売名恋愛(別ver)

江上蒼羽

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2度目のデート

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翌日、時間通りにタクシーが自宅アパートにやって来た。

タクシーに乗り込むと、自動的にどこかへと向かう。

タクシーの運転手さんには、予め行き先が告げられているのだろう。

でも、私は何も知らされていない。

どこへ連れて行かれるのだろう?と、何となく落ち着かず、胸の辺りがムズムズしている。

だったらどこへ向かうか尋ねればいいのに、何となく聞くに聞けず、一人悶々と過ごす車内。

これといった会話もなく、ウィンカーのカッチンカッチン……という音が異様に響く。

かといって、変にベラベラ喋られても嫌なんだけれど。

居心地の悪さに耐える事、数十分。

とある劇場の前に差し掛かった辺りで、タクシーが徐行し、停車。

どうやら、ここが目的地だったようだ。

タクシーのドアが開いたので降りてみると、少し離れた所に人が列を成しているのが目に入った。


………はて。


「森川さん」


状況がまだ全然把握出来ていない私の背後から待ち合わせている相手の声がした。

振り返ると、やっぱり忍足さんだった。


「こんにちは。お疲れ様です」

「どうも、こんにちは」


前回、前々回同様、変装もせず堂々のご登場だ。


「今日はどういったプランで?」


私の問いに、彼はニッコリ微笑む。


「マスコミに定期的にネタを提供しないと……と思いまして。今日は俺の俳優仲間の舞台を仲良く観賞するといった感じで行きましょう」

「な、なるほど」


忍足さんは、私の手を取って、人が列を成している所へと向かう。

当然、変装も何もせず、堂々とした姿の忍足さんは目立つ。


「嘘、忍足 慧史と森川 素良!」

「マジ?!カメラカメラ!」


流石は今話題の俳優と女芸人の組み合わせ。

あっという間に周囲の人々の視線を集める。


「マジで付き合ってるんだぁ」

「忍足 慧史……ちょっと良いなって思ってたのにな~何で森川なの~?」


劇場入り口に並ぶ人達の視線を二人占めして気分良さげな忍足さんの横顔を眺めて若干不満を抱える私。


「お待ちしておりました。忍足様」


奥から出て来た女性スタッフが私と忍足さんを一般客とは別の通路へと案内する。

えっ……席普通の所と違うの?なんて戸惑っている私を他所に、忍足さんは先へ先へと私を引っ張って行く。

薄暗く狭い上、入り組んだ通路を進み、階段を上がると、また通路。

突き当たった先のドアを開くと、そこには高級感漂う革のソファが。

大して広くない部屋の真ん中にデーンと置かれ、その存在を主張している

所謂、VIP席というものなのだろう。

ゆったりとした二人掛けのソファに、忍足さんから少し距離を取って腰を下ろす。

ソファの脇には、小さなテーブルがあり、ドリンクと軽食が用意されている。

眼前には舞台が、そこから下へ視線をずらせば一般の観覧席があり、見渡せる。


「どんな内容の舞台なんですか?」

「んー……仲間から聞いた話では、恋愛要素ありのサスペンス要素ありのコメディーもありな感じらしいです」

「えっ……ごちゃ混ぜ感凄いですね」

「ある意味面白そうですよね。楽しみです」


どれだけ壮大なストーリーなのだろう。

期待に胸が膨らむ。


「ずっと観に来いって言われてて……一度は観ておかないとなって思ってたんですよ。で、今日観に行くって言ったらプラチナルームを用意してくれて……一般の席で十分だったんですけどね」

「良いお友達じゃないですか」




開演までまだ少しだけ時間があるな……と思っていると、忍足さんが言いにくそうに口を開く。


「………あー、あの……この前はすみませんでした」

「えっ……この前とは……?」


何ぞや?と考えて、すぐに閃く。


「あぁ……忍足氏泥酔事件の事ですね?」


得意気に言うと、忍足さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「泥酔事件ってタイトル付けないで貰えません?確かに通常よりかなり酔ってましたけど」

「あははっ、次の日二日酔いで辛かったんじゃないですか?」

「……まぁ、かなり。保科マネージャーにも厳重注意を受けました」

「それはそれは……」


災難な事で……といっても、こういった事案は自己責任だし、当然っちゃ当然だ。


「でも忍足さん、凄く楽しそうに飲んでましたね。見てるこっちも楽しくなる位……よっぽど嬉しかったんですね。名が売れたのが」


忍足さんが「ははっ…」と苦笑する。


「今後アルコールは一杯までと心に決めました」

「そうなんですか?千鳥ってる忍足さん、凄く新鮮だったのに」

「………忘れて下さい」


ほんのり赤くなった頬を隠すように顔を背ける忍足さんがこれまた新鮮で、悪戯心が擽られる。


「忘れられませんよ。男の人を担ぐなんて貴重な体験」


普段嫌味を浴びせられている仕返しとばかりに言ってやると、羞恥心で赤らんでいた顔が変わる。


「………記憶を飛ばしてやりましょうか?」


急に真顔になった忍足さんが私に顔を近付けてくる。

その距離は、鼻先が触れていまう程近い。

キスされそうな超至近距離に私は声も出せずに固まるだけ。

何か苦しい……と気が付けば、私は何故か息を止めている。

何となく、忍足さんのキレイな顔に私なんぞの汚い息を掛けてはいけないような気がして必死に耐えている。

男の人に触れられる事、パーソナルスペースを越えての接近に免疫のない私にとって、彼の行動は恐ろしいものだ。

ゴクッ……と喉が鳴り、目の前がグルグル回る。
今の私は、目や鼻の下だけでなく、頬も紅潮しているに違いない。

奥歯を噛み締めながら身を固くする私を見て、忍足さんは「ぶっ…」と吹き出す。


「これ位で真っ赤になってるような人にからかわれたくないですね」


小さな声で呟くと、彼はそっと私から体を離した。

その途端、プハッ……と、塞き止められていた息が漏れ出る。

苦しかったのと、恥ずかしかったのと……

もう、思考回路はグチャグチャのゴチャゴチャ。


「ウブ過ぎです」

「っ……」

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