売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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強制参加の打ち上げで

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何だか、よく分からない展開になってしまった……

大物舞台女優の鷹林さんを筆頭に、舞台役者、スタッフの総勢30名でゾロゾロと創作料理のお店にやって来た訳だけれど。

舞台関係者の中に部外者のお笑い芸人が混ざっている辺り、場違い感が否めない。

座るよう促された場所はテーブルの端の方で、鷹林さんの隣に座る忍足さんとは引き離されてしまった。

完全アウェイな環境で味方とも距離があるとなると、猛烈に帰りたいという気持ちが込み上げて来る。


「それじゃ、皆、今日もお疲れ~!カンパーイ!」


座長の鷹林さんの音頭で、各々グラスに口を付ける。

目の前には美味しそうな料理、手には大好きなビール。

なのに、心細さが邪魔をしていて、この場をちっとも楽しめそうもない。

周りは全然知らない人ばかり。

お笑い芸人と役者………接点はあまりないし、話が合いそうもない。


「え、じゃ、今は徳澤さんと一緒の舞台?大変でしょ~?あの偏屈じいさん……気難しくて…」

「確かに苦労はありますが、学べる事は大きいので、良い勉強になってます」

「まぁね、あのじいさん、人間性には問題あるけど、演技に関しては国宝級だからね。盗めるもんは盗むべきよ」

「見事にしごかれてますけど」


唯一の味方も、鷹林さん率いるメインキャストのグループに溶け込み、内輪でしか分からないような話で盛り上がっている。

こうなれば、孤独感に苛まれながら料理を突っついて時間の経過を待つのみだ。

何やってんだろ、私……と、小さく息を吐いた。


「森ちゃんには退屈だよね、きっと」


その声に顔を向ければ、いつの間にか隣の人間が入れ替わっていて。

さっきまで裏方の女性スタッフが居た筈の席に芹沢さんが当たり前のように腰を据えていた。


「も、森ちゃん?」

「そ、森川だから、森ちゃん」


人懐っこそうに歯を見せる芹沢さんは、手にしていたグラスを私に向かって掲げる。


「ほら、森ちゃん、乾杯」

「あ………はい…」


慌てて、グラスを差し出す。

グラス同士がぶつかり合い、カチンと音が鳴ると芹沢さんは満足気に目を細めた。


「おっしーは見ての通り、鷹林さんのお気にな訳よ。捕まったら最後、彼女の気が済むまで離して貰えないよ?」

「そうなんですか……」


鷹林さんは忍足さんの腕に自らの腕を絡めて楽しそうに笑っている。

忍足さんはそれを払い除けようとはせず、受け入れているらしい。

それが何となく面白くなかったりする。


「………妬ける?」

「ま、まさか」


咄嗟に否定してみたけれど、変に声が上擦った。

偶々声が上擦っただけなのに、芹沢さんは肯定と勘違い。


「可愛いねー森ちゃん!ウブい」

「………」


彼を喜ばす結果となった。


「でも、心配する事ないよ。鷹林さんにとって、おっしーは息子みたいなもんらしいから」

「え……そうなんですか?」

「もしくは、歳の離れた弟ってとこ。おっしーを鍛え上げたのは彼女だしね、思い入れがあるんじゃない?」


鷹林さんに恋愛感情がないと分かり、ホッと胸を撫で下ろしていると、芹沢さんが「安心した?」と、挑発的に笑ってみせる。


「安心も何も。妬いてませんから」

「あはは、森ちゃん可愛いわー」


どうやら、芹沢さんは人をからかうのが好きらしい。


………というか、今、何でホッとしたんだ?私は。
何故に?何故、ホッとする?


「ね、森ちゃんは、おっしーとどこで知り合ったの?」


小さな疑問の答えを考えている私に、芹沢さんが興味津々とばかりに聞いてきた。


「えっ、と………共通の知人を介しての飲み会でです」


これは事前に忍足さんと打ち合わせ済みだった答え。

誰に聞かれても、こう答えるように指示を受けていた。


「へぇ……共通の、って誰?役者?お笑い?」

「それは………秘密です」

「ふぅん……あ、記事にされて本人に迷惑掛けたくないってヤツか」

「ま、まぁ………そんな所です」


前のめりな体勢で質問を浴びせてくる芹沢さんだけれど………私の心臓はバクバク躍動中。

これ以上追及されたら、ボロが出そうな気がして、背中に冷や汗が滲む。


「どっちから付き合おうって言ったの?やっぱりおっしーから?」

「え、あ、はい……」


これは、打ち合わせにはなかったから適当に答えたのだけれど、強ち間違いではないかな……とも思う。

だって、実際に忍足さんの方から偽装交際の話を持ち掛けて来たんだし。


「だよねーきっとそうなんじゃないかと思った。さっきメッチャ怒ってたし」


ケラケラ笑う芹沢さんに「何の事ですか?」と聞くと、彼は笑いながら言う。


「俺が森ちゃんに触ったりしてた時」

「え、あれ……怒ってました?」

「怒ってた怒ってた。おっしーは、静かにキレるから。んで、スッゴいこえーの。目がマジだったね」


親しい役者仲間でさえも完璧に欺けてしまっている、忍足さんの演技力。

敬服もの………いやいや、アカデミー賞授賞クラスだと思った。

誰かにヤキモチを焼かれる経験が一切なかった私にとって、演技でも嫉妬されるのは嬉しい。


「……てか、付き合ってる割りに、お互い敬語使ってて他人行儀な感じだよね」


鋭い指摘と疑惑の眼差しに心臓が大きく跳ねた。

いや、疑惑の眼差し……というのは、私が一方的に感じ取っただけで、彼にそういったつもりはないのかもしれない。


「………まだ付き合い始めて日が浅いですから」


苦笑いと言い訳でその場を凌いだものの、心の中では『だって偽装交際だもの。そんなに仲良くないもの』と、本音をぶちまける。


「ん、まぁ………なら、仕方ないのか」


芹沢さんは納得してくれたけれど、これ以上この話題を穿られたら危険だと思い、別の話題を呈示する。


「せ、芹沢さんは、彼とかなり仲良しみたいですけど、親友ってやつですか?」


この問いに、芹沢さんが口角をグッと引き上げた。


「親友なんて生温いもんじゃないよ。強いて言うなら、戦友」

「戦友?」

「そ、この厳しい業界を戦い抜く戦友。そして、ライバル」


言ってから芹沢さんは「あ、ライバルは俺が勝手に言ってるだけね」と付け加えた。


「同い年で、しかもデビューした年も一緒。だからか、ライバル視しちゃうんだよね」


芹沢さんが忍足さんの方へ視線を向ける。

それに合わせて私も彼の方を見た。

忍足さんは、未だ鷹林さん達との話に夢中。


「おっしーは、同じ役者という仲間でありながら、俺に良い刺激を与えてくれる起爆剤みたいな存在なんだよね」


鷹林さん達と楽しそうに談笑している忍足さん。

きっと、演技の話で盛り上がっているのだろう。

私と芹沢さんの視線には一切気付く気配がない。


「おっしーとは、切磋琢磨し合いながら役者としての頂点を目指してたんだけど……」


芹沢さんが溜め息混じりに言う。


「ちょっと引き離され始めてきたっぽい」

「あ………」

「おっしーがどんどん露出増えていってるのに対して、俺はまだまだ……ドラマに出れても、脇役中の脇役って感じだし…」


自嘲気味に「結構焦ってんの」と言う芹沢さんに、過去の自分と同じ物を感じた。


「あ、仲間の活躍は嬉しいよ、マジで。でも、心から喜べないでいる自分がいるっていうか……」

「…………分かります、その気持ち」


芹沢さんの抱いている複雑な感情。

売名行為以前の自分とリンクしていて、激しく共感できる。

私も相方の間宮の活躍に心の底から喜べずにいた。

嬉しいには嬉しかったけれど、それと同時に羨望と嫉妬、焦燥感等といった感情も入り交じっていて、私は何をやっているんだろう?とか、私はこれで良いの?とか、どうして間宮だけ?とか思ってた。


「私も、相方に対して芹沢さんと同じ感情を抱いていた事がありますよ」

「……森ちゃんも?」


私が切り出すと、芹沢さんが食い付いた。


「相方の活躍の裏で、一般人のような生活をしていましたから……」


テレビで間宮の活躍を見る度に、落ち込んでいた自分。

今思い出すだけでも、胸が痛くなる。


「間宮の活躍を目にする度に格差を感じて、奥歯を噛み締めてたものです」

「でも、今じゃ再ブレイクを果たせた訳じゃん?羨ましいよ。俺はいつ日の目を見る事が出来るのやら……って感じ」


芹沢さんは大きな溜め息を吐く。


「おっしーは、このまま俺を置いてどんどん上へ昇っていくんだろうな……その内、雲のように掴めない存在になるかも…」


寂しげに目を伏せた芹沢さんに、私の胸がまた痛みを増した。

しんみりしかけた空気を打破するように、芹沢さんが明るく言う。


「おっ、森ちゃん、グラスが空だよ。次何飲む?」


目の前のグラスはほぼ空。


「あ、いえ、お構い無く…」

「ダメダメ。折角なんだから、もっと飲んどこうよ」


芹沢さんは何を思ったのか、ワインを注文。

お高そうなボトルが一本とワイングラスが二つテーブルの上に置かれた。

封を切られたそれは、耳に残る音を奏でながらグラスに注がれる。


「ワインなんて、滅多に飲まないんですけど」

「うん、俺も。でもたまにはいいっしょ?じゃ、もっかい乾杯しよ」


改めて乾杯を交わし、口を付けた。

途端に、芳醇な香りが立ち込め、渋さが口内に広がる。

飲み慣れないものを安易に注文すべきじゃないと後悔した。


「………旨さがよく分かんね…」

「……お、同じく」


芹沢さんの心の中にある小さな闇に触れた所為か、急速に彼との距離が縮まった。

自分も同じ闇を持ち合わせているだけに、異性でここまで意気投合した人は、芹沢さんが初めてだ。


「俺達、良い友達になれそうじゃね?」

「私もそんな気がしました」

「マジ?」


テンションが上がったらしい芹沢さんが私に握手を求めてきた。

少し躊躇いながらも、右手を差し出す。


「森ちゃんの手、プニプニしてる」

「いたたたた……芹沢さん、もうちょいソフトにお願いします…」


握力測定のような固い握手を交わし、また顔を見合わせて大笑い。

鷹林さん主催の打ち上げは、場違いな部外者が参加しても退屈なだけだと思っていたけれど、思いの外楽しめた。

それは紛れもなく芹沢さんのお陰だ。
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