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偽装交際の真相
しおりを挟む「まさか同じ局に居るなんてね。あの彼は今日オフ?」
「今日は夕方入りなんだよ。ここの所ハードスケジュールだからゆっくり休ませてる」
普段は素通りするパーテーションで区切られた喫煙スペースから、聞き覚えのある声が二つ聞こえて来た。
思わず足が止まる。
「そう、それで今日は他のタレントのマネジメントなのね」
「まぁね。ウチのプロダクションは万年人手不足なもんで」
川瀬さんと話しているのは、忍足さんのマネージャーの保科さんだと判別出来た。
「最近どう?」
「相変わらず目まぐるしいわ。そっちは?」
「こちらも同じく」
お互いの近況を報告し合っているのを確認してすぐさま側を離れようとした私の足を再び止めたのは、川瀬さんの「全て上手くってるわ」という台詞だった。
「森川ったら完全にその気になっちゃって」
「そうか……案外単純なんだね、彼女」
声量は抑えられているものの、耳を澄ませば内容を把握出来る。
私の名が出た事で胸がざわざわと波立った。
きっと聞いてはいけない話だと思う。
でも、好奇心が足を竦ませる。
「彼、俳優より、ホストに向いてるんじゃない?女一人落とすの容易いみたいだし?」
「馬鹿言うなよ。慧史には今後ウチの事務所の看板背負って貰わないといけないんだから」
「そう?ピッタリだと思うけど。新宿二丁目でNo.1狙えるわよ」
「まぁ、確かに。けど、今回のはあくまでも演技の練習であって、女を口説き落とすのが目的じゃない」
ここで「えっ?」と思った。
演技の練習?何それ?……と、頭が混乱する。
「お陰で森川ったらすっかりヤル気出してくれてるわ。今までの半端さが嘘みたいに真摯に仕事と向き合ってる………時に色恋での感情操作も必要ね」
「真実を知ったら逆にヤル気をなくすリスクはあるだろ?」
「そうね。でもそうならないよう、彼に演技を通して貰いたいわ」
どういう事?って、疑問が止まらない。
「私は間宮はピンの方が生きると思っているの。はっきり言って森川はお荷物よ」
「ははっ、綾子は相変わらずキツいな」
「素直でとても良い子だってのは分かってるのよ。でもそれだとこの世界じゃ生き残れない」
「確かに」
川瀬さんと忍足さんのマネージャーの保科さんが随分と砕けた口調で会話している事に衝撃を受けた。
けれど、それ以上に驚いたのは、保科さんが川瀬さんを綾子と呼び捨てにしていた事。
もしかしたら二人は、ただの同業者や顔見知りではないのかもしれない。
「売り込むにしても、本人が手緩い仕事をしてたら意味がないから、どうにかして歯を食い縛って貰いたいのよね。だから、忍足さんとの恋愛ごっこで頭の中をお花畑にしている今の状態が一番丁度良いの。ほら、恋愛中ってポジティブになれるじゃない?何でも出来そう!って」
ここまで聞いてやっと話の内容を理解出来た。
その途端に脚がガクガクと震え出す。
ショック過ぎて。
「暫くは体張った仕事でも何でも頑張ってくれると思うわ」
「お互いの事務所に良い影響を与え、慧史の演技にも磨きが掛かる………投じた一石が二鳥にも三鳥にもなるって事か」
聞いてはいけない事を立ち聞いた事を後悔した。
トイレに行くのを忘れて楽屋に引き返した私は、その後の記憶は曖昧で……
後に再開された収録が散々に終わったのだけは異様に覚えている。
「…………ふぐっ………うっ…」
あぁ……全部嘘っぱちだったんだ…
忍足さんが私を好きな事も、会いたいと言ってくれた事も何もかも。
私と最上さんとの記事に嫉妬したなんて言っていたけれど、端っから嫉妬なんてしてなかったんだと思えたら、自分の浮かれ具合が恥ずかしくなる。
あの時のキスだって、1㎜も気持ちが込もってなかったんだろう。
彼は役者だから、その辺きちんと割り切っているだろうから。
「………うっ、…」
大体よく考えてみれば分かる事だ。
モデルや女優にアイドルといった、綺麗所がたんまり居るきらびやかな世界で敢えて私みたいな汚れ役を選ぶ訳がない。
お笑い芸人の肩書きがなければただの一般人の容姿をした私に、イケメン俳優が惚れる筈訳ないじゃんか。
「うえっ……ううっ…」
深夜2時。
壁の薄いボロアパートに響く女の泣き声に、隣に住む学生さんは怯えているのではなかろうか。
なるべく声が出ないよう枕に顔を押し当ててはいるけれど、完全には抑えきれなくて。
何度かLINEの通知が来ているらしく、携帯が早く確認しろと急かすように赤いランプを 点滅させている。
送信主は忍足さんだと思う………というか、確実に彼だろう。
だけど、全てのカラクリを知ってしまった以上、ただのLINEの内容を確認するのさえ怖くて、さっきからずっと未読無視を決め込んでいる。
彼の好意に満更でもない態度でいたというか、好きになり始めていただけに彼と顔を合わせるのが怖い。
絶対に泣いてしまう。
だから少しでもこの落ち込みが和らぐまで時間を稼ぎたいと思った。
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