞いてくれるだけで楽になると思うので」
最上さんの事を最初は警戒していたものの、何だかんだで今は良き相談相手だ。
本人は的確にアドバイス出来ないみたいに言うけれど、いつも私にとって最適なアドバイスをしてくれている。
年下なのに私より遥かに落ち着いているもんだから、自分の幼稚さが恥ずかしい。
「最近、色んな人からダメ出し喰らってばっかなんです。芸人として落ち込む事が増えてきちゃって………もう辞めたいなー…なんて考えがチラつき始めてるんですよね…」
辛気臭くないようわざと冗談っぽく言ってみたにもかかわらず、最上さんが大きく目を見開いた。
「………芸能界からの引退を考えてるという事ですか?」
「ま、まぁ……色々と嫌になってしまって…」
ははっ……と笑ってみせる。
「忍足さんとの一件が原因ですか?」
最上さんの口からダイレクトに出た名前に、少なからず動揺してしまう自分がいる。
「いや、それが原因って訳じゃ……」
「でも一因でもあるでしょう?」
「ま、まぁ……」
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