20 / 46
2度目のデート2
しおりを挟むお陰で記憶がぶっ飛んだ。
必死で乱れた呼吸を整える。
鼓動を速めたままの心臓、一瞬にしてかいた冷や汗……
我ながら、動揺し過ぎだと思う。
本当にキスされる訳ないのに。
私をからかって満足したらしい忍足さんは「そうそう……」と、明るく切り出す。
「森川さんの出演した番組を拝見させて頂きましたよ」
「え、えぇっ?!」
まだ動揺が落ち着かない私に更なる追い討ちが掛かる。
「やだ………恥ずかしい…うわぁ…」
顔を覆いながら嘆く私に、忍足さんは笑いを含ませて言う。
「やっぱり、印象が違いますね。バラエティーでまんぼうライダーの森川としてトークしている姿は、まるで別人というか……」
「…………自分としては、ちょっと無理してますんで…」
「森川さんの普段の大人しめな性質を知っている身としては、不思議な感じがしました。あっ、個人的な感想としては、トークにもうちょいキレが欲しい所でしたね」
「………そ、そっすか…」
完全に形勢逆転した所で開演の時間となった。
開演を知らせるブザーが鳴り響き、照明が落とされる。
「いよいよ始まりますね」
期待に胸を膨らませる私の横で忍足さんが頷く。
「楽しみです」
一般の観覧席から一段高い位置にある、このプラチナルーム。
座高の高い人や、おじさんのハゲ頭等といった障害が何一つないお陰でステージが良く見える。
まるで、この劇場を貸し切って独り占めしているような気分だ。
『この売女がぁっ!!』
『きゃああああっ!!』
いきなり怒り狂う男性が女性を殴るシーンから始まり、目が点になった。
『あぁっ、神は遂に私を見放したのね……』
男性の激しい暴力を受け、ボロボロになった女性は天を仰ぎ、手を伸ばした。
そこへ若い男性がやって来る。
『ミゼルダ!!何て姿に……』
『……私なら平気よ』
『あの男にやられたのか?!』
『違うの………私の事は放っておいて』
涙を堪えるミゼルダと呼ばれた女性を見て、若者は激昂する。
『ええい、こうなったら、私がこの手であの男を……』
『ウィル?貴方……まさか……もしそうなら、やめて頂戴!!』
『止めるな。キミを傷付けるヤツは誰であろうと許しはしない!たとえ、それが神であろうと!!』
耳をつんざく雷鳴が劇場内に響いた。
「…………」
「………」
………えーっと、これって、恋愛ものなのだろうか?
どう見ても、男女のドロドロな愛憎劇でしかない気がする。
まぁ、確かに恋愛ものといえば、恋愛もののカテゴリーかもしれないけれど。
もっとほんわかした甘いストーリーを想像していただけに、予想を裏切られ、衝撃を受けた。
今の所、コメディー要素も出て来ていないし。
さりげなく忍足さんの方をチラ見すると、彼の横顔は真剣で。
余程集中しているのか、睨み付けるように舞台を見詰めている。
俳優という職業の所為か、目の色が違うような気がする。
流石役者さんだな…と、感心させられた。
「………何て言うか、壮絶な内容でしたね…」
劇場内に響く拍手喝采。
勿論、私も一緒になって手を叩いている。
「最後のどんでん返しは意外性がありましたけど……」
幕が降りていく様を眺めながら言うと、忍足さんは苦笑いを浮かべる。
「……うーん…もっと気軽に観れるかと思っていたけど……重たかったですね…」
「あ、はは……でも見応えありましたね」
舞台はテレビとは違って臨場感がある。
役者さん達の緊張感も伝わってくるし。
いつもは観られる側である私だけれど、観る側として客席に座わるのもまた新鮮で、純粋に楽しめた。
「ちょっと仲間に挨拶しに行きたいんですが、お付き合い頂けます?」
「あ、はい。ご一緒して良ければ」
場内が明るくなってから忍足さんに連れられて舞台役者の楽屋へと向かう。
私も一緒に行って良いのだろうか……と戸惑いつつ、手を引かれるままに彼について行く。
「芹やん、モガ、お疲れ」
軽快にノックをした忍足さんが部屋のドアを開いた瞬間、私は卒倒しそうになった。
「おっ、おっしー!来てくれてサンキュー」
「ありがとうございます」
忍足さんに向かって駆け寄ってきたのは、半裸の男衆……
汗に濡れて輝く引き締まった肉体は、免疫のない人間にとって猛毒で。
両手で覆いながら顔を背けた。
それに気付いてくれたらしい忍足さんは笑いを含ませながら「ちょっ………二人共、服着ようよ」と、二人に服を着るよう促した。
「おっと、失礼」
「すみません」
目のやり場が定まらない私に配慮して、手近なTシャツを着込む二人。
「優雅に女連れで観賞かよって思ったら………噂の彼女じゃん」
「あっ、本当だ。見せ付けてくれちゃいますね」
二人の男性に囲まれてジロジロ見られる………どうにも居心地が悪い。
「あんまり見んなって……怖がってるじゃん」
物珍しげに私を観察する二人をたしなめた忍足さんは「紹介しますね」と、二人を紹介し始めた。
「こっちの茶髪の下品な方が、芹沢 流希、前にミュージカルで台共演して仲良くなったんです。通称、芹やん」
「下品って………おい…」
「で、こっちの黒髪で若い方が、事務所の後輩の最上 宗介、通称モガ」
「初めまして、森川さん」
愛想良く笑う最上さんと、腑に落ちない顔の芹沢さん。
「こ、こんにちは………まんぼうライダーの森川です。初めまして……」
緊張気味にペコッと頭を下げる私に、最上さんは優しく微笑み、芹沢さんは意外そうに目をパチクリさせている。
「なんか………テレビとキャラ違うくね?本当は大人し系なの?」
「………えっと……まぁ、はい…」
緊張に震える私に、芹沢さんがニカッと笑う。
「なーんだ、芸人も俺達役者と同じで演技してるって事か。ねぇ、何かネタ見せてくれない?」
「えっ……」
いきなりの無茶なフリ。
ギョッとする私に彼は「良いじゃん、ちょっとだけ」と、迫ってくる。
「い、いや………あの…」
突然ネタを………と言われても、一人で披露出来るネタはない。
モノマネでも出来れば良いのだろうけれど、生憎そんな芸当は持ち合わせていない。
「芹やん、駄目だよ」
困惑している私を見かねて、忍足さんが助け船を差し向ける。
「プロの芸人さんなんだから、ネタ見せは金取るよ」
忍足さんは「ですよね」と、私に同意を求めてきた。
それに乗っかり「高いですよ?」と言うと、芹沢さんは「マジか」と苦笑い。
見事に芹沢さんを黙らせた忍足さんに密かに感謝し、ホッと息を吐いた。
「てかさ、事前に聞いてた内容と違うくない?この舞台…」
忍足さんからの疑問を受け、最上さんは「そうですか?」と、小首を傾げてみせる。
「究極の愛ってのがテーマだから、多少大袈裟な演出になってるかもしれませんが、それ程相違はないかと…」
「いや、こんな昼ドラさながらのドロドロ具合だと思わなかったからさ……見応えはあったけど」
「あはは、彼女さんと観るにはちょっと……な感じでした?」
「ん、うん……ちょっとね。ところでモガ、登場の所、少しトチらなかった?台詞の発し方が変だった気がするんだけど」
「…………バレました?上手く誤魔化したつもりだったんですが……さすが、忍足さん」
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が…
互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。
※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。



白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる