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演技過剰?それとも……?
しおりを挟む「知ってるよ………最上と二人で会ったりしてるの。隠してても情報は入ってくるから…」
最上さんと飲みに行ったお店は、忍足さんも度々利用するらしいというのは最上さんから聞いて知っている。
きっと、その辺の関係者から忍足さんへと情報が流れたんだろう。
下手すると、カウンターの端っこでキスしていた事も知られている可能性もありそうだ。
キスの名残を探るように唇をなぞる指。
触れ合った時の熱と甘いカクテルの香りを思い出していると、忍足さんが手がそれを止める。
「素良………どうして…」
譫言のように呟いた彼は、乱暴に私の唇に自らの唇を押し当てる。
「っ、」
無理矢理捩じ込まれた舌が私の口内を這う。
ビジネスキスの経験は豊富なものの、どれも触れるだけで深いものはした事ない。
初めての経験に頭のネジがぶっ飛びそうだ。
「むぅ、ん……」
息継ぎも出来ない位荒々しい口付けは、最上さんの名残を消し去ろうとしているかのように、激しくて熱い。
苦しさから顔を背けても、また引き寄せられ、忍足さんの形の良い唇を押し当てられる。
何で?何でそこまで?って、疑問が止まらない。
「やっ……やめて下さいっ!!」
全身の力が抜ける寸前、意識が飛ぶギリギリ一歩手前、僅かな力を振り絞って忍足さんを突き飛ばした。
生憎、忍足さんは軽くよろけただけ。
目の前がグルグルの膝ガクガク状態の私は、その場に立っていられずに、しゃがみ込んだ。
「………もう、止めましょうよ」
「素良…?」
訳が分からない。
ただの演技の練習台である私に、何故ここまでするのか。
「ちょっと演技過剰じゃないですか?やり過ぎです」
「え……」
もう駄目だ。
黙っていようかと思っていたのに、こんな事されたら、黙っていられない。
「私、知ってます………全部演技だって事。私を演技の練習台にしてるんでしょ?………マネージャー同士が話しているの聞いたんです」
情けない事に、視界が滲む。
いい歳の女が目に涙を溜めてしまっているらしい。
「私の事好きみたいに言っといて、実は全部嘘なんでしょ?もう全部知ってますから、わざとらしく必死さアピールしなくて良いです」
本気になったフリとか、もう良いから。
本当は私の事なんか好きでも何でもないくせに。
「……最上さんは優しい人です。私の支えになってくれるって言ってくれました」
目から涙が次々溢れてくる。
それを手の甲で拭いながら目の前で佇む忍足さんに最大の嫌味を込めて言う。
「主演決まって良かったですね。大して可愛くもないお笑い芸人と付き合ってるフリして名を売った甲斐がありましたね」
涙と共に嫌味も止まらない。
「私を利用して演技の練習も出来たし、これから益々俳優として飛躍出来そうですね」
「あの……素良…」
最早、名前を呼ばれるのも苦痛だ。
「気安く名前呼ばないで下さい」
「………」
もうネタバレしてるんだから、いつまでも恋人気取りでいないで欲しい。
「私………良い踏み台になったでしょ?踏み心地もさぞかし良かったでしょ?レッドカーペットには劣るだろうけど」
息を吸い込むついでにズズーッと鼻を大きく啜る。
「踏み潰されてボロボロになった心は、最上さんに癒して貰います」
忍足さんなんか嫌いだ。
大体、初対面の時から嫌な奴って感じで良い印象はなかった。
私の事を小馬鹿にしたような事ばかり言ってたし、明らかに見下されてた。
それなのに、甘い言葉一つでコロッと落ちて……
案外私はチョロい女だ。
「目標だった主演を獲得出来たんなら、私は完全に用済みですよね。いつまでも演技の練習に付き合える程暇じゃないんで、今度は別の人相手に練習して下さい」
目一杯悪意を込めた言葉が、涙声で様にならず悔しい。
部屋の外がバタバタと騒がしくなって来た。
恐らく、イベントが終わったのだろう。
「もうそろそろ間宮達が帰って来ます。早く出てって貰えますか?着替えもしたいんで」
ついでに言うと、グチャグチャになったメイクも直したい。
折角、今流行りの可愛いメイクを施して貰ってあったのに、涙と鼻水で台無しになった。
ついでに、艶やかに塗られてたリップも落ちた。
代わりに忍足さんの唇が潤っているから腹立たしい。
「もう私の前に現れないで下さい」
会いたくて、声が聞きたくて堪らなかった筈だったのに、今は真逆の感情を抱いている。
忙しい合間を縫ってでも会いたかった人だったのに。
「…………」
散々嫌味を言って幾分スッキリした私は、忍足さんがドアの方へと歩いて行く足音を聞きながら深い溜め息を吐いた。
この後の仕事に差し支えないように、落ち着きを求めて何度も深呼吸をする。
「………演技じゃないよ…」
微かに呟かれた言葉は、油断してたら聞き逃してしまいそうな程弱々しい。
「え……」
顔を上げれば忍足さんはドアノブを回す所で、私には一切表情が見えない。
「今度改めて話す機会を設けて欲しい」
たった一言だけ残して、彼は部屋を出て行った。
「嘘?!忍足 慧史さん?!」
「何でここに?!」
廊下からイベントスタッフ達のざわめきが聞こえてくる。
突如現れたイベントとは無関係のイケメン俳優に驚かされているらしい。
そりゃそうだよね……と思いながらも、私は彼が最後に放った言葉の意味を懸命に考えていた。
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