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不思議な時間2
しおりを挟む大切な人って誰だ?と更なるパニックを起こしていると、最上さんが間近で柔らかく微笑む。
「僕が俳優という道を選んだのは、森川さんがキッカケでした」
最上さんの口から出た思いがけない言葉に、無駄に私は瞬きを増やした。
頬を撫でていた長い指が離れていく。
「森川さんはご存知ないと思いますが、僕、森川さんと同郷なんですよ」
「そうなんですか?!」
「正確には、隣の市なんですけど」
「ほへー…」
大都会で同郷の人と遭遇出来た事に驚きと小さな喜びを感じる。
「当時僕は高校2年生でした。偶々友人に誘われて行った他校の学園祭のステージでまんぼうライダーのお二人のコントを拝見しました」
懐かしげに目を細める最上さん。
「丁度進路に悩んでいたんです。役者という仕事に憧れはあった………でも自分には無理だろう……と夢を夢で終わらせようとしていました」
「へぇ……」
「けど、ステージ上で森川さんの体当たりのコントを観て、感動しました」
今必死に記憶を辿ってみているけれど……
あの下らないコントに感動する要素は一切なかったと思う。
だから感動したと言われてもイマイチピンと来ない。
「会場は大ウケでしたが、はっきり言って大して面白くないネタでした」
「う………」
感動したとか言っときながら随分な言いぐさだ。
「でも、勇気を貰いましたよ」
「勇気……ですか」
貶されているのか褒められているのか……ちょっとよく分からない。
「その後暫くして、森川さん達が本格的にお笑いの道に進み始めたというのを聞きました。それが僕の背中を押してくれたというか……役者になる事を決意させてくれました」
「……嘘、みたいな話ですね」
信じられないとばかりに鼻で笑ってみせると、最上さんは「本当の話です」と満面の笑みで言う。
「今の僕があるのは森川さんのお陰で………森川さんは僕にとって大切な人なんです。だから……貴女の傷付く姿を見たくない…」
最上さんの芸能界入りのキッカケが、まさかの自分で。
信じられない反面、喜んでいる自分がいる。
こんな時、どんな顔をしていれば良いのか分からないし、今自分がどんな間抜け面を晒しているのかも分からないけれど、顔が赤くなっているのは何となく分かる。
「ご、ご心配ありがとうございます。でも、傷付く前提で話をされるのはちょっと嫌ですね」
ここで「私達の愛は本物ですから」と続けたら逆に嘘臭くなりそうだから止めた。
いつの間にか運ばれていた軽食を掻き込み、グラスの残りで流し込む。
「えっと……明日も早いんで、そろそろ帰ります」
明日も仕事で朝が早い。
早く帰って少しでも寝る時間を確保しておきたい所だ。
そして何より、ボロを出す前に退散しておいた方が身の為な事は明らか。
そそくさと椅子から立ち上がると、合わせて最上さんも立ち上がる。
「それなら送っていきます。夜は危険なので」
最上さんの申し出はありがたいけれど、一連の流れからしたら迷惑でしかない。
変に探りを入れられたくない私は、一刻も早く彼と距離を置きたい。
「そんな……良いですよ。その辺でテキトーにタクシー捕まえて帰りますから」
「なら、せめてタクシーに乗り込む所まで見送らせて下さい」
「いや、そんな大袈裟な…」
いやいや察してよ……と 困惑しながらも断り切れず、タクシー捕獲までご一緒する嵌めに。
「うーん…」
「………タクシー、捕まりませんね」
平日の夜なのに、中々空車のタクシーは捕まらない。
早く帰りたくて焦れている私を他所に、最上さんは呑気に携帯でゲームをしている。
冷たい空気中に白い息が舞う。
「寒いなー……」
呟いた私に最上さんが言う。
「僕の家、ここから近いんですよ。来ます?」
あまりに自然にサラッと言うもんだから一瞬理解が遅れた。
「……えっと………その…」
「冗談です」
これまたサラリと言われて、口元がヒクつく。
「…………ですよねー…」
程なくして漸く空車のタクシーを捕獲。
ホッと胸を撫で下ろしながら開いてるドアに近付く。
最上さんは、そんな私の腕を引き、手に何かを握らせた。
質感は紙。
「何かあった時は連絡下さい。力になります」
彼は私の耳元でそっと囁き、一歩後ろに下がった。
「今日はありがとうございました。気を付けて」
乗り込んだと同時にドアが閉められる。
行き先を告げると、笑顔で手を振る最上さんをその場に残して、タクシーがゆっくり走り出した。
「ふぅ………」
疲労感いっぱいの溜め息を吐いてから、手中に収まっている物を確認する。
「あ………」
驚く事に、手の中には三つ折りにされた紙幣が収まっていて、その中心には恐らく最上さんの携帯の番号であろう11桁の数字が書かれた紙が入っていた。
紙幣はタクシー代にと寄越してくれたのだろう。
何かあった時にと言われたけれど、まさかこんなにすぐに渡された番号にかける事になろうとは……
最上さんって良い人なのか、警戒すべき人なのかよく分からないな……と感じた夜だった。
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