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意外な素顔
しおりを挟むお酒に弱いとか言っていたから何度か止めたけれど、彼はそれを無視してアルコールを流し込んでいた。
そうなると結果的に……
「お、忍足さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
本人は大丈夫だと言うけれど、見事な千鳥足を見ている側からすれば全然大丈夫そうには見えない。
「凄いフラついてて危なっかしいです」
「大丈夫ですから。お気遣いなく」
忍足さんとしては真っ直ぐ歩いているつもりなのだろうが、店を後にしてからずっと足元が覚束ない。
大丈夫と繰り返す彼に私はヤキモキするだけで、手出し出来ずにいる。
「タクシー手配しますか?」
「いえ、マネージャーが迎えに来てくれる事になってます」
フラフラ歩く忍足さんの行く先に蓋のない側溝を見付けて、慌てて駆け寄る。
「そっちに行ったら危ないです」
「………すみません。流石に飲み過ぎました」
「そう思います」
下手すると忍足さんの方が私より飲んだ量が多い。
途中何度かたしなめたけれど、何の効果は得られなかった。
「肩貸します。掴まって下さい」
一人で歩けそうにない忍足さんを見かねて、彼の腕を取り、自らの肩に回す。
「ちょっ……森川さん?!」
「もう見てらんないです。保科さんが到着するまでどこかで休んでましょう」
「大丈夫ですから」
「大丈夫じゃないです。転んで顔に大きな傷を付けたら俳優生命終わりですよ?」
忍足さんにやや強めの口調で言うと、彼は素直に私に体を預ける。
途端に右肩にズシッと負荷が掛かった。
「っ、」
膝が折れそうになったのを堪え、全身に力を入れた。
「無理しないで下さい。俺の事は気にせず、その辺に転がしといてくれて構いません」
申し訳なさそうに言う忍足さんに構わず、ゆっくりと歩を進める。
「こっちはそういう訳にはいかないんです。後からあの時放っておかれた所為で風邪引いただの、変な輩に絡まれて怪我しただの恨まれたら堪ったもんじゃないですから」
「………森川さん…」
忍足さんに拒否権を与えずに前に進む私に、彼は微かな声量で「ありがとう…」と呟いた。
それを聞いて俄然張り切る単純な私。
歩きながら、こんな風に異性と密着するの初めてな事に気が付いた。
いや、正確に言えば、バラエティーのネタで先輩芸人にくっついてみたり、番宣に来たイケメン俳優に抱き付いたりした事は過去に何度かあったにはあったけれど、仕事以外の場面でこんな風に耳の傍で息遣いを感じられる位まで距離を縮めた事なんかない。
だからといってドキドキしていられる余裕もなさそうだ。
「忍足さん……良い匂いしますね。これがイケメン臭なんですね」
「……何を言ってるんだか…アルコールの匂いでしょ?」
私のお馬鹿な発言に苦笑いの忍足さんを引き摺りながら、 どこか座れそうな所はないかと辺りを見回す。
が、ベンチ一つ見当たらない。
寒い日だというのに汗が薄く滲み、息が切れる。
「こんな事なら店を出なければ良かった」
「………すみません」
「あ、いや……そういうつもりで言った訳じゃなくてですね……っと、あそこにハザード出して停まっている車が居る。もしかして保科さんですか?」
数メートル先の路肩にハザードランプを点滅させている黒いワンボックスカーを発見した。
「……そうです。保科マネージャーの車です」
忍足さんが確認したのと同時に、車の方から男性がこちらに駆け寄って来る。
「慧史!」
息を切らせながら駆け付けた保科さんの姿を見てホッとしたのか、膝がガクッと折れる。
「おっと……大丈夫ですか?」
「は、はい……何とか」
保科さんは、私の体を支えた後、忍足さんをそっと引き離した。
「ウチの慧史がご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません。重かったでしょう?」
「多少は……でも大丈夫です。逆に軽々支えられたら、女としてちょっとショックです」
もし、忍足さんの方が細くて軽かったら、女としてのプライドにヒビが入る。
「慧史、ハメを外し過ぎだ。自分にとっての適量を弁えておくのが社会人だろ」
「…………すみません」
保科マネージャーに叱られた忍足さんは、重そうに頭を垂れる。
忍足さんでもあんな風に怒られるんだ……と不謹慎にも新鮮味を感じていると、保科さんが今度は私に向かって言う。
「森川さん、良かったら送って行きますよ。乗って下さい」
一瞬ポカンとしたものの、すぐに答える。
「じゃあ……お願いしま~す」
タクシーを手配する手間が省けてラッキー!なんて思いながら、チャッカリ図々しく保科さんの車に乗り込んだ。
忍足さんと共に真ん中の座席に腰を据え、シートベルトをカチャリ。
車が緩やかに動き出した。
流れる景色をボンヤリ眺めている横で、力尽きたらしい忍足さんが眠りの世界へと旅立った。
それをルームミラーで確認したらしい保科さんが口を開く。
「今日はご迷惑をお掛けしまして本当に申し訳ありませんでした」
「あ、いえ。迷惑だなんてこれっぽっちも…」
咄嗟に否定するも、正直な所ちょっと大変だった。
忍足さん、細いようで意外と重いし。
「珍しい……慧史はプライドが高いので人前でこんな醜態を晒す事を嫌うんですよ。特に女性の前だと余計に」
「そうなんですか?」
「えぇ。そんな慧史がこんな風に酔い潰れるとは……余程嬉しかったんでしょうね、売名が成功して」
保科さんは、笑いを堪えながら言う。
「実の所、仕事が入り過ぎて、スケジュールパンパンなんですよね。慧史がハメを外したくなる気持ちは分かります。さぞかし酒も旨かっただろう」
「浴びるように飲んでましたよ」
「それはそれは……キツく説教してやらないと」
そう言って保科さんは苦笑するけれど、言葉とは裏腹に優しさが声に含まれている。
きっと彼自身も嬉しいのだろう。
「話は川瀬マネージャーより伺っております。森川さんもかなり忙しいようですね」
「はい、お陰さまで。忍足さんのお陰です。感謝してます」
「ははっ、慧史はまだまだ世間の認知度は低い。今回は森川さんの名を利用させて頂いたようなものですから、お礼を言われる程の事ではありませんよ」
そんな風に言われたら、自惚れてしまうではないか。
照れ臭い気持ちでいる私に保科さんが「道はこっちで合ってますか?」とナビを指示してくる。
「はい、そっちに行って、突き当たったら右でお願いします」
「畏まりました」
隣に座る忍足さんは可愛らしい寝息をたてながら眠っている。
緩く開いた口元が無防備さを醸し出していて微笑ましい。
本人は私なんぞに見られたくはなかっただろうなと思う。
「ありがとうございました」
「いえ。またお願いしますね」
自宅アパートの前に到着し、眠っている忍足さんをそのままに保科さんの車を降りた。
車が走り去るのを見送った私は、大きな溜め息を吐いた。
そして、ちょっとだけ忍足さんの素顔が見られた事に密かに喜びを感じていた。
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